タイトルなし

忘れられた子どもたち

愛することができる年齢に達している子どもなら、悲しむこともじゅうぶんにできるのだが、そのことは意外に知られていない。子どもは「忘れられた悲嘆者」なのだ。
——エリザベス・キューブラー・ロス『永遠の別れ』より

前回『ラスト・ソング』(佐藤由美子 著)という本について書きました。
この本には「悲しみとの向きあい方」というストーリーが収録されています。僕がはじめて概念としての「グリーフ」を知ったのは、このストーリーを通してでした。
「グリーフ」とはなにか?『ラスト・ソング』から言葉を借りてみよう。

「グリーフ」とは、直訳すれば「深い悲しみ」や「悲嘆」を意味する言葉で、大切な人を失ったときに起こる身体上・精神上の変化を指す。死別はもちろんのこと、離婚などによって大切な人との関係が失われてしまうとき、引越しで慣れ親しんだ場所から離れるとき、職をなくしたとき、愛するペットが死んだときなど、さまざまな状況で私たちはグリーフを経験する。そして、グリーフとは喪失に対する自然な反応なのだ。

 僕はこのストーリーをとても気に入っているのだけど、この次に収録されているストーリーはより印象深い。「子どもと大切な人の死」。そのように題されたこのストーリーは、以下のようにはじまります。

 愛する家族や大切な友人が目の前からいなくなり、もう二度と会うことができないとわかったとき、人はみなグリーフに陥る。それは、大人も子どもも関係ない。
 ただ、子どものグリーフはとても複雑だ。かけがえのない人の死に直面したとき、子どもの心はめちゃくちゃにかきまわされる。彼らはまだ、自分の混沌とした感情を整理し、その気持ちを的確に表現するための言葉を持たない。不安定な思いを持てあまし、暴力や非行、ひきこもりなど、ともすれば直接的な行動に出てしまいがちだ。
 周囲の大人たちは、そんな子どもをグリーフから守ろうとする一心で、「死」や「亡くなった人」の話を避けようとする。しかし、このような行動は、子どもからグリーフと向きあい、それを乗りこえる機会を奪ってしまう。そして、そのような子どもは、後にさまざまな問題をかかえてしまう。
 オリビアもまた、最愛の母親を亡くしたグリーフに苦しめられていた。

 この話は、最愛の母を亡くした経験と向きあわせてもらえなかった少女、すなわち、冒頭に引いたキューブラー・ロスがいうところの「忘れられた悲嘆者」が、悲しみから回復するまでの交流を描いたストーリーになっています。
 オリビアと佐藤さんの交流の結末はぜひ本で確認してほしいのだけど、「子どものグリーフ」——このストーリーと出会って以来、このテーマが自分のなかでとても大切なものになりました。
 前置きが長くなってしまった……。なにが言いたいかというと、オリビアのストーリーを編集していなければ、『がんになった親が子どもにしてあげられること』(以下『がん親』)という本をつくろうと思わなかったであろう、ということです。

 この本の著者である大沢かおり先生は、東京共済病院がん相談支援センターで働く傍ら、NPO法人Hope Treeの代表理事も務めておられます。
 当団体の設立趣旨は以下の通り。

NPO法人Hope Treeは、親ががんになった子ども、そしてその患者さん、ご家族を支援する団体です。「親が病気になっても、子どものたくましい力を育みたい」「病気になって子育てに自信がなくなっている患者さんを支えたい」と、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士、チャイルドライフスペシャリスト、医師、看護師が集まり、2008年8月に任意団体Hope Treeを設立しました。

 まさに「子どものグリーフ」のプロフェッショナル集団。
 僕はまだ結婚していないし、子どももいない。それにがんになったこともないから、「なぜお前がこのテーマで本をつくるの?」と思われるかもしれません。ただ、そもそも僕はこの本を「親」目線から企画していません。むしろ、「子ども」目線で考えた企画になります。
 こういう本があればつらい思いをする子どもを少なくできると思ったし、その結果として、親もしんどい思いをせずにすむと考えました。このテーマで一般読者が手に取れる本もほぼなかったし、気づいた人がつくるべきだとも思いました。簡単にいえばそんな経緯があります。

 このテーマに関心を持ち続けられたのはたぶん、大好きだった祖父が死んだとき、自分は東京でバンドのライブをしていて、立ち会うことができなかったという罪悪感があるのだけど、まあ、これはそんなに掘り下げる話でもない。
 大切な人の死に「立ち会えない」のは仕方がないし、それが必ずしもいいこととは思わない。ただ、その人が死んだという事実と「向き合えない」「向き合わせてもらえない」のは子どもにとって(子どもでなくとも)けっこうつらいと思う。僕は幸い、納棺のタイミングで祖父に触れ、向き合うことができたので、今考えるとあの経験があってよかったと思っている。
 とにかく『がん親』は、がんになった親御さんの心を支える本である以上に、子どもを「忘れられた悲嘆者」にしないためのものである、というのが僕なりの位置づけになります。

 この本は、今までに編集したどの本よりも細部に気をつかいました。当たり前だけど、当事者や家族を傷つけないようにしないといけませんでした。
 たとえば目次。あえて見出しを省いて掲載した部分があります。「がん」=「死」というような連想をする方はいまだにいるし、「治るがん」の人までいたずらに不安にさせても仕方がないので、「死」を扱うChapter5についてはなるべく目につかないようにしています。本当にこの情報が必要な人だけが読めばいいと思ったからです。

 本文の表現も、先生と相談しながらなるべく前向きに、希望の持てる語り口にしています。これは当然の配慮だと思うけど。
 物理的にも「重い」ものにはしたくなかったし、とにかくコンパクトにしたかったです。体力が落ちてしまった患者さんであっても、なるべく手に取りやすい造本にしたかった。
 雰囲気もそうです。煽るようなものは絶対に避けるべきだし、「お守り」のような本になればいいと思いました。直接的に「死」を連想させるようなイラストもなるべく避けています。読む力がなくなってしまった人が、この本を見るだけで、少しでも勇気をもらえるような装丁にしたいと考えました。
 こうしたもろもろのリクエストに全力で答えてくれたのが、デザイナーの植草可純さん(APRON)と、イラストレーターの柿崎サラさんのおふたりです。このテーマに深く共感し、最高の仕事をしてくださいました。本当に感謝しています。

 がんと診断された時に、18歳未満の子どもがいた患者さんの数は、全国で年間約5万6000人だと言われています。そして、国立がん研究センター中央病院に2009年から2013年に入院した20~59歳の患者さん約6700人のうち、24.7%の方に18歳未満の子どもがいたそうです。
 つまり、およそ4人に1人が子育て中だったということになります(A national profile of the impact of parental cancer on their children in Japan. Izumi Inoue et al. Cancer Epidemiology 39 (2015) pp.838-841)。
 子どもに自分のがんのことを伝えるのか、伝えないのか。親ががんになった子どもを、周囲はどのようにサポートしていけばいいのか。
 これがいま、大きな課題となっているのです。

『がん親』の19~21ページにはこのように書かれています。まずはこのような、本当に悩んでいる読者の方に届くといいと思います。お近くにこのような悩みを抱えている人がいる方は、ぜひその人におすすめしていただきたいです。また周りの方で、どのようにそうした当事者と接すればいいか迷われている方にもぜひ読んでいただきたい。学校の先生や医療者の方にも役立てて抱ける一冊になっていると思います。
 なんだかんだで、形にするのに3年もかかってしまいましたが、ひとりでも多くの方に届くことを祈ります。最後に大沢先生、取材協力してくれた太田美由紀さん、ありがとうございました。


備考:16歳の語り部』という本で、東日本大震災という大きなグリーフを経験した高校生たちと一緒に本をつくった経験も、もちろん今回の本にはいかされています。むしろ、彼らと出会って、この本の存在意義を強く再確認できました。子どもを過度に子ども扱いしないこと、忘れられた悲嘆者にしないこと。そのために周囲の大人ができること。そういうことを考えるための一助にこの本がなれば幸いです。


★『がんになった親が子どもにしてあげられること』に関わってくれた方々
・ブックデザイン APRON(植草可純+前田歩来)
・イラスト 柿崎サラ
・校正 麦秋アートセンター
・印刷・製本 中央精版印刷株式会社

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