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明日へ向かって 23

「オープンディスカッションの案内状を森下さんが作成しているんですね。すごくいいことだと思いますよ」ウェルネスプランの城戸は、明るい声でいった。
「いえ、部長の原案を預かっているだけです」首を小さく横に振りながら、希美は答えた。
 それから希美が少し声を落として、部長の書いた案内文のことを報告すると、ハハッと城戸の小さな笑い声が受話器から聞こえた。
「それなら、たしかに森下さんが作られた方がいいですね」
「最初は、思いっきりポップにデコレートした方がいいかとも思ったんですが、やっぱり会社の行事だしなあ、と思ったんです」
「そうですねえ。たしかにあまり軽々しいのもよくないですけど、やっぱり皆さんに興味は持ってほしいですもんね」
 やはり自分はそのようなことを決めて何かを進めるような立場にないのだろうかとまたいつものネガティブ思考が頭をもたげ始めたとき、城戸が言葉を続けた。
「でも、結局のところは、榎本さんがOKと言ってくれれば、何でもいいと思うんです。例えば、こうしてはどうでしょう。何種類か案内文のパターンを作ってみるとか」
「なるほど、その中から部長に選んでもらえばいいんですね」
「もしよかったら、採用された案内状をわたしまでメールで送っていただけますか」
「もちろんいいですよ」
 それから数日後、希美は、案内状を三パターン用意した。一つ目は部長の原案に比較的忠実にコンパクトにまとめたものだった。二つ目は堅苦しい表現は抜きにして、日頃思っていることをみんなで一緒に話し合ってみませんか?といった語りかけとオープンディスカッションの簡単な説明を箇条書きにするなど、見栄えもすっきりしたものに仕上げた。そしてとっておきの三つ目は、メッセージは二つ目とほとんど変わらなかったが、フォントもポップ体にしてイラストもふんだんにあしらい明るくデコレートしたものだった。
 部長のことだから、一つ目か良くて二つ目くらいだろうと思っていたら、ほとんど即答で部長が選んだのはなんと三つ目だった。
「これだといかにも楽しそうに見えるじゃないか」
 そう言って朗らかに笑う榎本の笑顔にすっかり希美は有頂天になって、すぐに採用された案内文を添付して城戸へメールした。
 城戸からの返事は、案内状の出来映えへの賛辞と激励の言葉に埋め尽くされていた。
 斯くして、希美が作成した案内状は榎本から薬物動態研究所全員に一斉配信された。部長が作ったにしてはあまりに可愛らしすぎるということで、作成者は誰?ということが研究所内で話題になった。希美を知っている者は、あれ作ったの森下さんでしょ、と声をかけてくれ、可愛い、おもしろいと評判は上々だった。風土改革について多くのひとに知ってもらうという案内状の第一の目的はこれで間違いなく達成できたと知って、希美は心底ホッとした。まずは全員を対象に広く声かけをして、少しでも興味を持ってくれたひとを見つけていくところから活動を始めていく。これは野村の著書にも書かれていたことでもあったし、先日の打ち合わせ通りのシナリオだった。

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