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協調性という名の同調圧力に気付いてますか?

こんにちはアルパカ社長です。

唐突ですが、アルパカ社長は小さい頃から協調性がないと言われ続けてきました。親や兄弟、親戚、友人、教師にまでも。今は以前ほど気にしていませんが相当悩んだこともありました。とても苦しかった記憶があります。自分はみんなと違うんだなと自分を責めることもありました。

それは私がADHDだったからなのかもしれません。

そんななかで社会人になって勤務先でも協調性がないと言われてきて何かに気付きました。最初は私に「協調性が無い」と言う前に「そういうお前たちこそ協調性があるなら俺に合わせたらどうだ?」という反抗心に似たものがほとんどでしたが徐々に確信へと変わっていきました。

どんな確信かというとみんな協調性を同調性と勘違いしているという確信です。

私の理解では協調性というのは同じ目的や目標を持って協力し合うこと。したがって意見を同じにすることや同じ行動をすることではないと理解しています。

しかし、「協調性が無い」と言われるのは決まって同じことをしていない時や同じことを話さない時だったのです。

彼らが協調性と同調性を勘違いしているということに気付いてからは「協調性が無い」と言われても平気になりました。心の中で「お前がな」と唱えています。

そもそも自分自身に協調性があるのならば他人に対して「協調性が無い」と口にする必要はないと思っています。本当に協調性が無かったとしてもそんな人とでも同じ目的や目標に向かって協力できるのが協調性だと思うからです。あいつがそっちを勝手にやるならこっちを穴埋めしといてやるかと思えるのが協調性だと思います。

ひとはなぜそんな行動をとるのか理解できないとすぐに同じ目的や目標を持てていないと思ってしまいます。さらにその理由をうまく説明できないと確信へと変わります。ですが、あなたには理解できないだけで彼なりに目的に向かって考えてその行動になったのかもしれません。そしてそれがうまく説明できなかっただけかもしれません。

事実私自身が他人には理解しにくい行動をとり、さらにうまく説明できないことがほとんどなのです。問い詰められれば問い詰められるほどうまく説明できなくなります。しかし決してあえて足を引っ張ろうとしているわけではありません。

私なりの他人とかぶらないポジショニングなのです。

今では理解しにくい行動こそ良い成果へつながると信じています。理解されやすいということはその分競合も多いといえるからです。とはいえ味方に理解されなければ意味がないんですけどね…

サッカーやバスケなどの団体競技では全員がボールのある場所に固まっていては良いプレーは生まれません。お互いがお互いの行動の目的を把握しあって異なるポジションをとり、異なる行動をとるからこそ良いプレーへとつながるのです。そしてその目的が相手に理解しにくければしにくいほど結果へとつながります。

なのに会社組織となると同じ行動、同じ意見を求められがちです。逆らうなと言わんばかりに。

これは同調の圧力に他なりません。

そのことにあなたは気付いていますか?あなたが経営者であればなおさら気付いてほしいと思います。そのまま放っておけば会社は毎日同じことの繰り返ししか受け入れられなくなりますよ?反対勢力や異なる出来事に対しての免疫がどんどんと衰えていくばかりです。

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