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FLY ME TO THE MOON(エヴァンゲリオン)

最近やっとまたジムに通えるようになった。

毎回のルーティンは前半にウェイトトレーニング、後半に水泳。そのあと付属の温泉に浸かる頃には、疲れ切っている。

久しぶりにプールに入ってみると、身体をすべて水に任せる感じがなんとも心地よい。
特に、背泳ぎをしている時には。

子供の頃は背泳ぎは好きじゃなかった。
前に進んでいる気がしなかったから。
だが大人になって20年近く振りにやってみると、非常に趣深い時間を過ごさせてくれる。

眼は虚空ばかりを見つめ、耳は水に浸かり、視覚も聴覚も制限された世界。
かすかな流れの音に耳が、「私」が満たされる。

生まれる前、羊水に満たされていた頃のように。

世界と「私」の区別が限りなく曖昧になり、世界が「私」の延長のようにも、「私」が世界に抱かれているようにも感じられる心地よさ。

ATフィールドのない、「他者」のいない世界。

僕は足を動かすのを止め、流れに体を任せて眼を閉じる。
瞼の裏に映った夜空、星ひとつない中で満月だけが妖しく微笑む空に向かって、口ずさんでいた。

Fly me to the moon
Let me play among the stars
Let me see what spring is like on
Jupiter and Mars
In other words, hold my hand
In other words, darling, kiss me

Fill my heart with song
And let me sing for ever more
You are all I long for
All I worship and adore
In other words, please be true
In other words, I love you

『fly me to the moon』は洋楽のスタンダードナンバーで、当時アメリカで進行していたアポロ計画と関係があるらしい。

でも二十世紀末の日本に産まれた僕にとってこの曲は何を置いても『新世紀エヴァンゲリオン』の曲であり、そのように聞いたほうが面白いとさえ思う。
考えれば考えるほど、このアニメと歌詞のシンクロ率の意外な高さ(それ用に作られた『魂のルフラン』や他の楽曲にはもちろん及ばないが…)に驚かされるのだ。

エヴァンゲリオンは非常に難解な作品で、ひとつふたつのテーマに還元はできないと見返す度に思う。

それでもあえて言いたいのは、この作品はまずもって「子宮」「胎盤」の話だということだ。

正確に言えば、そこからの「誕生」、そこへの「回帰」「退行」、そして「再生」という意味なのだが。

そして「自我」と「世界」の境界が曖昧なまま漂う感じが僕の中では背泳ぎをしている感覚であり、見上げた空に見える月は、優しく包み込みながら導く母のよう。

Fill my heart with song
And let me sing for ever more

懐かしい歌が僕の胸を満たし、やがて溢れて自然と口ずさんでしまうのを感じながら、そう思ったりする。

こじつけ、な気もするけれど…

参考文献
阿世賀浩一郎『改訂版 エヴァンゲリオン深層心理「自己という迷宮」』(幻冬舎 2018)
小谷真理『聖母エヴァンゲリオン』(マガジンハウス 1997)

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