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秘密

恋人のどこが好きかと問われれば、『声』だと答える。

からだの中に響いてきて、それから染み込んでくるような深い声。

どきどきして、そして安心する。

突然だけれど、ここで本当の事を言う。

実は、実際に、恋人と抱き合ってする愛の営みよりも、電話を通じて自分のからだを使う時の方がより好きだ。

最初にそのことに気づいたのは、いつだっただろうか。
恋人は出張が多いので、その時は夜に電話で話をする。

ある時、一週間の出張だった時、何日目かに、恋人が言った。
『会いたいよ。』
『うん。そうね。私も。』
『抱きしめたい。キスしたい。』
『うん。寂しい。』

寝る前だったので、ベッドに寝そべって、恋人の声を耳元で聴きながら、ぼんやりと天井を見ていた。

『何か、喋って。』と頼んでみた。

『うん…。テレビ電話に切り替えていい?顔が見たい。』

『だめ。絶対だめ。声だけの方がいい。』

『なんだよ、それ。俺の顔見たくないってこと?』呆れたように笑って言う。

『そうじゃなくて…。
声だけの方が想像力が働くし…。
ちょっともの足りないくらいの方が、よりロマンチックじゃない?』

恋人は、『意味分かんねぇ。』と言いつつ、電話のままにしてくれた。

『ねぇ。』
『うん?』
『今、ベッドの中で、何も着てないんだけど。』

一瞬の沈黙。

『いつも、はだかで寝てたっけ?
冷えるからってヘソ上までの綿のパンツはいて、パジャマの上着は、ズボンの中にしっかり入れてるだろ?』

ムカつく。せっかくムードだしたのに。

『もう、嫌!自分の恋人が鈍くて最悪!』
電話を切ろうかと思った。

『ごめん。ごめん。』と恋人は笑った。

少し息を吐いてから、今度は真面目な声で言った。

『…好きだよ。首筋に口づけしたい…。』

『…。』

それからは、恋人は声で私を愛撫した。

私は、耳を恋人の声に全神経を集中させた。

恋人の言う言葉と、
だんだん熱を帯びてくる声に導かれて、
私の指は動いていき、からだも高まっていった。

私のあげる声で、恋人の吐息も熱くなり、その声を聞いてさらに私も熱に浮かされた。

終わらせたくない…。

登りつめるまでは、いつも思う。

ずっとこのまま続けばいいのに。

でも、からだは、もっと刺激を求めて先へ進もうとする。

この矛盾は、何なのだろう…。

からだの中に響く恋人の声を味わいながら思う。

何も考えず、ただ身を任せていると、
突然背中が弓なりに持ち上がって、
登りつめた。

私の声を察して、恋人もしばらくして、
達した。

『…愛してるよ。』
お互い、息が整った時、
恋人は、した後に必ず言う言葉を言った。

『私も…。』

その時、私の心とからだに、不思議な満足感が満ちていくのを感じていた。

実際に、恋人とからだを重ねる時よりも。

集中して、恋人の声に身を委ねることができる。

これは、思ってもみない感覚だった。

それがきっかけで、出張の時は電話越しにするようになった。

恋人は、帰ってきた時、いつも
『やっぱり、当たり前だけど電話よりも、ちゃんとする方がいいね。』
と、私を抱き寄せながら言う。

私は少し微笑む。

『ちゃんとする』時、恋人は口数が少ない。

ある時『電話の時みたいに喋って。』と言ってみた。

すると『言葉なんかいらないよ。』と返された。

『話してくれた方が好きなんだけど。』と、一歩進めた。

恋人は、少し困った表情で言った。
『そう言うなら、努力するけど…。
そういう時って、最初から夢中になるから、言葉が出てこないんだよな。』

そうして、その通りに、はじめに少し耳元で囁いただけで、後はいつものように無言になった。

あなたの声で溺れたいんだけど。

その方が深く感じるんだけど。

その言葉は、言わなかった。

そうして、終わった後に思った。

私には、
恋人の声に包まれながら、
自分のからだでする、
という二つの条件が揃っているのが大切なのだ。

どちらか一方だけでも足りない。

多分、恋人の声が刺激してくれるから。

多分、自分のからだだとリラックスして自分の心地よさやタイミングを重視できるから。

それが私に深い満足感をもたらしてくれる。

隣で寝息を立て始めた恋人の髪を撫でる。
頭にくちびるを押し当てる。
好きな匂い。

愛する人。

でも。

恋人に本当のことは、永遠に言わない。

私だけの秘密だ。

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