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明日へ向かって 28

「昨日はお疲れ様でした。最初にしてはよく盛り上がったと思いますよ」城戸の感想に、希美は安堵の声を漏らした。
「そう言っていただけると安心します」
 初めてのオープンディスカッションは、城戸の感想どおり、予想以上の盛り上がりをみせた。それが証拠に、予定終了時刻の午後七時になっても誰一人帰ろうともしなかった。結局、八時になったところで、次回開催を約束し、そろそろ終わりにしようということで強引な幕引きをしたほどだった。
「他のチームの議論についてまとめているところですが、結構深い議論になってますね」
 電話の前で希美はにっこり微笑んだ。
 オープンディスカッションを開催する前には予想だにしなかったことである。集まってくれるかどうかすら不安だったあのときに比べれば、まさにこの上ない喜びである。
「昨日のまとめができたらすぐ森下さんに送付しますから、今からでも次回の開催日を検討しておいてください」
「分かりました。榎本部長とも相談してみます」
「森下さん、くれぐれも、鉄は熱いうちに打てといいますから」
 ごく当たり前のセリフのはずだが、城戸から言われると荒々しい語感との妙なミスマッチに希美は小さく笑った。
 その足で榎本に相談すると、こちらも二つ返事で承諾が下りた。
「次は招待状も要らないから、森下さんからみんなにメールしてもらってもいい?」
 以前であれば重荷に感じたであろうことも、すべてが順調なればこそ、快く引き受ける気持ちになれた。
 しかし、希美の喜びとは裏腹に、参加者すべてが満足していたかというと、もちろんそんなことはなかった。
 長原は、決して今の職場でのコミュニケーションが十分とは思っていなかった。だが、オープンディスカッションがその解決策となりえるとは思えなかった。オープンディスカッションの雰囲気は、長原には何とも呑気なものに映った。
 いずれにせよ、納得のいかないまま白を切るなどできない長原である。直接その想いを希美にぶつけてみようと思い立った。
「こないだのオープンディスカッションのことやけど」
 朝からの実験を終えて一段落し、居室でコーヒーをすすっていた希美に長原は話しかけた。無事にやり終えた達成感の余韻覚めやらぬ頃である。賛辞のひとつでも聞けるのかと笑顔で振り返った希美だったが、長原の堅い表情を見て、何でしょうかと姿勢を正した。
「あれさ、これからどうすんの?」
「まだはっきりどうとは決まってないんですが、第二回を近々開催するってことだけ決まってます」
「そうか」
 そう言ったきり黙って視線を落とす長原の次の一言を待たずに、希美は言った。
「長原さん、次も絶対に来てくださいね」
「ああ、そうだな。都合がついたらな」
 希美の笑顔を前に、しぶしぶ頷くしかなかった長原であったが、同時にしばらく様子を見てやろうという気になった。子どものように輝いている希美の目を見ると長原はそれ以上何も言えなかった。

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