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「その先」17

 
 
「アサクラ様、お待ちしておりました!」 
 
髪の毛をジェルで固めた店長は、隠れる様子もなく同伴してきたアサクラさんへ深々と頭を下げる。その髪型はダサいからやめた方がいいと、キャストのみんなに何度も言われている。一向に変える気配がないあたり、これは磨きのかかったセンスの無さだ。おねえ言葉と髪型は、店長のトレードマークである。 
 
「じゃあ、私着替えたら行きますね」 
 
「おう」 
 
アサクラさんに一時の別れを告げ、私は店のバックルームへと入った。仕事は今からだってのに、気疲れと満腹ですでにヘトヘトだ。一人になってみるとわかるが、アサクラさんとの同伴で私の精神はかなり削られていた。車で移動し美味しいものを食べさせてもらい、何を疲れることがあるのかと思うが、他人と一緒に過ごすのは疲れるものだ。しかも、あまり多くを語らないアサクラさんの地雷はわからない。地雷のわからない客相手のときは、特に神経を使うものだ。
今から閉店までおよそ六時間。六時間…。
 
「レナちゃーん、今日の予定はー?」 
 
ローギアでげんなりして気力も低いこのタイミングで来店予定を確認してくる我が店長。この声色からして、カーテン越しでも満面の笑顔を作っていることが伺える。
まったく、憎めない男である。
 
「あるわけないじゃん、アサクラさん終わったら帰るよ」 
 
「え~そんな事言わないでラストまで頑張ってよ~」 
 
「その時の私にもう一回聞いてー」 
  
どんな時でも真顔でクールなヘアメイクさん、こんなやりとりを見て「甘っちょろい仕事してんな」とでも思っているだろうか。全く本当にごもっともだ。その持ってるヘアアイロンで一発シバかれでもすれば、湿気った私のやる気にも火が着くだろうか。
 
「お待たせいたしましたー!レナさんでーす!」 
 
「…さっきぶりでーす」 
 
着火に失敗した私は仕事モードに切り替えられぬまま、満腹の腹を抱えアサクラさんの前に登場することになった。 
 
「腹苦しいんだろ?」 
 
「…はい、今はお酒より胃薬が欲しいです……」 
 
「はは、そりゃーそうだろぉ。お前俺の分までほとんど食ったんだからなぁ」 
 
「えぇ…! どうりで多いと…」 
 
「いやぁ、食わせ甲斐があるよ。お前みたいのは」 
 
ほぼ個室のような仕切られた空間でアサクラさんの真横に座り、ほんの少しだけ寄りかかってみる。全身が脱力するように落ち着き、さっきまで感じていた疲れなど一瞬で溶け去ってしまった。 アサクラさんが喋ると、その低い声が寄りかかった肩をつたい、私の身体を震わせる。笑えば共に揺れ、衣服の匂いも普通の人だと思える体温も、全て穏やかで居心地がよかった。
 
さっきまでもう帰りたいと思っていたはずの私は、アサクラさんの横に座り、“帰ってきた”ような、不思議な居心地の良さを感じていた。

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