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たしかに、生きているんだがー999‘I’m Alive’

   イギリスのパンク・バンド999のデビュー・シングル「アイム・アライヴ I’m Alive」は、70年代パンクを画するシングル群の一枚として、この日本では現在も語り継がれている・・・・のであろうか。パンクの歴史をつまびらかに調べたことのない私には自信をもって答えられないのだが、持っているほんのわずかの資料から、そしてネットからの情報から察するに、例えばセックス・ピストルズの「アナーキー・イン・ザ・UK」やクラッシュの「ホワイト・ライオット」らと比べると、はるかに注目されない時代がずっと続いてきたように思える。90年代以降、再評価が進んだダムドの「ニュー・ローズ」、さらにバズコックスの「オーガズム・アディクト」と比しても、999の「アイム・アライヴ」はオブスキュアーな立場に追いやられているのは、間違いなかろう。リアルタイムの70年代にはメジャー・レーベルからレコードが発売されたのにもかかわらずである―日本ではシングルではなく、アルバム収録の一曲としてではあったが。
   999,そして「アイム・アライヴ」の評価が日本でちっとも進まなかったのは、日本のレコード会社から再発されずに来てしまったのもあろうが、マスコミ側もバンドや曲を力を入れて扱ってこなかったのが大きかったのであろう。80~90年代、999を扱っていたのは『DOLL』くらいしかなかったのではなかろうか。そして世間一般から注目されてこなかったから、当然曲の内容もろくすっぽ検証されずに今日まで来てしまった、としてよいであろう。もちろん全く言及されてこなかったという意味ではない。ただ、あまりにも蕪雑な紹介のされ方であったのではないか、ということである。とりわけ、その歌詞については。しかも『DOLL』においてですら、曲の歌詞への言及は、全くといってよいほどされてこなかったのである。
    今、私は1989年にシンコー・ミュージックから発行されたピース・オブ・マウンテン編の『ルーツ・オブ・パンク・ロック』を取り出している。この中に70~80年代のパンク・シングル100枚が載せられ、わが999の「アイム・アライヴ」も登場する。なんだい、ちゃんと注目されているではないかと思われるであろうが、問題は以下の文章である。

「パブ系のR&Rが、突如パンク・ロックに。アクの強いヴォーカルと、ステージ・アクションのメチャカッコいいギタリストの早いリフを特徴とする早漏サウンドが魅力。現在も『職人パンク』として活躍中」[1]

 

この999のすぐ上に載っているのは、ニック・ロウである。80年代当時は、ニック・ロウもパンクの扱いであったのか。

    ふむ。早漏か。早いリフか。わかったようでわからない。しかもどんな内容をうたっているのかまるで書いていない。それでは80年代当時、ほかに「アイム・アライヴ」に触れた文章はというと―

 「・・・・彼らは間もなく自分たちだけでの力で自主制作シングル『I’m Alive』を、自分たちのレーベルであるラブリテンから発表するという意欲的なところを打ち出して見せた。この、彼らにとってデビュー・シングルになる『I’m Alive』はまずまずのセールスを記録し、彼らの知名度が拡がっていった」[2]


以前にも、この本については批判的な見地から言及したが、日本におけるパンク需要拡大に多大な貢献を果たしたことも、認めなければならないと思う。

   「アイム・アライヴ」がバンドの自主製作盤であることを知ることはできるが、ではどんな内容なのか、まるで触れられていない。うーむ、である。森脇美貴夫氏は後年、『レコードできくイギリスのパンク・ニューウェイヴ史』でも「アイム・アライヴ」に言及されているが、曲の内容には一切触れておられない。[3]
    ほかに、『DOLL』№85(1994年)や『DOLL』の増刊号として『パンク天国』(1998年)にも「アイム・アライヴ」は取り上げられているが、どちらも「超高速」「スピーディー」「ポップ・センスのかたまり」の文言が飛び交い、好意的ではあるのだが、具体的な楽曲の説明はされず、歌詞の内容への言及は全くない。[4]書き手の熱量の少なさも、作品の日本での復刻の妨げになったのではという思考に傾くのである。
    そして今、2024年である。999や「アイム・アライヴ」を取り巻く状況は先の諸文献が出た時代と変わってはいないように思える。いやレコードからCD、さらには配信サービスへと音楽作品の形態が変化し、999のようなマイノリティなバンドの作品に接することのできる機会は、さらに悪化しているのではなかろうか。少々わき道にされるが、フィジカルとして残されるのであれば、たとえば版元が廃盤にしても作品の現物は形として残るから、努力次第では手に入れて聴くことも可能であろうが、配信サービスだけでは、いったんそれが配信停止になってしまえば、個人がパソコンなどで音声データを取り込まない限り―ただし著作権の関係から、それは困難なのであろう―地上から失われてしまう。このまま10年20年とたつうちに、999、「アイム・アライヴ」はこの世で全く顧みられないことになり、その音楽もまるっきり消滅して聴けなくなりやしないかと、危惧を抱いてしまうのである。大丈夫だよ、「アイム・アライヴ」は海外のパンクの間じゃ人気の初期作品だし、配信は途絶えないよ・・・・大概の人はそう宣うであろう。だが、バーチャルものに、どうしても懐疑の心を捨て去ることのできない私は安心できないのである。
    閑話休題。そういうわけで、「アイム・アライヴ」はどんな内容をうたった楽曲なのか。多分よほどのパンク・ファン、999のファンでなければ知らないのではなかろうか。999のファースト持ってるよ、という人でも、歌詞の内容はしっかり確認したことはないという人が大半ではなかろうか。現にこの私がそうだったのである。80年代終わりに999のファーストを聴いていたが、「アイム・アライヴ」など数々の楽曲の歌詞の内容を知ったのは、この3年くらいの間である。レコードには歌詞カードはなく、ネットの歌詞サイトが普及して、ようやっとその内容を知ることができるようになった―この点、今の社会は80年代当時より好ましい状況といえる。そして、歌詞を知るにつれ、999というバンドが、少なくとも日本で巷言われ続けてきたような「お気楽路線の、能天気な」バンドでもなく、頭でっかちな説教臭いバンドでもないことが了解できるようになり、バンドがさらに魅力ある存在になってきたのである。
   「アイム・アライヴ」は先にも記したように、999のデビュー・シングルであり、ファースト・アルバム『999』にも別ミックスが収録されているが、多くのすぐれたアーティストがそうなのであろうが、彼らのデビュー曲にして、バンドのエッセンスが凝縮されたような楽曲といえる。その音作りしかり。歌詞もまたしかり、なのである。

It's a sad affliction causing me restriction
This isn't what I wanted to do
I just can't belive it I would like to leave it
And get into something new
Just about to lose my mind
Working just drives me wild
Watch out for me now cos

I'm alive I'm alive I'm alive

Don't like pretty bureaucracies and detentions
Don't wear those funny clothes
Get into schemes or pensions
Do the same thing every day
I can't stay up to late
Watch out for me now cos

Stuff you in a pakage send you
Flight inter-continental
Your not having me that stuff
Just drives me mental
I'm gonna stay right here
Ain't got nothing to fear
Watch out for me now cos

I'm alive watch the clock
I'm alive sitting here
I'm alive fall asleep
I'm alive loads of sheep

   999の歌詞のテーマは多岐にわたるが、その基本は市井の人の、うまくいかない日常生活である。「アイム・アライヴ」は、ニック・キャッシュの発言によると、テレビの宣伝に翻弄され、下らぬ買い物をすることになる人物を描いているという。[5]品物が届いた、開けてみるととんでもない不良品だった。ブチ切れた主人公は商品の交換を要求し、せっかく開封した商品を、再度梱包しなおして改めて荷物を待つのである。ところが運ちゃんはいつまでたっても来ない、とうとう待ちくたびれて寝てしまう主人公というわけである。リフレインの「I’m alive」は、直訳すると「俺は生きている」となるけれども、ここでのアライヴは、不満が消滅しないでずるずる引きずり、そのうちカッカするさまを意味する。いつまでたってもカタがつかねえよクソったれ!っていうわけだ。ラストでは頭は熱しているaliveうちに寝こけてしまうという巧みな対句にして皮肉のきいたオチをきかす。途中で配達員の描写をすることで、庶民の働くことへの気怠い感情をすくいあげる。荷物を持ってくるはずの郵便局員-イギリスの郵便は国営である―はお国で雇われているからか、勤労意欲が低いようだ。なんせいい加減にやっていても民間の会社ではないから、勤め先はつぶれやしない。型にはまった制服はダサいの一言である。奴らは何の変化もない仕事を単純にこなしてちまちま稼ぐだけ、面白みも明日への展望も見いだせない。
 こうやって歌詞を見ていくと、これだって見事なパンク足りえているではないかと思う。何も政治的な歌を、高邁なメッセージをぶたなくても、しっかりと怒りは伝わる。しかもどこにでもいる情けない奴らの歌なのだ。聴き手としてはカッコいい奴の歌よりこっちのほうが・・・・ってなわけである。
 さらに、ニック・キャッシュの歌詞はキンクスのレイ・デイヴィスにつながる味もある。ロンドンの市井人の悲しさ情けなさをすくいあげる技は、多分にレイ・デイヴィスから学んだのではないか。そういえば、どこのインタビューか忘れたが、ニック・キャッシュは好きな曲の一つとしてキンクスの「ジョニー・サンダー」を挙げていた。

レコードを聴いていると、シングルとアルバムではミックスが異なるが、基本同じ音である。してみるとシングルはインディとして出しているのだが、ずいぶんと音がよいことに気づかされる。エンジニアなりプロデューサーが優秀だったのであろう。

 999自身、「アイム・アライヴ」の価値をよくわかっているのであろう。ライヴではかならずラストにこの曲をやっているという。いってみれば水戸黄門における印籠みたいなものか。出てくるのはわかっているが、出てこないと納得できない。出てきたらオーケー。それだけファンにとっても重要な曲なのである。もちろん、私もこの曲が大好きである。



[1] ピース・オブ・マウンテン編『ルーツ・オブ・パンク・ロック』、シンコー・ミュージック、1989年、147ページ。
[2] 森脇美貴夫『パンクライナーノート』、JICC出版局、1984年、240ページ。
[3] 森脇美貴夫『レコードできくイギリスのパンク・ニューウェイヴ史』、音楽之友社、1991年、46ページ、参照。
[4] 『DOLL』№85、(株)ドール、1994年、29ページ、『ドール増刊 パンク天国』、(株)ドール、1998年、126ページ、参照。
[5] Full Story by Nick Cash on 999punkband.co.uk