天津真崎

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  • 小説【ひと夏の妹】

    初出:カクヨム 2017年4月23日  評価☆268 https://kakuyomu.jp/works/1177354054883018283

  • 世界の鍵

最近の記事

【ひと夏の妹】☆4 物語は続いていく(完)

「……俺の負けだよ。リン。完敗だ。約束通り、なんでも言うこと聞いてやるからな」  心からの気持ちをこめて、俺は言った。 「………………」 「俺にできることならどんなことだって」 「……ううん」リンは、ぎゅっとしがみついて、静かに俺の言葉を遮った。「……いっこだけでいいよ」  ずっとそばにいて。  そんないじらしい言葉に、胸が張り裂けそうになった。頭がクラクラする。夢か、これは。確かめるようにリンの頭を撫でる。サラサラの髪の毛をすく。ピンク色に上気した頬に触れる。いい匂いのする

    • 【ひと夏の妹】☆3 冬の花火

       冬のイルミネーションに飾られた巨大な街路樹が立つ駅前広場。  その真下のベンチに、リンはぽつんと座っていた。  右に左に。前に後ろに。黒いシルエットの人々が行きかう。  あらゆるものの中で、リンだけが輪郭を誇張されて俺の瞳に飛び込んできた。透明な光が、スポットライトのように姿を浮かび上がらせているようにも思えた。  車の音も、雑踏の喧騒も、都市のうなりも、夜のざわめきも。  何もかもが遠ざかり、世界中で、俺たちだけになってしまったような感覚。   十メートル。  歩く。  

      • 【ひと夏の妹】☆2 決意。

         目を開くと、バスの車窓に映った俺が、俺自身を、呆れ果てた顔で見ていた。 『なんでいつもそうやってカッコつける?  なんでいつもそうやって女から逃げる?  シノもそう。アリカもそう。  ……そんなに女が怖いのか?』  自嘲の笑い。 『あの時、言えなかったことばって、それじゃないだろ』  真剣な声。 『思い出してみろ。  思い出せ。  あの夏を。  あの夜を。 「半端な自己満足はもう嫌だ」なんて半端な自己満足で、最後の最後までリンを傷つけたっけなこのアホめ』  真摯な瞳で俺は俺

        • 【ひと夏の妹】☆1 声

           ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  バスが揺れる。  夜の街がにじんで流れる。 『おまえアホだろ』  誰かの声が冷たく響く。  ・   ・  ・  ・  ・  ・  ・

        【ひと夏の妹】☆4 物語は続いていく(完)

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        • 小説【ひと夏の妹】
          51本
        • 世界の鍵
          5本

        記事

          【ひと夏の妹】#46/46 エピローグ2

           母が亡くなったあと、少し経って落ち着いたころ、俺は大学時代を過ごした『海辺の街』に戻った。  作家にはなれなかったけれど、そのかわりに、自分が本当にやりたいと思った仕事を始めた。「自分らしくありたい」と思って選んだ仕事だけに、一番好きなその街で生きていくことを迷わず決めた。  仕事は大変だった。  何度も理想と現実の壁にぶつかったし、誠意が利用され、良心が食い物にされ、信念が裏切られることもたびたびあった。  でも俺自身は、なるべく他人に対して、正直で公平に接しようと思った

          【ひと夏の妹】#46/46 エピローグ2

          【ひと夏の妹】#45/46 エピローグ1

           その後、二回だけリンを見かけた。  一度目はリンと買い物をした繁華街の雑踏の中だった。俺には気づかず、ぼんやりと無表情に歩いていた。  声をかけたりはできなかった。それが約束だ。  冷静に考えれば、あの夜の母親は、俺に誠意をもって接してくれたのだ。  大切なひとり娘を、初めて見る男の家にひと晩泊まらせるなんて普通はあり得ない。だから俺も約束は裏切れない。  二度目は、大池公園。二人が初めて出会ったあの場所だ。  その時も秋だった。  最後にリンと会った日以降、ほとんど寄り

          【ひと夏の妹】#45/46 エピローグ1

          【ひと夏の妹】#44/46 ひと夏の妹の物語

           ドアを出ると、駐車場の隅に白い軽が止まっていて、中にタバコを吸う母親の姿が見えた。  俺たちに気づき、車から降りてくる。  俺の隣ではしゃいでいたリンが、見えない壁にぶつかったように立ち止まり、たじろいだ。 「……お母さん……?」 「リン。このバカ。あんたなにやってんの」母親は、怖い顔をしながらもリンの無事な姿を見てホッとした様子だった。「帰るわよ」 「……なんでお母さんが……?」  リンが真意を問うように俺を見た。  俺はリンを見なかった。 「リン」と、母親の口調が硬く冷

          【ひと夏の妹】#44/46 ひと夏の妹の物語

          【ひと夏の妹】#43/46 最後の朝

           朝になるまで俺は一睡もしなかった。  リンも、寝ないように必死で頑張っていたが、気づけばソファで安らいだ寝息をたてていた。  俺はリンをそっと運び、ベッドに横たえた。そして、カーテンの隙間から漏れる青白い月光に照らされた寝顔をひと晩中眺めていた。  いくら見ていても飽きない。  神様に愛されているとしか思えない、美しい寝顔だった。  夜が明けると、俺はリンの頭にそっと手を置いて、耳元でささやいた。 「おきろー」 「んんん」とリンはうなった。「はえ?」 「はえ? じゃねえよ」

          【ひと夏の妹】#43/46 最後の朝

          【ひと夏の妹】#42/46 夢一夜

           アパートのドアの前に立つ。  表札には俺の名前。  今日、リンは、どういう気持ちでこれを見て、どんな心境でチャイムを押したんだろう。今さらながらその健気さに胸がときめいた。  ドアを開く。自分の部屋なのになぜか妙に緊張する。  心配そうな顔のリンが俺を出迎えた。 「…………お母さんは?」 「帰ったよ」 「え」 「泊まっていいってさ」靴を脱ぎながら言って、部屋に上がった。「今夜は特別だ」 「うそ。お母さんがそう言ったの?」 「ちゃんと話したら、わかってくれたよ。いいお母さんじ

          【ひと夏の妹】#42/46 夢一夜

          【ひと夏の妹】#41/46 対決

          「あなたの自己満足でしょ、それ。でも、娘はそれに振り回されたのよ」  自己満足。その通りだ。自覚はしているつもりだったが、自分に対してどこか甘やかしていたその事実を、大人の女の口から厳しくぶつけられるのは、さすがに堪たえた。 「……おっしゃる通りです」 「あなたが妹のつもりで接しようとしても、リンはそうじゃない。だから今日みたいなことになった。そうでしょ?」 「……はい」 「あなた、思い込みが強そうだけど、あなたの自己満足で振り回されたり傷ついたりする女の気持ちも考えなさい。

          【ひと夏の妹】#41/46 対決

          【ひと夏の妹】#40/46 妹じゃなかった

           距離から考えて、もうそろそろ到着するころ合いだ。  リンの母親を出迎えるため、俺は身支度をした。  不安そうに俺を見るリンを安心させるよう、微笑みかける。 「ここで待ってろな」  うん。待ってる。とリンは素直にうなずいた。  半分くらいの月が出ていた。秋の夜気は冴えていて冷たい。  裏の雑木林に風が吹くたびに、黒いシルエットの樹々がざわざわ揺れた。  澄んだ虫の声に包まれていると、気持ちが落ち着いてくる。  俺は、アパートの前の砂利の駐車場を歩いて、五十メートルほど離れた

          【ひと夏の妹】#40/46 妹じゃなかった

          【ひと夏の妹】#39/46 ふたりのおもいで

           静かな夜だった。他の住人の気配もない。  静かすぎて、リンの心音や息遣いがはっきりと聞こえる。そして、世界に俺たち二人きりであるような安らいだ孤独を感じる。  肌寒さに人肌の温もりが心地いい。  同じ体勢を続けるのがキツくて、でも離れようなんて気にはまったくならなくて、俺たちは少しずつ身体を動かしたり、手足をずらしたりした。  いつのまにか、ソファに横たわる俺に上からリンが重なるようになっていた。  抱き合って。心音がひとつに。  リンが大きなため息をついた。 「これからど

          【ひと夏の妹】#39/46 ふたりのおもいで

          【ひと夏の妹】#38/46 矜持

           密着して、互いの鼓動や体の熱さをはっきりと感じながらも、キスはしなかった。  そんなことをすれば自制が効かなくなってしまいそうで、俺はそれに怯えた。  髪を撫でていた俺の手が、いつのまにか肩を触り、背中をさすり、腰に重なり、ワンピースの裾が少しめくれて露わになった太ももに触れていた。その肌の滑らかさは、同じ人間とは思えなかった。  リンも俺の肩や胸や二の腕をそっと触った。  俺たちは、控えめながらもお互いの身体に触れあった。何か、答えでも探すみたいに。  女として今はっきり

          【ひと夏の妹】#38/46 矜持

          【ひと夏の妹】#37/46 嘘と電話

           風呂場に行こうとしたリンに俺は言った。 「けど、ひとつ条件がある。お母さんに電話しろ」  リンが露骨に顔をしかめた。 「友達の家に泊まるとか言って、安心させろ。じゃないと、家出か誘拐と思われて本当に警察に通報される。お前、俺が逮捕されたら嫌だろ?」  その聞き方が妙なツボに入ったのか、リンはくすっと笑った。 「タキくんが逮捕。なんか面白い」泣き出す寸前のような顔で笑うという奇妙な表情だった。「でも、わたしのせいってのはイヤだなー」 「だったら、頼むよ。うまくごまかしてくれ」

          【ひと夏の妹】#37/46 嘘と電話

          【ひと夏の妹】#36/46 「帰らない」

           それからしばらくリンは本を読み続けた。  まるで、俺と話をするのを避けるみたいに。  そんなリンを見ていたら、いきなり俺の腹が派手に鳴って静かな部屋に響いた。本に集中してたせいで夕飯はまだ食ってなかったのだ。  それを笑おうとした瞬間、自分の腹もまた同じように鳴って、リンは赤くなった。 「カップラーメンでも食うか?」 「うんっ。食べるっ」  俺は立ちあがり、棚からカップラーメンをふたつ出した。 「シーフードとノーマル」 「普通のがいい」 「記念日だってのに、なんか悪いな、こ

          【ひと夏の妹】#36/46 「帰らない」

          【ひと夏の妹】#35/46 ふたりの夜

           それは、少し肌寒い夜で、衣類ダンスの奥から長袖を引っ張り出した日だった。  俺にとって、生涯忘れられない夜。  俺はアパートの自分の部屋でソファに腰掛けて、古い小説を読んでいた。  読み始めたとき明るかった窓は、チャイムが鳴って本から目を上げたころには、もう濃い紺色になっていた。読書に集中していたせいもあって、驚いた。普段、チャイムなんて宅配や郵便でしか鳴らないし、今日来る予定もないはずだ。  本を伏せてソファから立ち上がり、玄関ドアへ向かった。  なんとなく身構えてしまう

          【ひと夏の妹】#35/46 ふたりの夜