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WES ANDERSON HOLIC

シニカルファンシーの天才。すきすきだいすき。

セットや衣装はファッション誌さながらのコーディネートだし、女の子の部屋をのぞき見しているかのような細かいインテリアは、左右対称に配置されることが多い。グレイッシュなパステルカラーが特徴的でピンクを効果的に使うのが得意。また部屋を断面カットしたような視点は演劇のようでもあり、観客席にいながら進む事象を観ている気分に近い。場面転換ではカメラが横スクロールして展開していくのも特徴的である。

特に好きな長編作品を覚え書きとして。



■ザ・ロイヤル・テネンバウムズ

ハチャメチャじいさん“ロイヤル”は余命いくばくもない。別居中の妻にプロポーズしてきた輩がいるってんで、何とか元サヤに収まるべく奔走。自分勝手で家族を振り回し続けてきたロイヤルにみな冷たい。

そんなロイヤルの子どもたちは、元天才キッズ。
その絶頂期を引きずりながら大人になっている。だから上手く人生を立ちまわれていないのだが見てみぬふりをして強がっている。けれど無様で自分勝手なロイヤル(父)と触れ合ううち、このまま家族がすれ違い続けるうえ、今の自分に向き合わないと人生に後悔するかもしれないと、過去に見切りをつけ始める。そう、すれ違いは寂しさからくるものかもしれない。何かが足りない“ロイヤル”ファミリーがぎゅっと凝縮した時間を堪能するとき、やっとしあわせがやってくる。

3兄弟はスポーツブランドをおしゃれに着こなしている。チャスに至っては赤いアディダスのジャージで四六時中過ごしているし、マーゴはラコステのワンピースに毛皮のショートコートを合わせたミックスコーデがとてもかわいい。元テニスプレイヤーだったリッチーはボルグを意識したヘアバンドを愛用し、もっさりとしたひげを蓄えている。

そして妙齢のロイヤルとヘンリー(妻にプロポーズしてきた男)は着こなしもこなれている。ロイヤルは太目のネクタイにステッキなど王道のセットアップ。恰幅のいい体にぴったり合う誂えがその昔裕福であった名残を感じさせる。一方のヘンリーはカラーシャツに蝶ネクタイを合わせ、モダンな着こなし。 "昔の男" は少し年代を感じさせる格好で、"今の男" はモダン。その対極な着こなしからもふたりの相容れぬライバル関係が窺える。

最後の清々しい別れを胸に、家族が集まるラストカットはキュンと切ない。
扉から出ていけば、新しい時が始まる。



■ライフ・アクアティック

海洋学者で映像監督のズィスーは一時の脚光から落ちぶれてきて、新作のための投資先すら見つからない。そんな時に「息子だ」と名乗るネッドが大金を手に現れる。家族のようなチームに仲間入りすることを条件に投資してくれた。親友を食い殺した挙句に映像に収めることにも失敗した「ジャガーシャーク」を無事撮影し、新作を完成させることができるのだろうか?

ズィスーのチームのユニフォームはお揃いのつなぎに赤いニット帽、アディダスのスニーカー。一見すると揃いに見えるけど、ベースのデザインはありながら、各々のキャラクターに合わせて丈や身幅、ニット帽の形が異なっている。

一瞬しかでてこないけど、ネーム入りの文房具まで用意される。海を思わせる青いメモパッドなど。

この映画はほぼ船内。
複雑な部屋の間取りは「飛び出す絵本」を参考に考えられたものだそう。ここでも左右対称、断面カットなどウェスおなじみの視覚効果がちりばめられている。

海洋生物は、ストップモーションアニメーション(静止している物体を1コマごとに少しずつ動かしてカメラ撮影し、あたかもその自身が動いているかのように見せる手法)で登場する。

前述の「ジャガーシャーク」はヒョウ柄の大きなサメ、「キャンディカニ」「クレヨンドラゴンフィッシュ」はキッチュな色合いが子供が好きなお菓子やおもちゃのようだし、「ダイヤモンドマグロ」は暗い深海できらきら輝きながら泳いでいる。そんなファンタジックな映像を制作したのは『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のヘンリー・セリック監督。そう聞くとこの海洋生物たちがどう生息しているか、気になるのでは?

一生を賭けて没頭できる事がある人間がいかに強く生きていけるか。”憎めないおじさん“ ズィスーからそれを強く感じることができる。


■ダージリン急行

父親の葬儀で絶交した3兄弟が、長男の交通事故をきっかけに1年ぶりの再会。そのままインドへ心の旅に出る。ヨーロッパのファンシー要素と、アジアのオリエンタルな文化の融合。

兄弟が荷物として持っているバッグやトランクは『ルイ・ヴィトン』。デザインはマーク・ジェイコブスが担当している。動植物のかわいらしいモチーフ(ウェスの弟さんがイラストを描いている)が散りばめられ、父親のイニシャルである「J.L.W.」の刻印入り。3兄弟はそれぞれこのトランクに荷物を詰め込んで、大事に抱えて列車に乗り込んでくる。

インドの列車ながら、ウェスの世界観は損なわれていない。乗ってみたい。きっと楽しい旅になるに違いない。

ファッションは安定の「かわいい」を刺しに使うコーディネート。列車で寛ぐ格好は兄弟それぞれ。ルーズとだらしなさのギリギリながら色使いやサイジングで品よく収まっている。

途中で猿に高級靴を片方持ってかれてしまったフランシス。そのなくなった靴の変わりはバザールでピーターが買ったバブーシュ。ちぐはぐなのにかわいい。

寺院ではスーツにふんわりたっぶり繋がれた鮮やかな色の花の首飾り。列車内で施されたビンディのおかげか、オリエンタルファンシー。またしてもかわいい。

白装束に身を包めば、ギリシャ彫刻のようなホリの深い3兄弟に違和感なく似合っちゃう。

どんな異質なものも、ウェスの手にかかれば唯一無二の世界観に収まる不思議。

ウェス流スピリチュアルムービーと言わんばかり、修道院に籠る母親が彼らを諭す一言が印象深い。

『後悔は早く捨てて、未来の計画を立てなさい』

それを胸に刻んだかのように、インドからの帰路につく駅では、行きに大事に抱えて乗り込んだ父親の形見のトランクを投げ捨てて、身軽になって列車に飛び乗るのである。


■グランド・ブタペスト・ホテル

東ヨーロッパの仮想国にある『グランド・ブタペスト・ホテル』のコンシェルジュのグスタヴと、ベルボーイのゼロが繰り広げる冤罪逃避行コメディサスペンス。

展開する3つの時代をわかりやすくするために、画面のアスペクト比をそれぞれ変えてある。

ピンクの外観で瀟洒な佇まいの古ホテルには、ほとんど宿泊客はいない。そこに泊まりに来た小説家は風呂場で老紳士に出会う。それは国一番の大富豪のゼロだった。夕食を共にする約束をしたふたりは、老朽化しただだっ広いラウンジで時間を過ごす。俯瞰したアングルで小さくなったふたりから、ラウンジの広さが一層強調される。ここでも左右対称の配置、四角いテーブルに絵画、直線的な構図が奇妙な世界に引き込む。

「究極のおもてなし」をしていたグスタヴ、そのなかでも上顧客だったマダム.Dから二度と会えないと思うという不安を吐露される。それは的中し国に戻ったマダムは殺されてしまい、その犯人としてグスタヴが追われることになる。

この冤罪を晴らし、真犯人を見つけることができるのだろうか?

今回はウェスワールド炸裂。
真骨頂に近いのではと思う。

ホテルの外観はそのまま映画のポスターになるほど特徴的なピンク色の建物だし、ゼロの恋人のアガサの勤務するケーキ店「メンドル」の小さなケーキは跳ね上げ式の蓋一体のピンク色の箱、それにつややかなサテンリボンをかける。それはまるで宝石のような特別感を醸し出す。このケーキは映画の重要な小道具でもある。

ベルボーイの制服は紫のスーツ。ぴったりと体に沿うタイトなシルエットに唾なしの帽子。その前面にはブロック体で「LOBBY BOY」の刺繍。ちょび髭は毎日鉛筆で書いている。洒落とコミカルのミックスがなかなか真似のできない着こなしにつながっている。

グスタヴとゼロの軽快な台詞と豊かな表情でテンポよく作品が進む。そんなバカなという事が続けざまに起こり、結末までスピードアップしていく。

長い上映時間もこの効果で、1冊の本を読みこんだかのような達成感で終わるのである。




2020年夏は新作上映が控えているウェス。
(2021年に延期)
今度は出版社を舞台に話が進むのだそう。
常連のビル・マーレイ・、オーウェン・ウィルソン、エイドリアン・ブロディに加え、ティモシー・シャラメ、フランシス・マクドーマンドなど楽しみなキャスト。
日本での公開日のリリースを早めにお願いしたい。


(Top photo:「スカイライン」SKYLINE Willemstad, Curaçao Photo by Jeffrey Czum @jeff reyczum, 文中画像は全てGoogleより転載)


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