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「残された、その後」

真奈美が、死んだ。
マンションの自室、ベランダから飛び降り即死だったようだ。
その日は風もなく、穏やかな夜だった。
真奈美はおそらく手すりから大きく跳び、そのまま地面へ落下したらしい。
落ちた先はコンクリートの駐車場、あと少し手前なら、そこは芝生だった。

連絡をもらい病院にかけつけたが、一度も会えないまま、真奈美は天高く灰になった。

「じゃあ最後に旅行行こうよ、それで諦めるから」
「…はぁ? なんで旅行なのよ、私“別れたい”って言ってんだけど…」
「わかってるよ、だから言ってんじゃん、最後旅行行ったら諦めるって」
「えぇ…まじ意味わかんないんだけど…まぁいいわ、でもそれで終わりだからね」
「うん、わかってるよ…」

真奈美に別れを切り出されて、正直いつものことだって、思った、
入院が決まったこと、俺はなんとも思ってなかったし。
ていうか、そもそも好きになった時点で病気のことは知っていた。
人はいつか死ぬから、遅かれ早かれ真奈美がそうなる時に、無関係の状態でいたくないと思い、俺は気持ちを伝えた。

「…あたしそのうち死ぬけど、大丈夫?」
「…は、はぁ? 大丈夫って…大丈夫だよ、俺は真奈美と一緒にいたいんだよ…」

普通、人の告白に対して「あたし死ぬけど大丈夫?」なんて言うやついるか?
俺、咄嗟に「大丈夫」なんて言ったけど、大丈夫ってなんだよ。でもそれしか考えられなかった。「大丈夫じゃない」なんて言ったら、そもそも付き合ってくれなかっただろ?
だから、大丈夫。…つーか、そんな答え用意してこないだろ、普通。

そんなこんなで付き合えて、色々あった約五年間。
真奈美は俺に隠れて何度も死のうとした。
それを俺は何度も止めた。
止められた真奈美は静かに涙を流し、背中を丸めて眠った。
その小さな背中を眺めていると、止めたことに対する自問自答が始まるんだ。
こんなに苦しみ、こんなに悲しむ。代わってやれたらそうしたい。
でもそれができないから、手放す覚悟なんてもっとできないから、だから俺は心を奮い立たせ、阻止し続けた。

浮き沈み、それでも愛は変わらず深く。
一生こうして真奈美と生きていくんだと、当たり前にそう思っていた。
脆さになれてしまった俺は、完全に理解している気でいた。

―――

「ハイオク満タンで…」

計画していた旅行当日。
予定の時間になり、俺は家を出た。
約束通りに真奈美の家の前につき、少しだけ景色を眺め、そのまま予約した旅館へ出発した。
雲ひとつない快晴。
本当は、まだ睡眠薬が抜けずにぼんやりと座る真奈美が助手席にいるはずだった。
俺は、意外とその空気感が好きだった。
小さい子を抱えるような、そんな風に真奈美が愛しかった。
毛布もコートも、用意していた荷物はこの日のため。使われないのも可哀想なので、とりあえず車に積んできた。

予定していた観光地には、どうしても一人で行く気にはならず。
広い景色が見たくなって、近くの海に向かってみた。

海に到着し、目の前にある駐車場に車を停める。
ドアを開けると、海に遊びに来た人々の声が耳に届く。

空が広く、太陽が眩しい。
両腕を高く上げ、大きく背伸びをする。
上を向いて、深く、深呼吸をした途端、涙が一気に溢れてきた。

あのおかしい文章を見た時、電話をすればよかった。
すぐにかけつけて、名前を呼べばよかった。
振り払われようと何度もしがみつき、その腕を強く引けばよかった。

今生きている俺は、空を見上げたまま一人、どうすることもできない。
どんなに愛したって、後悔することばかり。
意味ないのに、だって、もう真奈美はいない。

俺は広がる空の下、咽び泣く。
太陽の陽が差し込む助手席が、暖かいことには気づけない。

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