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まずは狂おう。日本はもっと、“バカ”になる教育を! 〜『進化思考』出版記念イベント第1回レポート〜

『進化思考』の出版に先立ち、3月21日(日)に第1弾となる出版記念イベントを開催しました。ホストは『進化思考』著者の太刀川英輔さん。そしてゲストは、「学習学」を提唱し、長年にわたりアクティブ・ラーニング型の研修を実践されてきた本間正人さん。1時間にわたり繰り広げられた熱い対談の様子をレポートします。

いいアイデアの出し方にはパターンがある

共通の友人・知人も多く、お互いに「いつか話したい」「いつか出会うだろう」と思っていたというお二人。トークは、「『進化思考』を読んで衝撃を受けた」という本間さんの語りから始まりました。

本間さん(以下、本間) 私は「学習」と「進化」の関係性に関心があり、これまでは「種が学習することを進化と呼ぶ」と考えていました。ところが、『進化思考』を拝読して、ひょっとすると逆なんじゃないかなと思うようになったんです。つまり、概念的に、学習の内側に進化があるのではなく、進化の内側に学習があると。一個体が生きている間に起こりうる「進化」を「学習」と位置付けるのがいいんじゃないかと。素晴らしい気づきを与えてくださり、ありがとうございます。

太刀川さん(以下、太刀川) こちらこそ、深く読み込んでいただきありがとうございます。

本間 では、さっそく本題にいきましょう。『進化思考』は、「変異」と「適応」は進化の二大概念だというところから始まっていますが、太刀川さんがここに注目したのはなぜですか?

太刀川 この概念自体は、ダーウィンらが19世紀後半に提唱した進化論そのものです。進化というのは個体の変化の連続で、あるとき変異を起こした個体が環境に適応していく。その繰り返しが進化である。そして、進化にはパターンがある。これは、僕自身の実感にも当てはまるんです。今とは異なる新しいことに挑戦するときって、アイデアが出なかったり、何から始めていいかわからなかったりして途方に暮れることがあるけど、実は「うまくいくパターン」があるんじゃないかと。そんなことを考えるようになり、大学院ではアイデアがもつパターンについて研究していました。

本間 その頃からずっと、変異、適応、進化といった、アイデアや思考のパターンへの関心があったんですか?

太刀川 そうです。誰にでもいいアイデアが出せる方法があるはずだと信じたかったんでしょうね。僕自身は、アイデアがポンポン出るタイプのデザイナーではありませんでした。デザイン自体は大好きだったので、クオリティを上げることには何の苦も感じなかったのですが、「いいアイデアが出せる」というのはそれとはまったく別のことなんですよね。いいアイデアの出し方はパターン化されていなくて、誰も教えてくれなかった。でも、経験を積んで次第にいいアイデアが出せるようになっていくなかで、「いいアイデアを出す」というプロセスにパターンや類似性があるなと気づいたんです。これって一体なんだろう、どう言語化できるんだろうと、それ以来、ずっと探究を続けてきました。

まずは、自分のバイアスをぶっ壊すこと!

続いて本間さんが言及したのが、『進化思考』に綴られたある一節。「自分なら書籍の帯にしたい」という言葉とは…?

本間 「まずは狂おう」。これ、強烈なメッセージですよね。痺れました。日本ではこういうメッセージって、あまりないんです。ここ30年、日本社会が沈滞・閉塞するなか、今までと同じことやっていてもうまくいかないとみんなが思っているし、そのためには常識を打破しなきゃいけないと思っているんだけど、打破の仕方さえ常識的で陳腐なものになりがち。そうしたなか、「まずは狂おう」というのは、非常にわかりやすくて強烈です。どういう思いを込めたんですか?

太刀川 ありがとうございます。まずは狂うことから…というのは、進化の構造そのものなんです。進化は、ランダムネスを自分のなかに取り入れて、偶発性を高めることからスタートします。例えば、有性生殖。精子のランダムネスとオス・メスの組み合わせのランダムネスという二層構造により多様なバリエーションを作っておけば、そのうちどれかは環境に適応して生き残ることができます。狂った要素、つまり変異を含めてランダムネスこそが進化に必要なわけです。イノベーションもアートもデザインも発明もノーベル賞級の研究も、全部同じ。まずは、自分のバイアスをぶっ壊すことが重要なんです。バイアスの範囲内の出来事しか起こらない世界って、狭いですよね。だから“バカ”になることってめちゃめちゃ大事なんですが、そういう訓練や教育って、僕らは受けてきませんでしたよね。だから、これからはそういう教育を生み出さないといけない。そんな思いもあって、「まずは狂おう」というメッセージを意図的に入れました。

本間 いや、本当にそうなんですよ! そういう教育機会がない。文部科学省が学習指導要領や学校設置基準によって「この枠で教育をやってください」と定めるのは、イノベーションを阻害するもったいないポリシーだと私は思います。公序良俗に反しない限り何をやってもいいよとオープンにしていろんな教育プログラムをいろんなところで実践して、そのなかのベストプラクティスを広めていったら、イノベーションが加速するだろうと思います。

太刀川 それ、素敵ですね。何が適応しているかというのは、いろんなパターンをやってみないとわからないはずなんです。先生がいない教育の方が学力が上がったとか、やってみると意外なことが見えてくると思いますね。

本間 実際、コロナ禍で休校になりeラーニングに切り替えた結果、先生が教えるより学力が上がったなんていう話も聞きます。

太刀川 状況が極端に変わると、進化は一気に加速します。変化の兆しとしてあったものが、わーっと表に出てくるんですね。今回のコロナ禍では、まさに世界が一転しました。マイノリティがマジョリティに切り替わるタイミングかもしれません。

自然のものは最小に向かっていく

続いて話題は、お二人が傾倒したというバックミンスター・フラーへ。思想家、デザイナー、建築家、構造家、発明家、詩人…とさまざまな顔をもっていたフラーは、あらゆる角度から人類の生存を持続可能なものにするための方法を探り続けた人物です。フラーについて語り合い、すっかり意気投合したお二人。「フラーに会ってみたかった」と感慨深そうです。

太刀川 フラーの著書に『フラーがぼくたちに話したこと』という中学生向けの本があるんですが、それがすごく好きで。好んで活字を読むタイプではなかった僕ですが、強烈に印象に残っています。

本間 フラーは総合的な創造性のシンボルのような人ですね。彼の作品は、最小の材料で最大に作られていて、強度もあって、美しい。ミニマムというのは、要点だと思うんです。『進化思考』のなかにも「自然のものは最小に向かっていく」と書かれていて、すごく共感しました。今の文明社会が行き詰まっているのは、the more the better(たくさんあればあるだけいい)という妄想が拡張しすぎているからじゃないかと思うんです。本当は、もっと少なく、もっと小さくていいはず。「自然から学ぶ」という表現を、私はそう解釈しています。

太刀川 みんな、わからないから不安になって、もちすぎてしまうんでしょうね。生態系的にどういうつながりのなかに自分が置かれているのかわからない。未来がどうなるかわからない。自分はどれくらいもてば十分なのかがわからない。そういう部分を最適化すれば、いろんなものをもっと削ぎ落とせるのかもしれません。

探究法を学んだら、人類は加速度的に進化する

本間 『進化思考の』の「適応」の3つ目に「生態」という項目がありましたね。自分を超えたエコシステムとの関係性を認知することが大事だということですが、これが日本の教育には欠けていると思うんです。日本の教育システムは、基本的に、個人主義モデルの競争原理。知識を習得し、ペーパーテストで良い点を取れば評価されます。テストのときに隣の人と相談すると、カンニングです。でも、社会に出ると、ほとんどの人が他の人との関係性のなかで仕事をすることになります。つまり、大事なのは協力原理。学校教育と社会との間にギャップがあるんです。また、日本には、「問題は一人で解決しなければいけない」という誤った固定概念をもっている人が非常に多い。だから、人生で困ったとき悩んだときに一人で抱え込み、メンタルを病んでしまう、最悪の場合には自殺してしまう…という悲しいことが起こってしまう。私は、「問題や課題はみんなで解決したらいいんだ」という認識を、もっともっと広めたいと思っているんです。

太刀川 素晴らしいですね。自分だけで問題を解決しようとすることって、非合理でもあるんです。教えられるよりも教える方が学習効果が高い、という研究が出ています。つまり、ガリガリ一人で勉強するよりも、隣の人に教えてあげた方が自分の点数が上がるということが、科学的に証明されているわけです。学校教育がそういう仕組みになっていないのは、非合理だともいえますよね。

本間 Learning by teachingですね。昔の田舎では複式学級のところも多く、上級生が下級生に教えるなかで、上級生自身の学びが深まる…という効果があったんです。残念ながら、複式学級は望ましくないという認識で今では減ってしまいましたが、私はとても有効な学びのかたちだと考えています。

太刀川 大事なのは、知識や技能を教えることではなく、どのように課題を探究したらいいというHOWを教えることですよね。それが、学習の本質だと思うんです。そして、その探究の方法は、僕が主張する「適応」の4つの方法に通じます。内部を解剖して細かく見る、生態系的に横のつながりを見る、過去からの時間軸で系統的に見る、データ集めて未来はどうなるかを予測する…。こうした視点は、今の教育に抜け落ちているんじゃないかなと感じます。

本間 私が「教育学」を超えた「学習学」を提唱しているのは、教室で行われるものだけが学びだという狭い教育観に問題があると感じてきたから。生活すべてが学習の、つまり進化のための時間なのだから、もっと包括的に考えていく必要があるんです。自己探究の方法や、他者との協働に基づく探究の方法が学べたら、人類は加速度的に進化することができると思います。

太刀川 いや、まさに。私もその通りだと思います。

教育をアップデートし、知的生産性の底上げを

いよいよ、対談も最後のまとめに。本間さんから、「『進化思考』の中学生向けガイドブックをぜひ出版してほしい」というお声をいただき、太刀川さんも乗り気のようです。さらに本間さんからは、新著『やさしい英語でSDGs!』のご紹介がありました。

本間 本著はSDGsの17のゴールについて英語で学んでいくというコンセプトなんですが、18個目のゴールを自分で考えてみようという構成にしているんです。これからは、そういう発想が大事だと思います。自然から、歴史から、文化の多様性から学び合い、創造する。私は今、そんな学びを構想しているので、太刀川さんにもお力添えいただければうれしいです。

太刀川 ぜひ、お願いします。実は『進化思考』には、裏テーマがあるんです。一つは、「脱・人間中心」。人間中心の閉じた創造性から、もっと遠くまで視野に入れた思慮深い創造性を…というメッセージです。もう一つが、まさに本間先生の目標と重なるのですが、「教育のアップデート」です。幼児教育の祖と言われるフレーベルも、進化論者でした。「動植物が発生するように、子どもたちも新しいラーニングを習得していく。そこには普遍の真理がある」と書き記しているんです。時代が進んで生物学的な真理はわかってきましたが、教育における真理探究は割とそのまま放置されてきたと思うんです。DNAの解析などの科学的な知見を教育に応用したい。それが僕のスタンスであり、本著を書くきっかけの一つにもなっています。科学から普遍的に見えてきていることを応用すれば、教育はもっと先にいけるんじゃないかと。ワクワクするテーマですよね。一人の人間が創造的になってできることはたかが知れていますが、教育のアップデートによりみんなが創造的になることができれば…。その先には、すごい未来が待っているはずです。

本間 ワクワクしますね。ものづくりの生産性を3%上げるにはかなりの努力が必要ですが、人間の知的生産性は、やり方によっては3倍、30倍にグーンと高めることができます。これからの時代は、知的生産性について真剣に考えた方がいい。ものづくりは工場制手工業、工場制機械工業、オートメーション化…とどんどん進んでいるのに、知的生産性はいまだに職人技扱い。よくて、工場制手工業レベルにとどまっている。知的生産性は、もっと飛躍的に高めていくことができるはずなんです。

太刀川 まさにその通りです! 知的生産性を上げる手法はこれまで体系化されてきませんでした。譜面の読み方もコードも知らない状態で楽器だけ渡されて、弾けた人は才能あり、弾けない人は才能なし…と判断されるようなもの。きちんと基礎を学んだら、誰でもある程度は弾けるようになるものです。知的生産だって、手法を体系的に学んだら、誰でも自分の可能性、創造性を何倍にも高められるはず。もちろん、その先には、さらに優れた創造性を発揮する人も出てくるでしょう。そこに個人差はあるとしても、今はまだ、創造性を発揮する出発点にもたどり着いていないのです。

本間 そうですね。太刀川さんの『進化思考』が、必ずや知的な創造活動の手引きとなるでしょう。私は「最終学歴」ではなく「最新学習歴」の更新を訴えてきました。学校だけでなく人生のすべてが学びのフィールドであり、生涯学び続けていくことが大事だというスタンスです。今日、太刀川さんとお話をして、これを「進化」という大きな枠で捉えてみたいと思いました。素敵な時間をありがとうございました。

太刀川 こちらこそ、ありがとうございました。まだお話ししたいことがいっぱいです。今後のコラボレーションも楽しみにしています。


本間正人氏 プロフィール
京都芸術大学教授・副学長、NPO学習学協会代表理事、NPOハロードリーム実行委員会理事。東京大学文学部社会学科卒業、ミネソタ大学大学院修了(成人教育学 Ph.D.)。ミネソタ州政府貿易局、松下政経塾研究主担当、NHK教育テレビ「実践ビジネス英会話」「三か月トピック英会話:SNSで磨く英語アウトプット表現術」の講師などを歴任。TVニュース番組のアンカーとしても定評がある。「教育学」を超える「学習学」の提唱者であり、「楽しくて、即、役に立つ」参加型研修の講師としてアクティブ・ラーニングを25年以上実践し、「研修講師塾」を主宰する。コーチングやポジティブ組織開発、ほめ言葉などの著書77冊。一般社団法人大学イノベーション研究所代表理事、アカデミックコーチング学会会長、一般社団法人キャリア教育コーディネーターネットワーク協議会理事、一般財団法人しつもん財団理事なども務める。

太刀川英輔氏 プロフィール
NOSIGNER代表。デザインストラテジスト。慶應義塾大学特別招聘准教授。デザインで美しい未来をつくること(デザインの社会実装)、発想の仕組みを解明し変革者を増やすこと(デザインの知の構造化)。この2つの目標を実現するため、社会的視点でのデザイン活動を続け、さまざまな社会課題に関わる多くのデザインプロジェクトを企業や行政との共創によって実現。プロダクトデザイン・グラフィックデザイン・建築・空間デザイン・発明の領域を越境するデザイナーとして、グッドデザイン賞金賞(日本)やアジアデザイン賞大賞(香港)など100以上の国際賞を受賞。デザインや発明の仕組みを生物の進化から学ぶ「進化思考」を提唱し、変革者を育成するデザイン教育者として社会を進化させる活動を続けている。


書籍『進化思考』については、こちら。



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