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全身で嫌がれるって素敵

昨日は学校の図書館で借りた本を返しに
ちーぼーと学校へ行った。
ちーぼーの足取りはとても重い。
なんだか全然ちーぼーじゃないみたい。
図書館に行っても私の後ろに隠れてる。

そんなにいやだったのかな。

図書館に行くだけだってちーぼーは言っていたけど、
ちらっと来たことだけでもわかるように、
教室から見える中庭を通って帰ることにした。

この行動、失敗したと思った。
本人が決めた目的以外のことはしない。
これ、すごく大事。

遠くから教室に手を振って、そのまま通りすぎようと思ったけど、
不登校が始まったちーぼーが来たことに気づいた先生が、
それだけで済ますわけはない。

中庭に朝顔の観察がてらちーぼーが来たからとクラスの子たちが出てくる。
学校に来た貴重な機会だから、
皆がやってる手形足形をとってみようと先生に誘われる。
「すぐ終わるから」って誘われるけど、
ちーぼーの時間のなかに、その時間はない。

明らかに嫌がっているのが私にはわかったけど、
先生は何回も、手形をとろうと誘った。
他の子のがあるなか、先生にとっても
ちーぼーの手形がないのは寂しいのかな。
先生たちは、必死にクラスの一員としての場所をとっておいてくれる。

私の中に、一生懸命な先生に応えようとする自分がいた。
でも、さすがに「もう帰る、帰る!!」と言っている
ちーぼーのその姿、その目は限界を超えていた。

多少は予想できただろうこの状況。
先生のキモチに応えようとした私の心が働いたかな。

ごめんよ、ちーぼーと思いながら、
私の中に沸き起こる罪悪感を打ち消そうとする自分もいた。

疲れてしまったよーん。

学校に行く行かないで悩んでる時期は抜けてるけど、
人のキモチに応えようとする私自身との攻防だった気がする。

全身で嫌がって、なびこうとしないで
自分の意思に従って行動できているちーぼーが、
うるうる涙目で小動物みたいでかわいらしいしぐさをしてるけど、
とってもたくましく思えた。

学校での過ごし方、行き方、行く行かないを決めるのはちーぼー。
そこに私の気持ちを混ぜ込むからおかしなことになる。
混ぜ込むなら混ぜ込むで、しっかり話をして、
一致させておかないと今日みたいなちぐはぐなことになる。

私は先生のキモチに応えたかったんじゃない。
ちーぼーのキモチに寄り添いたかった。

学校に行くときは、そこの意思を強くもっていこう。



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