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四国の人に聞いた話だ。
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昔から狐や狸のたぐいは何かに化けて人を騙す。猫なぞもその内に入るが、犬や狼が化けるとは、とんと聞いたことがない。
祟るで言えば狐・猫・犬だが、狸やムジナに祟られた話も知らない。
猫や狐の化かしでは死人が出ることもある。
狸の化かしが狐ほど悪くなく、滑稽話が多いのは、人間にとってそれほど害がないのと、見た目の愛嬌も関係があるだろう。

とまれ、狸も怖い。 
まだ汽車が限られた場所でしか見られなかったころ、狸が化けて現れた話がある。
山に入った村人が雑木林で焚き木を拾っていると、尾根の方から音がする。そちらは木を伐採したばかりなので、また伐採が始まったのかと思ったが、木を伐るような音ではなかった。それはギシギシガチャガチャという金属音、ボウボウという炎の音だった。
不気味に思って眺めていると、尾根の向こうからひょっこりソレが現れた。真っ黒な機関車の正面だった。
正確には、貨物車や客車を牽かない蒸気機関車のようだったが、車輪の代わりに馬とも牛ともつかない生き物の黒足が付いていたという。
村人はたまげて固まっていたが、ソレは怪音を発しながら木々の間を縫ってそろりそろりと近づいてくる。たまらず荷物も持たずに逃げ出して、村に帰って村人たちを集め、見たままを話した。
もちろん皆、半信半疑だったが、様子が尋常でないのを見て、手に武器を持って件の場所に向かった。
山の半ばすぎ、投げ出された背負子と手持ち鎌のそばには、真新しい生き物の糞があった。
「狸やな」
山に詳しい者がそう言って、集まった人たちは笑いながら山を下り、三々五々に帰って行った。

あとから聞くところによれば、狐は恥があるので、得意なものにしか化けないらしい。一方、狸というのは化かすことも化けることも好きなので、変なものに化けたがる。慣れないものに化けるので、すぐに見破られる、ということらしい。
大方、若い狸が武者修行で町にでも行って、汽車を見たので真似したのじゃないか。車輪が分からないので足を生やしたのだろう、と。

足の生えた機関車を見たのは自分の曾祖父で、その話は人が家に集まったときの定番だったらしいのだが、話し終わったあとは必ず、「あれほど気味の悪いものは後にも先にも見たことがない。今でも汽車には乗りたくないし、山には一人で入らない」と曽祖父は言っていたそうだ。そしてその通りに、彼は山も汽車も避けて生活をしていたらしい。そんなこともあり、祖父は堅物の曽祖父が嘘をついているとも思えず、深く信じていたようだ。
曽祖父も祖父も自分が生まれる前に亡くなったので直接は知らないが、父や母は狸の怖さをよく聞かされたという。
他人事なら笑い話だが、当人にしてみれば酷く気味の悪い出来事だったろう。以来、我が家は代々、狸は怖いと思っている。

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