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そっと、確かに、響かせる #02:スピーカー、持ってますか?

ヘッドフォンでしか音楽を聴かない人が増えている

この連載に先立つ昨年9月に同内容のトークイベントを京都・誠光社さんにて行いました。

「音楽の聴き方をあらためて考える ~非マニアのためのオーディオ入門」 http://www.seikosha-books.com/event/2696

それ以前のトークイベントの中でおまけ程度に話したことがあったのですが、まるごと「聴くこと」「響かせること」についてを取り上げたのは初めてでした。その時ちょっとした衝撃だったのが、会場に来ていただいた30人ほどのお客様の半数が普段スピーカーで音楽を聴いていない(持っていない)、という事実でした。その場にいた方々の年齢層は幅広いもののおそらく20代後半以上の方が中心で、20代以下の若い人に限った話という訳でもないのです。

皆さん、スピーカー、持ってますか?スピーカーを持っていないという人の多くはヘッドフォン/イヤフォンで聴いているか、あってもスマホやパソコンなどに内蔵された小さなスピーカーで聴いているのではないでしょうか。iPodが現れた当初、もっと遡るとウォークマンが現れたときは、まだスピーカーで聴くことが当たり前の時代だったと思いますので、それほどまで「スピーカー離れ」が進んでいたとは思えません。スマホやパソコンの内蔵スピーカーの性能が上がったというのも「スピーカー離れ」を加速している大きな理由なのでは。もちろんアンケートを取ったサンプル数が少ないので結論付けるのは早いですが。

当連載はまず、音の性質を知るためにもスピーカーで音楽を聴くことを前提として話を進めて行きます。ヘッドフォンについては、まったくと言っていいほど別の話になってきますのでまたいずれの回に書いていきます。この連載を読んでスピーカーで音楽を聴いてみるのもいいな、と思っていただけたら幸い。そんな希望を込めつつ、では、今日の本題に。

スピーカーから音が出る、ということ

スピーカーから音を出して聴くということは、空気の中を伝った音の波動を耳で受け取るまでの「間」にある影響も含めて楽しむことです。その「間」には生活のノイズもあれば、他者との会話も入ってくるでしょう。そして何より重要なのは、その「場所/空間」が音質に変化を与えることです。音楽を聴く場所…主にその場所の構造・材質によって音楽の響き方は変わってきます。音楽を楽しむときに、再生された音楽以外のプラスアルファが生み出すものを意識=感じ取りながら、より自分に合った音響スタイルを模索していってもらいたい、それが当連載の理想です。

今日はその入り口として連載そのものの本質に近いところからスタートします。それはスピーカーの向きを変えるということです。

スピーカーの右・左

「左右のスピーカーと自分とを結んだ線が正三角形あるいは二等辺三角形(スピーカー同士の線が底辺)となること」…スピーカーの置き場所と聴く場所としてこうあるのが正しいと言われています。もちろん再生された音を漏らすことなく聴きこむ場合はこの通りです。右と左から微妙な違いを持った音が流れることで広がりをもった臨場感のある音響を作り出す「ステレオ*」の効果を聴くためには、耳から左右のスピーカーへの距離を同じにする必要があります。「音像」の「定位」、つまり録音された音楽を本来の姿に戻すのに最適なポジションを見つけ出す作業です。

*ステレオ ステレオフォニック(stereophonic)の略。一般家庭には1950年代にレコードとして普及されるようになりました。発明自体は19世紀末との説。人間が実際に音を聞く際は、左右の耳で微弱な音の差を感じて音の発信源との距離感を計っていますが、その原理を録音と再生に反映させ、左右でわずかに違った音源を使って、録音されたその場の生の演奏を聞いているかのような状態に近づけようとする音響システム。それ以前の一つのスピーカーで再生される単一音源のシステムを「モノラル(モノフォニック)」と呼びます。今の音楽は基本的にステレオで録音されていますが、ごくたまにモノラルを好んで録音するアーティストもいたりします。

でも世の中にはそうやってスピーカーの前に鎮座して聴くことがベストである音楽ばかりではありませんよね。そして聴き方も。

何かをしながら音楽を聴きたい…BGM的に部屋に流したい。そういった目的で音楽を聴く場合。それは例えば、リビングで音楽を流す、お店で音楽を流す、といったシチュエーションで要求されることかと思います。

上記の三角形の約束にならった置き方では逆に違和感が生まれることになります。例えば下の図1は部屋を上から見たものです。部屋の角二か所にスピーカー(S)を置く、おそらく一般的な置き方となっている場合。部屋の真ん中あたりに椅子があったとしたらそこがベストポジションでしょう。でも例えばここが自宅のリビングだとしたらどうでしょうか。リビングなどの生活の場は、ある程度移動する道(導線)が決まっているものです。この部屋では青の矢印のように部屋の中を移動するケースが多いとします。

[図1]

さて、どうでしょう。1.左のスピーカーに向かい 2.左から右へ移動し 3.右のスピーカーを背にして離れていく という流れになります。三角形の約束をいきなり破ることになりますし、この矢印の導線の途中で留まること(別の椅子に座るとかコーヒーを淹れるために立ち止まるとか他の誰かが居るとか)があったり、この逆の流れもあるでしょう。

部屋の二角に置いた場合、部屋全体に音が広がると安易に考えてはいけません。スピーカー本体から発せられる音…音というものは高さ低さによって広がり方が違ってきます(図2)。

[図2]

音は、高い音(高音域)になるほど狭く決まった方向(=スピーカーの向く先)に音は進んでいき、低い音(低音域)ほど方向に関係なく広がっていきます*。高音と低音の中間(中音域)はこの間をグラデーションしていくと考えてください。

*音の高さ低さとその性質についてはとても大事なことなので、次の次ぐらいの回でまるごと説明したいと思います。

これを先ほどの部屋に当てはめると、図3になります。

[図3]

これでは音が均一に広がっているとは言えません。もちろんこの音の広がりの図はわかりやすく描いているに過ぎないので、音量によっても変わりますし、音は壁などに反射して変化しますし、低音はこれよりももっと広範囲に広がっていきます(隣の部屋までも!)。

じゃあ、スピーカーを「左右」と考えるのではなく「2個」と考えてみてはいかがでしょう。こう置いたらどうか、という例を3つ。

[図4-1]

[図4-2]

[図4-3]

いかがでしょうか。この図のような配置であれば部屋のどの位置に居たとしても音の差が図3より少なくなります。特に図4-3は飲食店でよくあるスピーカーの配置に似ています。お店はあらゆる場所に居るお客さんがBGMを聞けるように配慮しますので、広範囲に音を広げる目的を持ってスピーカーを配置します。

依然として二つのスピーカーからはステレオとして左右に分けられた音が出ていますので、「正しい」「位置」に集結する「音像定位」が失われることになります。ですが、それは音像定位が最重要と考える人以外は気にならない程度と言っていいと思います*。代わりに部屋のどこでもほぼ均一に音を認識できる空間を得ることができます。音像定位は重要ではないと考えることが前提で、それに賛同する人であればこういった思い切ったスピーカー配置が可能であり、その可能性は広がっていきます。この点で当連載はいわゆる「オーディオ本」とは一線を画します。

*ごくまれに60年代後半のポップス(ビートルズの後期作品など)の音源で左右から別々の楽器が聞こえてくるような録音があり、スピーカーを離すと違和感がありまくり、という音楽がありますが、ここでは無視して…。

お!理想に近づいてきた!と思われた人は、今後も当連載を読んでいただけたら幸いです。また、「うちにはスピーカーが左右に分かれていないラジカセ的なものしか無い」という人もいると思いますので、それについても別稿で書いていきます。

ここまで読んで即急に自宅のスピーカーを移動させるのは気が早い。スピーカーの向きを変えることはこの連載を通した重要なテーマのひとつで、今後も少しずつその仕組みと影響について書いていきますのでじっくりお付き合いください。

さて、今日は右と左、二次元の話でした。僕たちの生きている世界は三次元ですよね。次回は左右だけでなく、上下の話をします。それではまた。

※2月末の更新は雨と休日の9周年と重なるため一回お休みさせていただきます。次回更新は3月15日となります。


早く春が来ることを願って。の1枚。【春は雪に潜む】"Midwinter Spring" アレッサンドロ・ステッラ(p)http://shop.ameto.biz/?pid=124120022

今日のスピーカー写真:高橋由房さんからご提供いただきました。 http://www.maroon.dti.ne.jp/nakpte/ongaku/

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