オウィディウス恋愛指南1巻1-4行を読解する(注釈付き)

原文

オウィディウスの『恋愛指南』の翻訳を始めます。
以下は1巻の1 – 4行目です。

1 Sī quis in hōc artem populō nōn nōvit amandī,
2 Hoc legat et lectō carmine doctus amet.
3 Arte citae vēlōque ratēs rēmōque moventur,
4 Arte levēs currūs: arte regendus Amor.

発音のしかた


まずは音読してラテン詩のリズムを楽しみましょう。
ラテン語とカタカナとを見比べつつ音読してみてください。
基本的にラテン語の発音はローマ字読みすればよいので、日本人には有利です。

Sī quis in hōc artem populō nōn nōvit amandī,
スィークィシノーカルテム ポプロー ノーンノーウィタマンディー

語頭の”h”は、前の語尾が子音の場合は発音しなくなります。”in hōc”は「インホーク」ではなく「イノーク」と読みます。

Hoc legat et lectō carmine doctus amet.
ホックレガテット レクトー / カルミネ ドクトゥサメット

”lectō”の後に息継ぎをすると詩のリズムが感じられます。
『恋愛指南』の韻律では、偶数行目の真ん中あたりにこのようなリズムの切れ目があります。これは「カエスーラ」と呼ばれています。
今後の記事でもカエスーラの位置には、わかりやすいようにカタカナにスラッシュ( / )を入れていきます。

Arte citae vēlōque ratēs rēmōque moventur,
アルテ キタエ ウェーロークェラテースレーモークェモウェントゥル

ラテン語の子音”c”はkの発音になるので、”citae”は「キタエ」と読みます。
また子音”v”はwの発音になるので、”moventur”は「モウェントゥル」です。

Arte levēs currūs: arte regendus Amor.
アルテ レウェース クッルース / アルテ レゲンドゥサモル

子音が二つ続くと、小さい「ツ」が入った感じで読みます。”currūs”は「クッルース」と読みます。ちなみに、子音”r”は巻き舌にするとそれっぽくなります。

文法情報の分析

上記のテキストに、文法情報と単語の意味を書き足してみました。

画像1


以下に注釈を書きました。

注釈

1 Sī quis in hōc artem populō nōn nōvit amandī,

:
ifの意味をもつ接続詞。1行目全体はsī節の従属文で、2行目が主文になっています。si節の中で直説法の動詞(nōvit)が使われているので、シンプルに「もし…なら〇〇」と訳します

quis:
「誰が/何が」の意味の疑問代名詞quis, quis, quidの男性単数主格(m.sg.nom.)。ここでのquisは”aliquis”と解釈して、「誰か〇〇な者」と訳します。

in:
前置詞。後に対格(acc.)が続く場合は英語の”to”、奪格(abl.)が続く場合は英語の”in”の意味になります。
今回は”hōc populō”という奪格の名詞が続くため後者で、「この民衆(“hōc populō”)の中に」と訳します。

nōvit:
noscō, -ere(知る)の完了形3人称単数(pf.3sg.)。
現在形noscōだと「学ぶ, 知る」という意味になるので、状態として「知っている」と言いたい場合は完了形nōvīを使います。

amandī:
amō, -āre(愛す)の動名詞(gerundium)の、単数属格(sg.gen.)。
動詞の現在分詞(amans)の語尾”-ns”を”-ndum”に変えるとgerundium形になり、名詞的に「〜すること」と訳せます。ここでは属格なので「愛することの」と訳します。同じ行の”artem(技術を)”にかかります。

2 Hoc legat et lectō carmine doctus amet.

Hoc:
指示代名詞hic, haec, hocの中性単数対格(n.sg.acc.)。
「これを」という意味になります。legat(読むがよい)の目的語になっているので、「この詩を」という意味でしょう。

legatamet:
それぞれlegō, -ere(読む)とamō, -āre(愛する)の接続法の現在3人称単数(3sg.)。接続法現在は「〜するがよい」と、命令っぽく訳せます。主語は1行目の「愛する技術を知らない人」で、目的語は"Hoc(これを)"です。

lectō carmine:
legō, -ere(読む)の完了分詞(p.p.)の中性単数奪格(n.sg.abl.)と、carmen, -inis, n(詩)の単数奪格(sg.abl.)で、絶対的奪格(abs.)の用法。
完了分詞を使った絶対的奪格は、名詞のほうを目的語、動詞の完了分詞のほうを仮の動詞として訳すと自然なことが多い気がします。ここでは「詩を読んで / 詩を読んでから」という風に訳しました。

doctus:
doceō, -ēre(教える)の完了分詞(p.p.)の男性単数主格(m.sg.nom.)。ここではこれ単体が主語になっていて、「教えられた者」と訳します。1行目で述べられた「愛する技術を知らない人」に対して、教えられた者として人を愛すがよい、と言っています。

3 Arte citae vēlōque ratēs rēmōque moventur,

citae:
cieō, -ēre(掻き立てる)の完了分詞citusの女性複数主格(f.pl.nom.)。完了分詞ではありますが、形容詞として扱って「速い」と訳します。
“citae ratēs moventur”は直訳だと「速い船が動かされる」と訳せますが、「船が素早く動かされる」というように、主語にかかる形容詞などを副詞的に訳したほうが自然なことがあります。

moventur:
moveō, -ēre(動かす)の受動態の現在3人称複数(3pl.)で、主語は”citae ratēs(速い船)”。同じ行のarte, vēlō, rēmōという3つの名詞(奪格)それぞれが、手段の奪格の用法で使われています。これは英語でいうところの、受動態のあとの”by”で表す部分になります。

4 Arte levēs currūs: arte regendus Amor.

levēs currūs:
形容詞levis, -is, -e(軽い)とcurrus, -ūs m.(戦車)で、男性複数主格(m.pl.nom.)。4行目には動詞がありませんが、3行目の最後の動詞”moventur”が省略されています。また、3行目の”citae ratēs moventur”の時と同様に、形容詞levēsを副詞的に訳して「戦車は軽快に動かされる」とするのが自然です。

regendus:
regō, -ere(支配する)の動形容詞(gerundivum)。gerundivum形は形容詞的に「〜されるべき」と訳します。”arte regendus Amor.”という文は、sumの三人称単数”est”が省略されています。sumはしばしば省略されます。

Amor:
Amor, -ōris m. の主格。ウェヌス(Venus)の息子で愛の神アモル。クピードー(Cupido, 英語読みすればキューピッド)という名前でも呼ばれます。

日本語訳

最終的にはこのような文章になりました。

1 Sī quis in hōc artem populō nōn nōvit amandī,
2 Hoc legat et lectō carmine doctus amet.
3 Arte citae vēlōque ratēs rēmōque moventur,
4 Arte levēs currūs: arte regendus Amor.

もし誰かこの民衆の中で愛することの技術を知らない者がいれば、これを読め。そしてこの詩を読んで、教わった者として愛せ。
技術と帆と櫂(オール)によって船は素速く動かされ、技術によって戦車は軽快に動かされる。アモルも技術によって支配されるべきだ。

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