銀河通信 その10 Always Coming Home5

 ナギは私にとって、よい相談相手で師でもあった。
 私が自分の中で整理できずにいたものやなんかを、すっきり整理させてくれるような、打てば響くような絶妙な返しをしてくれる。さすがセイルの師だ。セイルの教え方とよく似ていて(というかセイルが彼に似ているのか?)的を外さず、少ない言葉で端的に表現する。なので私は彼の言葉を呼び水に、また深い水底へと降りて行くことができる。そうして心奥にあったものをとりだしてみることの繰り返しができる。それは《私という現象》の輪郭を浮き彫りにしていくような、こつこつと彫り出していくような作業だった。魂のルーツを探っていく旅のようでもあるし、未来への青写真を描き出していく作業でもあった。


 【風の丘】での暮らしは平穏そのものだった。
 突如発生した原始の森の向こうにある町の様子や礼拝所の動向はセイルとのコンタクトで把握できていたし、セイルを含めギョクやランも特に問題なく元気そうだったので、私はのびのびと自分の好きなように日常を楽しんでいた。
 時折、町や礼拝所から夜に紛れ、セイルまたはギョクと一緒に何人かの人たちがやって来る。
 そうして数日滞在していったり、そのまま数時間過ごして案内人のセイルやギョクと一緒に帰って行ったりするのだ。
 彼ら彼女たちは、ナギの通訳で【風の丘】の長老シャーマンから何がしかのアドバイスを授けられて、そうしてまた町や礼拝所へと戻っていく。
 礼拝所からこっそりやって来るのは、司祭様や先生方、シャンティたちだ。
 もちろん、私のことはとっくにばれているわけだけれど一切お咎めなしで、むしろうらやましがられているようだった。そんなことがしばらく続いた。

「みんなうらやましがるくせに、何で礼拝所へ戻っていくんだろう? 居たければ、私たちみたいにここで暮らせばいいのに」
 ある日何気なくそんなことを私がナギに尋ねると、ナギは微笑んだ。
「それぞれにまだやることがあるからですよ。準備が整った人たちから、そのうち動き出すでしょう」
「みんなここへやって来るの?」
「いいえ。彼ら、彼女たちは、それぞれの故郷へ帰って行くつもりのようです。たとえそこが既に失われている家や村のあった場所であっても」
 私たちシャンティたちは、それぞれにあちこちから礼拝所に集められてきたのだが、その生家や生まれ育った村はたいていがもう失われている。ある日突然中央から軍隊がやってきて私たちを見つけだし、その村や集落を侵略して、支配下に納まらない場合はすべて焼き払って行くからだ。私の故郷も既にない。家族もみんな死んでしまった。セイルやギョクやランもそうだ。
 礼拝所の先生や司祭様たちの半分は元シャンティで、あと半分は中央の役職として仕えている人たちだった。そしてここへ夜に紛れてこっそりとやってくるのは、元シャンティの先生や司祭様たちだった。つまり礼拝所からここへやって来るのはシャンティか元シャンティだけだったのだ。
「家も家族も村ももうない場所に?」
「土地があるでしょう。そこに人はもう住んでいなくとも、たくさんの生き物たちがいますし、土や風や水があります。それらすべてが彼らの家族ですから。それに、彼ら彼女たちにはそれぞれの仕事があるのですよ」
「仕事?」
「エネルギーのネットワークをつくっていくことです」
「へえ……、そんな仕事があるの?」
 なんか面白そうだな、とがぜん興味を示した私に、ナギは苦笑した。
「ありますよ。あなたもそうですよ。同じ仕事をしていますよ」
「えっ、私?」
「ええ。あなたもです。エネルギーのネットワークをつくっていくというのは、その土地の生物や精霊たちとコミュニケーションをとり、エネルギーをシェアし、架け橋をつくっていくようなことです。あなた方はそういう仕事を既にしていますよ。シャンティとしてそれぞれの場所から集められてきたのも、要はそういうことなのです。あまり嬉しくないことだったでしょうけれど」
 私は黙りこんでしまった。
「あなたたちをさらって来たり、村や集落を侵略したりした人たちも、中央の人々も、知らずに協力しあっているのですよ。恨んだり憎んだりしてはいけないとは言いませんがね」
 ナギの言っていることはなんとなくわかった。
 宇宙のリズムやバランスからしたら、私たちはそれぞれに魂の仕事をするために協力しあっているから存在しているし、生まれてきているのだから。それはわかっているけれど───
「――私、大切な人たちを守りたかったけれど、守れなかった。幼かったし、力もなくて。どうしたらいいのかもわからなかったの。家族だけではなくて、友達や、一緒に育ってきた動物たちや、木々や草花なんかもみんな守りたかった。でも、何もできないまま、みんなが傷つけられたり殺されていくのをただ見ているしかなかったの。それはどうしても、忘れられない。なんでこんなことされなくてはいけないの? なんでこんなことするの? ずっとそう思っていたし、今でもゆるせないから」
「わかりますよ。でもあなたも、わかっているでしょう? 
 理由を知ってどうなりますか? 原因を探していってそれがわかれば、それであなたの傷や痛みが癒されますか? 理由や原因を探すことが悪いこととは言いませんが、それと、今あなたができることを放棄することは同じではありませんよね?」
 私は頷いてこたえた。
「私は今の、私の人生を生きること。魂の目的を果たすこと。自分の人生に責任を持つこと」
「そうです。
 亡くなった人たちや亡くなった生命にもそれぞれの役割があり、それを果たしていったのは、あなたもよくわかっているでしょう? 自分の人生にしか責任は持てないのです。それぞれが自分の魂の目的に沿って、自分の人生を生きること、それに責任を持つしかないのですよ。
 私の片割れは、とても優しい人でした。あなたのように愛するものたちを守れなかったことをどこかでずっと悔いていました。それが彼女がつい感情移入をしてしまうことにつながっていました。
 ヒーラーとしての能力も高かったので、彼女は私と共に沢山の仕事をしました。けれど、それは彼女自身が相手の病や苦痛を、その身を引き換えにして受けていくことだったんですよ。
 犠牲的な生き方をするものは非業の死を遂げていくのが常でしょう。彼女もそうでしたよ。
 彼女自身が、相手の痛みや苦しみに感情移入してしまうので、代わってあげたいと相手の病や苦痛を自ら背負ってしまうのです。自分を犠牲にしてしまうのです。私は何とか彼女を止めようとしましたが、彼女は彼女自身が自分にかけた呪縛から自分を解放することはありませんでした。何よりも、私たちにはそれが求められていたのですし。
 感情移入をするヒーラーは相手の問題や病をその身に受けてしまうので、たいてい早死にします。彼女もそれを知っていたんですよ。
 私が彼女を止めることができたなら、そうしていたでしょう。でも私は彼女を止めることができなかったのです。彼女は亡くなりました。それが全てです。
 私たちは、自分の人生を生きることに責任を持つ以外、できないのですよ」
 淡々と語るナギの横顔は静かだった。
 私は、彼ら片子(かたこ)たちが、表舞台から姿を消して隠遁生活に入ってしまったり、まったく別の仕事について祭事関係の仕事から去って行くのが何故なのかを、はじめて理解した。
 私が返答に困っていると、ナギは微笑んだ。
「セイルからききましたよ。あなたはヒーラーとしての仕事をするつもりがないし、興味がないのだと宣言して周りの説得に応じないため塔に閉じ込められたそうですね」
「え、はい……」
 今ここでそれ? と思いつつ私がこたえると、ナギは楽しそうに笑った。
「あなたはするべき仕事をしました。新しいエネルギーの風を、凝り固まっていた古いエネルギーの巣窟に吹き込んだのですよ」
「……もしかして、わたし、ほめられている?」
「はい、そうですよ」
 にこにこしてナギはこたえた。
「え? そうなの? ええ? ──うそ?! あれって、魂の仕事のうちなの?? 自分のためだけのものではなかったの??!」
 ナギは愉快そうに笑った。
「そうですよ。それに気づいた司祭や先生方やお仲間が夜の闇に紛れてこっそり礼拝所からここを訪れるのは、あなたが風穴を開けて、エネルギーの架け橋をみんなで協力して架けたからではありませんか。セイルたちはちゃんとそれをわかっています。だから夜ごと案内人をしているんですよ。それぞれの魂の喜びに沿って生きることが、そのまま、すべての生命や存在に貢献することになる。それが宇宙のリズムでしょう?」
「あ」
「そうです」
 ああ、そうか、そうだったんだ。そういうことか──
 私は今さらになって、また改めてそれを知ることになった。
「自分ではちゃんとわかっているつもりでも、繰り返し繰り返し、こうして学んでいくんですよ」
 ナギは優しく笑って私を見た。
「私たちはこの一生をかけて、そしてこの生が終わっても、また次がある。そうしてずっと学び合っていく──でしょう?」
「そうです」
 よくできました、というように彼は微笑んだ。
 私はなんだかずいぶんと開放的な気分になっていた。
「なんだそうだったんだ。私、ほんとうはずっと思ってたの。私たちシャンティって、ビロード張りの鳥かごに入れられた奴隷みたいだなって。美しい建前で飾られた奴隷制の中のかごの鳥なんだもの。実質は」
「あなたはちゃんと正しい道を歩いています。大丈夫です」
「そうか、そうだったのか」
 私はちょっとほっとしていた。
「シャンティたちだけではありませんよ。町の人々もみな同じです」
「――あ、うん。そうだよね」
「いずれ、準備ができた人たちから、町を出て行くでしょう。支配と闘うのに争いは必要ありません。在り方で闘えばいいのです。隷属するよりも自分を尊ぶことを選択して、その支配から去ればいいのです。そうしたければそうすればいいだけです。支配するために創出されたあらゆる価値基準の呪縛から自分を自分で解き放てばいいだけですから」 
「どのようなエネルギーを生きるかは自分の選択だし、自分の責任だから、ですよね?」
「そうですよ」
 にこにこして嬉しそうに、ナギはこたえた。
「もしかして、セイルにこれ教えたの、ナギ?」
「いいえ。彼が自分で言ったのです。まだ幼い頃にです。礼拝所へ連れてこられたとき、自分でそう覚悟を決めたのだそうです」
 そうか、そうだったんだ──
 私は今さらながら、何だかセイルが恋しくなった。
「あなたたちと出会えて、セイルは明るくなりましたね。礼拝所へ来た当時から彼は早熟で優秀でした。とても繊細で感受性が強いのに抑制的で、本当にとてもおとなびていましたよ。私は自分から彼に興味を持って専属講師を申し出たのです。礼拝所を出てからも彼とはずっと連絡をとっていたのも、彼のことが心配だったからです。当時から私は、自分の片割れと同じ問題を彼も抱えるのではないかと思っていたのです。その覚悟が犠牲的な方向へいきそうな危ういところがありましたから。でも、もうその心配はなさそうです。あなたたちがいますし」
「セイルが危ういっていうの、なんかわかるよ」
「そうですか」
「うん。セイルは私に感情移入してはいけないってよく言うけれど、私よりも彼のほうが、それをしているんじゃないかと思うところがあるから。私はどっちかというと、もともと癒しの仕事にあまり興味ないし、それをしなくちゃいけないと教わってきたからそうしないといけないかなって思っていただけで、本当はどうでもいいって思うほうだけれど、セイルはそうじゃない。自分からすすんで、それをしているし、その負担も多少身体に受けているみたいにみえる」
「そうですか」
 ナギの表情が少し曇ったので、私はちょっとあわてて付け足した。
「あ、でも、セイルたちもこっちへいずれ来るんでしょう? だったら問題ないよ。きっと」
「そうですね。なんといってもここには、あなたという壊し屋がいますからね」
 ナギが優しい微笑みと声でそう言ったので、私は聞き間違いかと思って尋ねた。
「あの、すみません。今、壊し屋って言いました?」
 にこにこして彼はこたえた。
「はいはい、言いましたよ」
 ──さすがセイルの師だ。
 やることもふたりはよく似ている……。


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