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原点

2014年12月に『ラスト・ソング』という本を出版しました。著者の佐藤由美子さんはアメリカのホスピスで活躍した音楽療法士(帰国後は青森慈恵会病院で勤務、現在は米在住)。この本では、佐藤さんがアメリカのホスピスで出会った10人の患者の物語を綴っています。

病いの語り』で有名な医療人類学者アーサー・クラインマンの言葉を借りるのであれば、「疾患」ではなく「病い」を描いた作品といえるでしょう。講演集『ケアすることの意味』が読みやすいので、そこから簡単に整理してみます(専門領域ではないので解釈が違っていたらすみません)。

「疾患」とは、医師や治療者が病いを障害理論として再構成する際に創り出されたもの。「病い」とは、症状や患うことの、生まれながらにしてもつ人間的体験。病んだ人やその家族、そしてより広い社会ネットワークのなかの人びとが、どのように症状や障害を受け止め、ともに生き、反応しているかということ。

要するに『ラスト・ソング』は、がん、アルツハイマー、ALS、うつ病といった疾患や典型的な患者像を描いた作品ではなく、「乳がんとともに生きるハナ」「アルツハイマーとともに生きるハーブ」「ALSとともに生きるスティーブ」「うつ病とともに生きる時子さん」といったように、ひとりの人間にひもづく「病いの体験」を描いた作品です。

「病いとともに生きるとはどういうことか」という普遍的なテーマを、実感の持てる「語り」を通して描き出したからこそ、無名の著者によるはじめての著書で、Amazonレビュー85件、しかもほぼ★5という意味不明な共感値をたたき出したのかもしれません。

しかも「音楽療法」という聞きなれない題材を扱った、かなりしぶめのノンフィクションなのに、刊行から1年後に一度目の重版、そして3年たったつい先日、二度目の重版が決まりました(すっげえな……)。

いまだに応援してくださっている読者の方々には頭が上がりません。本当にありがとうございます。

この本は、僕が編集部にきてイチから企画してつくったはじめての担当作です。せっかく3刷になったので、今回はこの本について書いてみます。なるべく短くまとまる予定。

ただその前に、大前提として「音楽療法」ってなんぞやという話。

音楽療法とは「簡単に言えば、患者さんやそのご家族の心身の健康の回復、向上を促すために効果的に音楽を利用するもの」。なぜそれが有効かというと、「音楽を共有することで、末期の患者さんが自分の気持ちを表現できるようになったり、ご家族との時間を有意義に過ごせるようになったりする」からである……ということです(5、6頁を参考)。

とても簡潔~。では本題。

そもそも僕は今の部署を1ミリも希望していなかったので、当時は企画が立てられなくて困った覚えがあります。ただ、大学時代にバンドをやっていたので、とりあえず「音楽」関係で企画を考えてみようと思いました。

そんなネットサーフィンの日々で出会ったのが、佐藤由美子さんのブログでした。今はリニューアルされているためリンクを貼れないのですが、『ラスト・ソング』の最初に出てくるエピソードの簡易版のようなものでした。

「聴覚は最期まで残る」

このフレーズがすごく印象的だったんです。「なんかいいな」「これ、わかるな」って思った。ついでにいうなら、僕は「死」について考えて夜眠れなくなるタイプの子どもだったので、「ホスピス」というテーマにも興味をもちやすかったのかなとも思う。

さっそく連絡を取り、はじめての打ち合わせ。佐藤さんはそのとき、分厚いファイルを持ってきてくれました。ホスピスで働いていたときにつけていたという日記の一部でした。ものすごく膨大な数の「人生」に向き合ってきたんだな、これは本になるんじゃないか、と思わず息をのみました。

心配だったのが、どれも短い文章だし、佐藤さんは本を書いた経験がないので「本当に書けるのか」かどうか。なのでその日は、「この人でとりあえず一本書いてみましょうか」と宿題を出させていただきました(えらそう)。

僕が指定したのは、時子さんという日本人女性のエピソードでした。

その原稿がもう、本当によくて…。

もちろん佐藤さんはアメリカでの生活の方が長く、英語のほうが堪能なので、日本語としてアラはあったのですが、「生きるとは何か」という普遍的なテーマがそこにはちゃんとあって、時子さんの原稿をいただいたときに、なんとなく本のゴールが見えた気がしました。

ちなみに、時子さんのエピソードは『ラスト・ソング』の最後を飾っています。時子さんの話にすべてを集約させるイメージで構成しました。

そんなこんなで本は完成したのですが(イラストの位置とかめちゃくちゃこだわっているのでそういうところも見てみてほしい)、著者は無名、音楽療法もまったく知られていないという状況だったので本当にいろんなことをやりました。というか、当時は抱えている担当本があまりなかったから、暇だったのでいろいろできた……。

音楽療法というものを知ってもらうために、「呼ばれればどこでも無料でセミナーやりますんで!」「実際にやらせてください!」みたいなことをいって、毎週のように佐藤さんと一緒に病院やら施設やらを歩きまわったし、できるだけ記者に同行してもらって記事にしてもらった。とにかく時間と足を使った。佐藤さんもよく付き合ってくれたなと思うけど、いい思い出です。

この本をもとに、NHKの方がオーディオドラマ『ミュージックセラピスト』をつくってくれたり、ユニバーサルミュージックの方がコンピレーション・アルバム『ラスト・ソング~人生を彩る奇跡の歌』をつくってくれたりと、マルチな展開もありました。

なにより励まされたのがAmazonのレビューと、大量の読者はがき。直接のお手紙も含めたらたぶん60枚以上は届いたと思います。本って、本当に届くんだ、本当に読んでもらえているんだと、しみじみ感動したものです。

間違いなくこの本が編集者としての原点だし、このときにもらった感動がいまも糧になっています。

佐藤さんは僕という編集者にとって大恩人なわけですが、幸いにも2冊目『死に逝く人は何を想うのか』も担当させていただきました。佐藤さんはいまアメリカにいますが、新しい挑戦として『BLISS』という医療福祉系の音声メディアを立ち上げようとしています。

佐藤さんの今後のご活躍に期待しつつ、本稿を〆たいと思います。

短くまとめる力がほしい……。


備考:『ラスト・ソング』という企画を承認してくれた会社にも感謝しています。ふつうなら通らない企画だと思うので。新人の企画だったから大目に見てもらえたのでしょうが、結果的に走り切らせてもらえてよかったです。この場を借りてありがとうございます。


★『ラスト・ソング』に関わってくれた方々
・ブックデザイン 高柳雅人
・イラスト 西淑
・校正 株式会社鴎来堂
・印刷・製本 共同印刷株式会社

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