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ストーリー作法の基本①:”プロット主導型”VS”キャラクター主導型”という「錯覚」

 英語圏の映画レヴューや小説作法講座をネットで見ていると、しばしばストーリーの作り方を、プロット主導型(plot-driven)とキャラクター主導型(character-driven)に大別し、両者を対置させていることに気づきます。

 ある小説作法講座では、前者の場合「出来事(event)」が、後者の場合はキャラクターつまり登場人物が、それぞれストーリーを展開させる、というように説明されています(以下のリンクを参照)。https://www.masterclass.com/articles/how-to-write-plot-driven-vs-character-driven-stories

 また、ロサンジェルスにある制作会社の創立者ハーブ・キンブルは、具体的な映画作品名を挙げながら、プロット主導型とキャラクター主導型の違いを説明しています。プロット主導型としては『スター・ウォーズ』(77)が、キャラクター主導型としては『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(07)が挙げられています。前者では「作中のほとんどの登場人物は、映画を変えずに何らかの変更を加えられる」が、後者は「初見ではほとんどプロットが欠如しているように感じられる」、「外部環境がいかに人々を形成してゆくかを探求する」非常にキャラクター主導型の映画であるとされています。キンブルによれば、『バットマン』シリーズの映画もまたキャラクター主導型であり、その理由は、作中に主人公がいなければならず、バットマンと彼の闘争の映画だからというのです(以下のリンクを参照)。

 果たしてこのような分類法は適切でしょうか。以下、本稿ではこの分類方法が、実は「錯覚」に基づくものにすぎないことを述べていきます。

 映画研究者である本稿の筆者には、この分類法は、映画や小説の批評、或いは制作者にはある程度役立つかもしれないものの、脚本や小説の創作にはあまり役立たないように思えます。
 その理由を以下に説明しましょう。

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