海苔を噛む

九州人であるわたしは幼少のみぎりから海苔と言えば、焼き海苔。有明海苔で育った。
特級などのいい海苔を食べたことはないが、有明海の海苔は風味がいい。
小さなころは、束売りで湿気ているノリを、ガスコンロやストーブの上であぶる役目があった。紫がかった黒が火にあぶられて光沢のある明るい黒に変化し、やりすぎると緑色になって、さらにやると黄緑に変わり焦げ始める。
いい塩梅にあぶってぱりぱりと音をさせながら、適当なサイズに折って弁当箱に収めるまでが仕事だ。
あぶったのをそのまま食べるのも好きだ。磯の香りと、かすかな塩味、深い深い海藻の味わいが至福だ。
炊きたてのご飯に卵を落とし、有明海苔でくるんで食べるのは狂おしい美味である。

そのように焼き海苔一辺倒で育ったから、旅館の朝食や学校給食で味付け海苔に出会ったときは衝撃だった。
「あんなに風味があっておいしいものを、甘辛い汁を塗ってダメにするなんて!」と子供心に憤慨した記憶がある。食べないとまではいかなかったが、味付け海苔を選ぶことはなかった。

十代も後半になったころ、韓国のりに初めて出会った。これはカルチャーショックだ。穴あきの海苔に、ごま油をどっさり塗って塩をまぶしている。「塩の味しかせんやん!」と驚愕しつつ、これはこれでスナックのようでおいしいものだなと思った。

さらに中国で生活して、海苔の扱いの違いに驚いた。中国語は方言が多く、とくに食物に関してはいくつも呼名があるのだが、わたしが覚えた中国語では海苔は「紫菜」という。海苔は乾物ではなく、多くの場合スープで提供される。「黒」ではなく「紫」なのも、使い方が理由だろう。スープで食べる海苔は海藻然として、淡い紫色をしている。日本人の感覚でいうと、乾燥わかめみたいなものだろうか。卵と海苔のスープが、定番料理だと思う。

こういうカルチャーショックを経て、2年ほど前、神戸で海苔屋に行く機会があった。その海苔屋は味付け海苔が売りで、旅行客に次々に試食を勧めてくれたのだが、これが海苔カルチャー・アップデート最新である。
神戸の海苔屋で主に扱っているのは瀬戸内海の海苔だった。味付け海苔の時はわからなかったが、焼き海苔を食べた瞬間、風味の違いに愕然とした。
有明海苔と全く違う。有明海苔は塩味の中に繊細な甘さがあるのだが、瀬戸内の海苔はもっと味が強い。身びいきということで許してもらいたいが、大味である。潮の香りも有明海苔に比べれば、全然ない。
海苔屋さんに聞けば、瀬戸内海の海苔は丈夫で、海苔巻きに向く海苔なのだという。
「風味は有明海苔ですね。だから、こちらは味付け海苔が多いんです」
九州人へのリップサービス分を割り引いても、納得できる違いだった。関係あるのかわからないが、わたしの家では海苔巻きなど一度もしたことがない。

国を超えてのカルチャーショックだけではない、まさか国内でも地域によってこれほど違うのかと、海苔の奥深さをかみしめる。

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