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箱(短文)



夫がゴディバを持って帰った。
大小さまざま、いくつかの明らかに義理チョコと分かるパッケージに混じってゴディバの艶やかで高価な箱の外見が目を引く。夫はこういう所にそつがない。自分が持って帰るチョコレートは一切全くやましいことなどないという顔をして、テーブルの上に無造作にばらばらと投げ出すように置いた。目をそちらへ向けただけでも、横倒しになった箱の一つだけ抜きんでて目立つ絹のような肌触りの紙質、翌日になった今もそこに置かれたままになっている。窓から挿す太陽の位置が変わるたびにかすかに表情を変え、パッケージの光沢の変化がが語りかける。これは特別なもの。高価で、手に入れがたく、それだけの価値があるものなんだよと。
お返し、買っといてくれる。全部同じのでいいよ。
そんなの、あえて奥さんに買ってもらう風を装わなくてもいいのに。
用心深さをそれと気付かせない声で、言っていることもやっていることも何もおかしくない。ただもらっただけだと主張している。区別はしないし全員同じお返しをする。ただそれだけだ。
背中を向けながら夫も彼女も気にしている。場違いに高級な箱が、格が違うぞここにあるぞと主張している。手を伸ばしてなんでもなさそうな小さな義理チョコをつまんで食べた。そんなの、かえっておかしいわ。どうしてわたしを手に取らないの。
存在を示したい。気にしてほしい気付いて欲しい。そんな声がそのテーブルを中心にして部屋を舞っている。
彼女はたまらなくなって机に手を伸ばし、夫が目で追った。掴むと、手早く上質のリボンをほどき、口に次々に放り込む。あっという間にそんなに口いっぱいに頬張るような食べ方をするのではない高級なガナッシュの香りがあふれる。消化してやるわ。それがお望みなんでしょ。口を動かしながら彼女はその苛立たしい主張をすべて呑み込んだ。
一息ついて、彼女は思う。
美味しかった。




おわり


遅まきながらのバレンタインネタ(もうホワイトデーも過ぎたよ)
もう更新がやばそうなときのために書き溜めておいたやつ。



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