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【短編小説】焚き火で煮込まれた空気

ゴトゴトグツグツと、焚き火が生命を煮込んでいる
この空気という生命を煮込み、僕達は安らかに団欒出来る

君はここに来たことはある?
ううん、ないよ。君は?
僕もない。気付いたら来ていたんだ
僕もだ

僕達は、なぜか今日、この焚き火に辿り着いて、こうして温まりながら喋っている
君は、おでこにボールペンで横線を引いている
それについて、触れていいかわからない

でも、この焚き火で煮込まれた空気では、話しかけても良いような、気がする

おでこ、何か書いてるの?
ああ、息子の落書き、会社行く前に書かれちゃって、そのまま
息子さん居るんだね
そうだね

僕は、この、煮込まれた時間を、物凄く尊く思った
見ず知らずの人と、おそらくこの時間だけしか会わない人と、運命のように出会い、そして、数回喋り、僕達はそれぞれの家に帰るのだろう

こんなに、貴重な事は、あるだろうか
何かを盛り込む事で、賑やかにする事で、貴重な時間を作る
僕は今まで、そう思っていた
でも、こんなに、隙間だらけな、隙間しかない、あるのは、焚き火と、知らない人と、会話だけ
この設定の世界で、僕は、いま、考えすぎたのか、あくびをした
すると、その男は、立ち上がり、帰って行った

いやだ、あと一回、いやあと二回は喋りたい
そう思い、あの、と話しかけたけれど、男は振り向く事はなかった

僕は、残され、焚き火に煮込まれた時間を、また、体験した
僕は、物凄い孤独に襲われた
なんだこの孤独は
どういう事だ

僕は、何か、しでかしてしまった
人生で、何か
それは遠い昔でも、最近見落としていた事でも
何か、何か、しでかしてしまった
焚き火に煮込まれた空気を浴びながら、僕は、この孤独のまま、消えてなくなりたくなった

そして、僕は立ち上がった
そして、歩き出した
しかし、僕は消えない
消えないんだ
歩き、歩き続けた
孤独だけがその日から一生付き纏い
僕は、この世界を、今も生きている

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