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庭師の嫌な予感(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 1)

天海 悠



※有料部分では、ルビつき・縦書き・多少の加筆つき全文をお読み頂けます。


目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語



庭師の嫌な予感



 大阪の玉造たまつくりにその屋敷はあった。

 天文六年、太閤殿下の治世は揺るぎなく、わずか十年前には想像もできないほど城下はにぎわいを見せている。
 安土桃山時代と江戸時代と狭間の時代に、奇跡のような繁栄を誇っていた。 建ち並ぶ大名屋敷はぜいを尽くして壮麗さを競う。

 中でも玉造の細川屋敷は、大きさ、たたずまい、壁の塗りの全てが自然で目に美しい。

 そんな細川屋敷の裏門に立った庭師の町人が五名、入る前に名前を書き留めた。

「庭木剪定の手助けか。よし、忠勤を励めよ!」

 きょろきょろしていると、よせんかい!と仲間に小突こづかれた。



 さる屋敷の枝を払っていたところ、手際の良さを見込まれて、この屋敷の殿様からお家付きの庭師を手伝う注文が入ったのだ。組頭は、気合を入れて腕のよい者の中からもりすぐり中の選りすぐりを選んだ。

 組合の連中が口々にからかう。

「細川忠興様の御屋敷か。あそこは大変だぞ」
「木をな、ちょっと傷つけたらお手討ちだぞ」
「首を忘れて帰らんようにな」

 五名のうち三名はこの屋敷がはじめてで、仕事に入るにあたって、目付であるらしき年嵩としかさの侍に長い説明を受けた。

「この屋敷に勤めるにあたって、気を付けねばならぬことはたーーーくさんあるが、まずは一にも二にも態度じゃ。背筋を伸ばし、声を大きゅう、下腹に常に緊張をもち精根込めて作業を行うよう。挨拶を欠かすな。礼を尽くせよ」

 年寄りらしく、くどくはあったが懇切丁寧、感じも良いので、勇気を出して遠慮がちに聞いた。

「ここのお殿様は粗相そそうのあった者は、その場ですぐお手討ちなさるとか、本当でございますか」

 侍はにこやかに答えた。

「ただの噂じゃ、さほどにてはない」

 ほっと顔を見合わせる。

「他意なき粗相であれば許して頂ける。二度まではな」
「と、いうことは?」

 目付はあごを搔きながら空を見上げた。

「三度目はない」

 ないとは、首がないということであろうか。
 思わずぞっとして喉に手をあてた。
 後で聞いた話ではあるが、三度目の正直という家訓を科す大名家はほかにもあるようで、細川様の御屋敷だけが特殊というわけでもなさそうだ。
 ただ、奇妙なおまけがついていた。

「一度目もないという事もある」

 ◇

「奥方さまを見るなとはどういうことだ」

 足場を慎重に見極めつつ梯子はしごを固定しながら傍輩《ほうばい》に聞くと

「お前は知らんのか?ここの殿様のやきもち焼きは、只事ではないそうな」
「奥方さまを見た者で、生きてこの屋敷を出た男はおらぬとか」

 植木屋、屋根屋のなど職人のたぐいは、どうしても屋敷奥まで入らざるを得ない。

「よいか、奥向きをじろじろ見たりせぬように気を付けよ」

 説明によれば、だ。
 ──殿が嫌がるので、お方さまも気を使って、職人が入るときは奥の間にいてくださる。
 そして幸いにも殿はいま国元くにもとの宮津の城におられる。だが危ないと感じたならば、すぐに平伏して過ぎるを待つのだ、よいな!

 まるで厄災だ。「見るなの神」か。
 あやかしか、それとも魔か。

 背中の震えを強いて落としてこわごわと足を踏み入れてみれば、なお典雅な趣味のよい、見事なまでに広々とした、枯山水の庭だった。

 作業をしていると上臈らしい華やかな打掛を身にまとう侍女たちが出てきて賑やかだ。緊張した様子もない。
 目付の侍がやってきては、あれこれと声をかける。

「庭師殿!」

 三時のお菓子を賜わった。

「南蛮菓子とて、ぼーろと申すそうな」
「こんな上等なものをわしらにか?」

 足助が囁いた。

「あの目付殿が胸にかけておる十字の数珠は南蛮教じゃ。奇天烈きてれつなお題目を唱えるが、真面目で優しく丁寧な連中が多いと言うぞ」

 一仕事終わる頃、五郎丸たちはこの居心地のよい屋敷がすっかり好きになっていた。

 ◇

 奥の間添いの庭に移動すると、少し様子が変わった。

 いよいよ華やかになり、明るくなった。
 目付の姿は消えて、侍女たちばかりになる。耳を立てて聞きかじった話の内容からすると、この侍女たちも奥方に直接近習するわけではなく、さらなる奥方づきの上臈女中と目付を取り次ぐお役目らしい。

 忠興様の御言い付けだが、奥方さま本人は馬鹿馬鹿しいと思っているのか、気にしておられないのか、あまり堅苦しく守られない。
 殿も、奥方さまには甘い故、目の前にてはさほどのお叱りはないものだ──?

 特に何事が起きるわけでもなく、剪定の作業は無事に終了した。

 道具を片付けていると、弥吉が低い声で言う。

「ここの奥方はな、あの明智光秀の娘なんだとよ」

 そりゃあ!
 息を飲んだ。知らなかった。

 織田信長が今もこの世に生きてあれば、豊臣家の栄華はありえない。大阪はいまだに戦乱と荒廃の最中であっただろう。そう理由もなく信じている者たちがこの界隈には多くいた。

「太閤さまがどれだけきつう望んでも、一度も会うことが出来ぬと言う。太閤さまがだぞ?これだけ隠す、たま姫とやらがどんなか、ちらっとでも見たくはないか?」

 み…見たい!

 という衝動を強いて押し止めて

「阿呆抜かせ」

 吐き捨てた。

「わしは行く」

 弥助はもう立ち上がっている。

「やめとけ、おい!」
「なんやこれがかと思えばすぐに戻る」

 さっと足が動いて、弥吉はもうその場にはいなかった。見上げると、傾いた松の枝に軽々と登っている。

 さすがに慣れた足付きで、最も葉の影の濃い松の間に消えるのが見えた。
 遠くで馬のいななきがする。

 ◇

 五郎丸と足助の二人は、はらはらと気をもみながら待つことしかできなかった。
 弥吉はまだ帰らない。

 表玄関のある方角が騒がしくなっている。
 足助が五郎丸の腕をはっとつかむと同時に、廊下をどたどたと走るように歩いてくる音がこちらへ近付いてきた。

「奥、奥!」

 と呼ぶ、大きな声が聞こえた。

 お方さま、お方さま、慌てる声がして、廊下に右往左往する侍女たちがあふれるのが見えた。

「殿のお帰りでございます」
「すりゃ、殿とな?」

 ゆったりした、鈴の音をふるような声がした。

「昨日お発ちになられたばかりであるのに」

(今しかない!)

 足助が耳元でささやき、二人ははじけるように飛んで、縁側下にから平伏して待った。そうだ、平伏してお指図に従えば大丈夫、大丈夫のはずだ……。
 足音が止まり、当惑した声が頭上から降ってきた。

「何だ、今日は庭師が入っておったのか」

 特に怒っている様子もないので、がたがた震えていた二人はその場に崩れ落ちてしまいそうなほど、ほっとする。

「うむ、よい腕よ」

 廊下に衣擦きぬずれの音がして、それが少し止まり、引き返していくのがちらっと頭を傾けた五郎丸の横目に見えた。
 庭を一通り見渡していた越中守忠興は、その衣擦れには気付かなかった。


 庭にはあの目付殿たちが現れて、侍から下人に到るまで総出で枝を集め、箒を使って念入りに履き清めている。
 さっきまでとはまるで違う。

 結局、細川屋敷は突然の大風に吹かれたように大騒ぎとなっていた。

 てんやわんやのすえに、庭師たちは否も応もなく、それっとばかりに外に出されてしまった。
 褒美の袋を手に、足助と五郎丸の二人は裏門前で困惑して立ちすくんだ。


 外からは、ただ黒々とした武家屋敷の荘重な塀があるだけだ。
 もう、あとは、何とかして本人にすきをみて脱出してもらうしかない。

 足助がつぶやいた。

「あやつとて、何とかしてすべり降りて平伏しおれば、大丈夫」

 そうだ大丈夫、のはずだ……。

 ◇

 弥吉は一刻ほどしてやっと出てきた。

 出てきたまではよかったが、ひっくり返って荷車に乗せられていた。
 むしろをかけられ、腕と脚は奇妙な格好に折れ曲がっている。

 おそるおそる筵の下を覗いて、二人は揃って絶叫した。

 首がない!

「首は、首は?首は、どこじゃ!?」

 荷車を運んできた下人の横にいる付き添いの侍は不機嫌に言った。

「奥方さまのお部屋の中だ」

 ◇

 三日たった。 首はまだ帰らない。
 後で奥方付きの侍女と懇意だという侍から聞いたという、又聞きの又聞きの又聞き話が伝わってきた。

 殿と奥方さまはお二人で、差し向いにお食事を始められた。
 松の枝を落として明るくなったので、花の枝振りがよう見えると、廊下近くに膳を据えておられた。


 御殿の上に張り出した松の上からばきばきばきと音がして、弥吉が玉砂利の上に落っこちてきた。
 降りかねてずっとしがみついていたのだが、手がしびれついに耐えかねたらしい。

 忠興様が色をなして、刀の束に手をかけられた。

何奴なにやつ!」
「庭師でございましょう」
「何、庭師?庭師はさっき出たぞ」
「あなたが急にお戻りなので、降りるに降りかねたのでございましょう」

 弥吉はそこで何としても平伏して顔を上げずに謝り倒すべきであった。

「しなかったのか?」
「あの馬鹿、庭に落ちて腰をさするのも忘れ、ぽかんと口をあけて奥方さまを見ておったのよ」

 殿様は憤怒の形相で庭に飛び降りて、抜きざまに首を切り落としてしまわれた。
 ふりかえり、奥方へわめいておられた。

「おれが戻ったがなぜ降りられぬ!奥はこのような奴をかばい立ていたすのか!」

 忠興公は首をもち、奥方さまの目の前の膳の上にえられた。奥付の侍女は腰が抜けてものも言えぬ。

「そんなに見たくば、とくと見よ」

 これはな、首に申したのじゃ。

 奥方さまは無言でおる。
 そして殿は足早に出ていかれた。

 ◇

「したがそれでなぜ首は戻って来ぬのだ!?」
「片付けよとお命じがない」
「なくても片付ければよいではないか!」
「怖くて誰も手出しできぬわ!侍女の話によればな、奥方さまは怒っておられる」

 その頃、大阪玉造の細川屋敷には、丹後から忠興殿の父上、田辺のご隠居が到着していた。
 細川幽斎は大柄で丸顔の、普段はおかしなことを言っては周囲を笑わせるのが好きな、感じのよい爺さまだ。あとから多少、しおれてはいるが、子供のようなふくれっ面をした越中守えっちゅうのかみ忠興が中に入った。

「奥方さまはあれからずっと、首と生活しておられる」
「いかに怒ったとて、首と暮らせるものかよ?大名屋敷の奥方さまが!」
「怒るとて、見た目は普通なのじゃそうで。何一つ変わったことなどないかのごとく、笑顔で普段通り……」
「怖い怖い怖い!」
「普通ではないぞ!」

 田辺のご隠居、細川幽斎は首のある部屋で嫁の前に丁寧に手をついた。手慣れた動作で、これが初めてではないようだ。首は最初にそれが置かれたそのままに膳の上に置いてあった。
 ご隠居は腹から響く、よく透る声で言った。

「嫁殿、またしてもこの大馬鹿者が、早まったことを仕出かしたと、たいそう反省しておる。切ったが途端にわしの所に即刻、駆け付けおったがその証拠じゃ。じゃによって、どうかどうか、わしに免じて許してもらいたい」

 忠興も、不承不承に手を付いた。思ったよりも神妙に言う。

「奥、おれの粗忽そこつな振る舞い、まことに…申し訳なかった。おれが悪かった。悪かったゆえ……そいつを、いいかげん片付けさせてくれ!皆が気味悪がっておる。頼む」

 奥方さまは静かに言われた。

「命あるもの、一度命を失うては、もとあった場所へ戻そうとしても、戻すことはできませぬ」

 誰を前にしようとも、ひるんだことなどない細川忠興が、湿しめっぽい声で答えた。

「わかっておる。おれは鬼だ」

 そこで生来の負けず嫌いの悔しさがふときざしたものとみえ、多少恨みがましく付け加える。

「汝は蛇であろう」

 奥方は短く答えた。

「鬼の女房には蛇がる」

 ◇

 忠興の近習たちは、奥御殿の成り行きを、表御殿で息をひそめて見守っていた。
 やがてご隠居が奥から出てくる。ほーっと、安堵したような、気が抜けたような、ため息が皆から漏れた。

あとからは頭を上げ意気揚々とした忠興殿…?
はて、別人のように元気になっておられる。
ご隠居を送り出して、残された家臣どもは主君、忠興公の眼が、異様なきらめきを湛えているのを見た。

庭師たちに目付と思われていた年寄りの重臣、小笠原少斎はほっとしたようにかたわらの傍輩ほうばいにささやいた。

「ようござった。やっとご機嫌がお治りじゃ」

 ◇

首はやっと帰ってきた。
仕方なく胴体だけさきに葬った場所にそっと埋め合わせ、親も家族もいない弥吉の葬儀は、(組合)が出し合って組から出すことにした。
屋敷から、詫びと手厚い見舞の品が届き、ささやかながらも坊主を呼んで経をあげてもらう。奥方さまの配慮だと言う。

 ばかめが、好奇心はねこをも殺す。
 だからあれほど注意したになあ。

仲間たちのささやきの中で、五郎丸はぼんやりしていた。

瞳孔がちらちら揺れて、焼き付いた絵が、あれから何度か反芻はんすうした邸内の景色が甦る。
あのとき屋敷で平伏しながら、ちらっと横目で衣擦れの音とともにやってくる婦人を見た。
殿様は庭の枝を見ていて気付かれなかった。
あのとき、隣にいた足助が頭を押さえつけてくれたゆえ、わしは助かった。

少なくとも弥吉は死ぬ前に、世に二つとない美しいものを見たのだ。

もう一度だけ見たい。ああ、見たいのう…。

 ◇

見るなのあやかしがむ屋敷で、蛇のように美しい女が、鬼のように苛烈な男と、声を潜めて灯火の下、語り合っている。

わたくしとて、死ねば腐乱いたしまする。それが人の世の習いでございましょう。
うむ。奥がそうはなるまいぞ。おれがちゃんと手筈を整えておる。
お願いいたしまする。必ず骨も残らず、全て焼き尽くして下さいますように。





おわり


第二話 「熊千代の奇妙な願い」

目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語


有料部分特徴

有料設定としましたが、購入して下さった方には、基本まったくおなじ内容ではありますが、以下の部分から、縦書き・ルビつきバージョンを画像ファイルでお読みいただけます。


▽有料部分の特徴

・縦書き文庫風表示(画像)
・ルビつき
・流血表現などに多少加筆あり
・風景表現などに多少加筆あり(基本、内容に変わりありません)
・マニア向け。細川→長岡・羽柴、光秀→日向守、など、出来る限り再現。(限度あり)


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庭師の嫌な予感(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 1)

天海 悠

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天海 悠
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