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2022 Best Japanese Album 20 + Track 5

Track Of The Year

羊文学, 「光るとき」, F.C.L.S., 2022.01.12

山田尚子監督が演出した《平家物語》(2022)の主題歌として制作された羊文学の本シングルは、その登場人物に話しかける。「何回だって言うよ、世界は美しいよ。」悲劇的に閉ざされた世界の中の人物に希望を伝える矛盾はいったい何だろう。「いつか笑ってまた会おうよ … この最悪な時代もきっと続かないでしょう。」それは彼らが残した遺産を有意義に祀る行為である同時に、コンテンポラリーに伝える慰めでもあるのだ。ポストパンクをはじめ、トレモロ奏法が入って空間をポストロック的に膨張させ、それが時間的運命を超えて会話を試みるナラティブとつながる瞬間が、私が当年度の音楽を聴きながら最も感動した瞬間の一つだった。

宇多田ヒカル, 「Somewhere Near Marseilles —マルセイユの辺り—」, 『BADモード』, SONY, 2022.01.19

大切な人と久しぶりに会いに行く旅路は心を揺さぶるものだ。「ぼくはロンドン、きみはパリ。この夏に合流したいね … マルセイユのあたり。」巨大な災害によって塞がった空の道がやっと少しずつ開きだし、ようやく会いに行ける道のりは長く感じられる。宇多田ヒカルとFloating Pointsが共に制作したアシッドハウスのビートは10分超に渡ってループしながらその感情の周辺を彷徨う。メロディアスに響くベースはようやく約束を交わす瞬間―「I’m gonna give it to you. I’ll take a room with a view」―に音階が上昇する変奏を迎え、フォギーなシンセ・コードはまもなく離陸を知らせる。Bon Voyage。

AiNA THE END, 「私の真心」, AVEX, 2022.06.06

序盤からハイライトを占める。混声のコーラスと共に絞り出す声は空を突く勢いだ。それだけじゃない。7分にもわたる曲はトキメキと不安が共存する大きな感情が性的な高揚感と重なって抑えきれない絶頂に至る過程を描きながら、テンションを宇宙にまで届けるのだ。フィナーレのファルセットのスキャットはソウルフルな技芸を見せ、リードギターとピアノ、キーボード、コーラスなどが混ざり合ってフェイドアウトしていくアウトロは長い時間すら惜しませる。

UTA/Ado, 「新時代」, Virgin/Universal, 2022.06.08

《ONE PIECE FILM: RED》(2022)のテーマソングとして高い商業的成果を上げた曲、「新時代」を歌うAdoは同時代の最も影響力のある覆面歌手の一人で、Adoが吹き入れているUTAが近来のバーチャル・タレントの急激な成長をオマージュしているのはいろんな面でメタな演出だ。楽曲の劇的な展開がすごくて、導入のビブラートなファルセットの後、シンセウェイブ・トラックが自然にスイッチする場面は恍惚で、ポリリズムで盛り上げるプレコーラス後に快く噴出するサビも感嘆が出る。「ヤなもの邪魔者なんて消して、この世とメタモルフォーゼしようぜ。」「うっせぇわ」(2020)で語り手が自己憐憫しながら怒りを拗らせていた態度(不評じゃなく、むしろ素晴らしい描写だが)と比べると、その攻撃性を外部に表出することも興味深い。

米津玄師, 「KICK BACK」, SONY, 2022.10.12

《チェンソーマン》(アニメ、2022)がサブカルファン及びクリエイターたちのためのプレイグラウンドを提供している中、有名歌手である以前に人気のネット・クリエイター出身でもある米津玄師が、このミーム、パロディ、オマージュの狂乱の先鋒に立った。ハチの頃まで思い出させる鋭くてロッキングなリフとゴツいDnBビートの上でモー娘。のエールを塗り散らし、ノワールな世界の一人物を格好良く演技する。あらゆるジャンル映画のオマージュで尽くした最高のOPムービーは「KICK BACK」の価値を更に高め、常田大輝と共演するMVは自らを生贄にしてパロディの波を巻き起こしている。大衆文化の海を泳ぐ人々にとって、面白いイベントのはずだ。


Honorable Mentions

C.O.S.A., 『Cool Kids』, SUMMIT, 2022.01.12
Ado, 『狂言』, Virgin/Universal, 2022.01.26
Kabanagu, 『ほぼゆめ』, Self-Released, 2022.06.29
4s4ki, 『Killer in Neverland』, Victor Ent., 2022.08.24
岡田拓郎, 『Betsu no Jikan』, NEWHERE, 2022.08.31
七尾旅人, 『Long Voyage』, SPACE SHOWER, 2022.09.14
Mom, 『¥の世界』, Victor Ent., 2022.11.02


Best Album

#20 . 春ねむり, 『春火燎原』, TO3S, 2022.04.22

ポエトリースラムをベースにしたポエトリーラッパー=春ねむりのアルバムを受け入れるためには、舞台のパフォーマンスを録音に移す過程に重点を置く必要があるだろう。プロダクションの質感は確かに驚くべきものだ。ヒップホップに加え、ハードコアパンク、シンフォニックメタルなどの過激で壮大なサウンドからフィールドレコーディングのアンビエントまで様々な作法を横断し、ポエトリーリーディング的な独特のラップフローや繊細で宗教的な、時にはポップなボーカルが瞬時にスクリーモに変身するなど、印象的な区間が至る所に配置されている。自殺問題を大自然からインターネットなどの近現代文化に投影して言説を広げ、ライオット・ガール(riot grrrl)特有の抵抗的フェミニズムとも織り交ぜ、最後には生命の尊厳を説く壮大な大叙事詩。感情がクライマックスに向かうにつれて声や演技などの演技が激化するポエトリースラムの特徴を考えると、本作で駆使する広いスペクトルは立体的なイメージを構築し、舞台芸術をレコードにうまく落とし込んだと言えるだろう。

#19 . おとぼけビーバー, 『スーパーチャンポン』, Damnably, 2022.05.06

おとぼけビーバーが演奏するハードコアパンクの形式はマスへの反目的性格を持つ。本作『スーパーチャンポン』の場合、コールアンドリスポンス形式をとる尖ったブラックユーモアが突破戦略だ。「携帯みてしまいました、アイツめっちゃマッチングしてました」「ワンチャン狙いのジジイhas come」など、女性の周りで起こる笑えない状況を清々しく非難したり、「あなたとの恋、歌にしてJASRAC」とステレオタイプを逆手にとって弄ぶ。最も意表を突くのは「I don’t believe my 母性、他人事じゃないよ児童虐待」と子供をなんと「人質」に取ることで、母性神話を政治化するジェンダー規範と国家権力の暴力に対してさらなる禁忌な暴力で対応するという予想外の発想でショックを与える場面だ。そのようなブラックユーモアと重たく叩いてぶち破るハードコアな演奏の上に「おとぼけな」顔をして言い回すダジャレ型のサビを混ぜると、強烈な痛覚でどうにも忘れ難いスーパーホットスパイシーチャンポンの完成だ。もちろんいい年して駄々こねてるおっさんに唐さを鎮めるお冷など「取り分けませんことよ?」

#18 . 冥丁, 『古風 II』, KITCHEN., 2021.12.10

日本の古いレコードをコラージュする冥丁の『古風』(2020)は時空間的背景と編集された結果との乖離から生じるずさんな神秘さをジャジーなリズム配列で捉えた作品で、本作『古風 II』もまたそれと大きく変わらない感想を書けるはずだ。本作でテープを刻む目的も過去を復元する理由ではないようだ。「東海道」で昔の歌唱と演奏をチップマンクやサウンドエフェクトのように用いるところがその証明で、「八百八町」では江戸を紹介するナレーションと男性の英語が交差するところで不穏な違和感が生じる。「黒澤明」のように色んな楽器が演奏する悲壮なメロディーは劇的な展開も見せる。瞑想音楽からヴェイパーウェイブにまで至るサブカルチャー思潮にあるオリエンタリズムを過剰に再現しながらそれについて再考させる事例として、私は聴いた。

#17 . ego apartment, 『EGO APARTMENT』, NihyakuWIND, 2022.06.01

サイパン、大阪、シドニーから集った3人組バンドのego apartmentはチルアウトなベッドルームポップ感性の音楽を中心に多様なスタイルを展開していく。セルフタイトルのデビュー作『EGO APARTMENT』で驚いたのは形を整ったグルーブ、キャッチ―なメロディー、そして幾か所で自己主張をするノイズの交わりだ。「mayonnaise」はギターリフ、時計アラーム、あらゆる素材のパーカッションとネオソウルなサンプルなど、様々な素材を掛け合わせながら整合的なグルーブを作る。日常をロマンチックに照らすオルタナティブR&Bナンバーとして「wrong with u」は申し分ないだろう。その中でも「NEXT 2 U」は、本作で最もエキサイティングなリフとビートを盛り込んだファンキーハウス(funky house)トラックで、やはり外せない曲だ。「SUN DOWN」や「TV」から始まる後半のノイジーなオルタナティブロックナンバーも、ジャンルを超えた技巧が確認できる。すでに有数の注目を浴びていた理由がよくわかる力作である。

#16 . Koji Nakamura+食品まつりa.k.a foodman+沼澤尚, 『Humanity』, felicity/P-VINE, 2022.01.12

バンドSUPERCARの元メンバーとして知られるミュージシャンKoji Nakamuraの総合プロデュースのもと、実験/電子音楽家Foodman、ドラマー沼澤尚が加わったコラボレーション・レコーディング・セッションを収録した本作では、アンビエント・ノイズや環境音楽のテクスチャーをベースに電子音を多用したフリー・インプロヴィゼーションが展開される。「no.2」は4拍子のダンス・ビート、ヒップホップのブラス・サンプルやターンテーブリズム・ディージェイングなど、うるさくてめまぐるしくも意外に整然とした拍子の上でダンス・トラックを作るという点で異質であり、他のトラックはそれとは対照的に空虚で陰気な音とエスニックなソースが不規則に入り乱れるが、即興演奏の奇妙な調和は「no.1」で、長い呼吸で導く緊張感は「no.5」などでよく表れている。このようなアンビエントな即興演奏作品を今年は多く見ることができた。『ashbalkum』(Salamanda, 2022)が世界的にも注目を集め、日本でも『Good News』(蓮沼執太 & U-zhaan, 2022)、『Betsu no Jikan』(岡田拓郎, 2022)のようにジャズに近い演奏の調和が見られた。 それに電子音楽的な技巧を加えた本作を、この流れを代表するものとして紹介したい。

#15 . JYOCHO, 『しあわせになるから、なろうよ』, No Big Deal, 2022.02.16

マスロックやエモロックを駆使するバンドJYOCHOの作品は牧歌的だ。あちこちで鳴り響くフルートや「砦に成れたら」などでハイライトを飾るピアノなどが加わるなどの情景がそうだ。DnBビートを導入した「悲しみのゴール」やシューゲイズ風のハイライトが際立つ「夜明けの測度」のように、過激に疾走する区間でもほのかな情感が続くのが面白いし、何よりそのアルペジオを随所に配置してそのほのかな情感を完結させるのも余韻が濃い。25分余りの短い時間内にその情感を密度に圧縮しており、その一貫性はさらに輝きを放つ。ただ、そのほのぼのとした軽快な雰囲気とは対照的に、感傷はかなり深そうだ。「最高層で救われた」という告白で本作の冒頭を飾るのもそうだし、「悲しみにゴールがあるなら死なないでいるよ」という伝言の後に続く、本作のタイトルでもある「しあわせになるから、なろうよ」というフレーズは、憂鬱によって話者の中で崩れていく人生の価値を何とか掴み続けようとする切実な叫びに変わる。

#14 . tricot, 『上出来』, AVEX/cutting edge/8902, 2021.12.15

tricotはblack midiなどと並んで同時代のマス・ロックを代表するバンドで、『上出来』という新作タイトルはかなり自信満々で挑発的だと思った。1曲目「言い尽くすトークします間もなく」に入ると、ボコーダーボイスが聴き手を迎え、予想を見事に打ち破る。文字通りフックの役割を果たすボコーダーは、軽快なハードロックのリフと出会い、思わず踊りだすのだが、そのリズムはどの小節にステップを踏めばいいのかがよくわからない。そしてやがて「暴露」へと続くトラックは、ハードコアな領域まで伸びるリフ、その勢いで崩れそうになりながらも再び軌道を取り戻し、緊張を緩めないリズム、それにポップなメロディとシニカルでグロテスクな―そして駄洒落が混じった―歌詞まで、tricotに期待できる要素を満たしている。終盤に至って、先ほど挑発的なタイトルと言ったタイトルトラック「上出来」が、ゆったりとした楽しい4拍子のファンク・レゲエ・ナンバーであることは、興味深い展開だろう。エネルギー、吸引力、緻密さに加え、余裕と自信を加えた本作は、文字通り、楽しい。

#13 . butasaku, 『forms』, Right Place, 2022.03.16

シンガーソングライターのbutajiとプロデューサーの荒井優作がタッグを組んだbutasakuは、プレスリリースによると「アンビエントR&Bデュオ」と称され、R&Bと具体音楽(musique concréte)の間を埋めることを目指したという。「picture」、「atatakai」、「time」などは本来のアンビエントな質感の鍵盤演奏の上にハスキーでゴスペル的なボーカルが際立つ一方、「the city」、「lettyoudown」に至ってはダンサブルなビートが徐々に前に出てくる。私は初めて聴いたときにアヴァン・フォーク的な何かを連想し―なぜか似たような時期に聴いた『Humming in Chaos』(Herhums, 2022)を思い出した―報道に接した後に聴き直すと、現代ブラックミュージックらしい緻密なビートサンプルが再び聞こえ、明らかに質感は大きく異なるものの、『球体』(三浦大知, 2018)で試みられたアンビエント/アブストラクトR&Bとの連携を想像することができた。RYMのようにアンビエント・ポップと表現してもいいだろう。何をどう受け止めるべきか不明だが、確かに一貫した質感が特別な形式―form―を形成している。

#12 . Boris, 『W』, Sacred Bones, 2022.01.21

結成30周年を迎え、数多くの作品活動の中で『Flood』(2000)、『Boris at Last -Feedbacker-』(2003)、『Pink』(2005)など、ジャンル史に残る重要な作品を世に送り出してきたポスト・ロック/メタル・バンド=Boris。2022年にも本作『W』をはじめ『Heavy Rocks』、『fade』まで3枚のアルバムをリリースする精力的な活動を見せる。ドローンを媒介にアンビエントとメタルを行き来する彼らの演奏は、円熟した空間感を見せる。アートポップな「Icelina」、数字を唱えながら浸食するイメージを描く「Drowning by Numbers」、リードギターを中心に空間を広げる「You Will Know (Ohayo Version)」のように、トラック全体で演出する恍惚感は、アヴァンギャルドといった形容詞を無意味にするだろう。そうした変化と魅力が、このサブカルチャー的前衛バンドが2020年代に入ってもなお、そこで有効な方向性を提示できる作品を、それも着実に、かつ活発に出していく原動力の一つではないだろうか。

#11 . 明日の叙景, 『アイランド』, Self-Released, 2022.07.27

シューゲイズが展開できる形は無数にありそうだ。その中でも、ポスト・ブラック・メタルにシューゲイズを加えたブラック・ゲイズ・バンド、明日の叙景は、エモのように、ある種の叙情性を暴力に近い訴えに乗せて運ぶという新鮮な型を提示しているようだ。特に"明日の叙景"という名のバンドの、ノスタルジックなアニメ調のカバーに収められた最初のトラック「臨界」を聴いた瞬間、Deafheavenを強く想起させる演奏やスクリーモが響き渡る光景は戸惑うかもしれない。しかし、重厚に広げる空間感の間に劇的な展開を形成するコード、作中随所に寄り添うポエトリー・リーディングなどは、必然的に矛盾あるいは極端な拡張そのものに焦点を当てることを要求する。 続く「キメラ」がJ-Rockらしき4拍子を軸にブラック・ゲイズ的な拡張を図る光景は、いわゆる「セカイ系」と呼ばれる、個人の感情が世界の運命に直結する90-00年代前後のサブカルチャー・ジャンルの基調とも合致する。たとえその訴えの内容が容易に理解しにくく、多くのトラックで同様の構図が繰り返されるのがやや疲れるかもしれないが、密度の高い演奏が作り出す『アイランド』は、どんどんその大きさを膨らませ、港ををさまよわせるだろう。

#10 . Perfume, 『PLASMA』, Universal/Perfume Records, 2022.07.27

J-PopグループPerfumeは、音楽パフォーマンスの面でも良質なエレクトロポップを駆使し、有意義な位置を占めている。彼女らの音楽は一見一本道を歩んでいるように見えても、着実に更新を重ねており、例えばフルアルバム単位の前作『Future Pop』(2018)でPC Music的なベース・ミュージックを取り入れたことなどがそうだ。8枚目のアルバムとなる本作『PLASMA』には、相変わらず良質なポップが様々なスタイルで詰め込まれていることに驚かされる。「Time Warp」、「ポリゴンウェーブ(ver 1.1)」のように、これまで得意としてきたテクノ・シンセポップが前半を占めることで、すでにファンへの保証はできている。ハイライトは中盤だ。ニューディスコあるいはシンセファンク曲の「Spinning World」で節を構成するすべての要素は7-80年代のダンスポップをハイビジョンで再現する。続く「マワルカガミ」は「ポリリズム」(2007)のリズムを生かしたファンソングとして見逃せないし、「Flow」はスタイルにふさわしいレトロな質感でフューチャーベースを駆使し、堅実な密度を続ける。後半も無理のないトラックで彼女ららしい曲で締めくくり、今年も「パフューム」を世界に放つ。

#9 . tofubeats, 『REFLECTION』, WARNER, 2022.05.18

tofubeatsはある日、突発性難聴を患って、それを機に音楽を通して自己省察の時間を持ったと伝える。かと言って、その結果である『REFLECTION』が他者を受け入れず内面に潜り込む作品ではない。2010年代以降の日本ダンス・ポップ・ラップフィールドでDJ/プロデューサーとして活躍したtofuのディスコグラフィーは重要な記録で、その広いスペクトラムは無彩色な心象の中でも八色に輝くからだ。一番注目すべき曲は海辺の夕日が浮かぶボサノバ曲「恋とミサイル」、そしてムーグシンセとDnBが衝突する上で中村佳穂がグルーブとビブラートを活かせて本作最高のパフォーマンスを見せる「REFLECTION」だろう。演奏曲も華麗だ。チップマンクサンプルとブラスが散らばる「Emotional Bias」、フューチャーベースの澄んだ残響がテーマと合致する「Afterimage」、作者の出来事と密接に関連付けたタイトルの「SOMEBODY TORE MY P」で省察の時間を提供する長めのビートなど。この馴染みのある空虚感は魅力的に完成されて、そこによく訪ねた一年だった。

#8 . THE SPELLBOUND, 『THE SPELLBOUND』, 中野ミュージック, 2022.02.23

BOOM BOOM SATELLITESとTHE NOVEMBERSで活躍した中野雅之と小林祐介がタッグを組んだスーパープロジェクトバンド、THE SPELLBOUNDのセルフタイトル・デビューアルバム。二人の元のバンドの共通レファレンスとして浮かぶNine Inch Nailsのポップな面を抽出し、特に小林のボーカル力量の際立ちがさらにポップさを増す。シンセポップの「はじまり」や「MUSIC」は聴者をダンスフロアに直々に誘い、DnBを導入した「名前を呼んで」は聖俗の狭間を突っ走る高揚感をダイナミックな演奏で表現してピークを迎える。「スカイスクレイパー」のようにLCD Soundsystem風のダンスパンクをJ-Popなメロディーに昇華する様子や、後半になるとビッグビート、テクノなどの文法も取り入れる。そのほかにもThe Chemical BrothersやJusticeなどの名前が浮かび、パンク、ハウス、シンセポップ、ビッグビート、DnB、R&Bなど、あらゆるジャンルとレファレンスの遺産を渡りながら完成した、二人に期待できる華麗なダンス曲で詰め込んだアルバムだ。

#7 . 幾何学模様, 『クモヨ島』, Guruguru Brain, 2022.05.06

インディー・サイケデリック・バンド、幾何学模様が活動休止を宣言する前の最後のアルバムになった『クモヨ島 (Kumoyo Island)』。 そのような背景にもかかわらず、彼らのフォーク的でサイケデリックな演奏は依然として強烈な印象を残し、聴き手を魅了する。伝統楽器と民謡的なリズムを繰り返す「Monaka」、シタールの音が印象的な「Gomugomu」などは、フォーク的な感情をダイレクトに呼び起こす。しかし、それ以外でもファンキーでレゲエ的な「Dancing Blue」、アート/プログレッシブ/ポスト・ロックらしき「Meu Mar」の呪術的な演奏も印象的で、「Yayoi, Iyayoi」のハードロックなリフは「ロック」バンドとしてのアイデンティティを改めて確立している。「Effe」と「Daydream Soda」の対照的なサイケデリック・ジャムも見逃せないし、完全にアンビエントへと突入するアウトロ「Maison Silk Road」も、この手に負えないレコードらしい、バンドらしいラストだ。フォーク的、サイケデリックな音楽について考えてみる。幾何学模様」というバンド名の通り、論理世界を支える数学的表現が無限に広がる形を目撃するとき、むしろ現実が遥かに遠ざかる経験をする。本作品はどんなメッセージを導き出すことは難しい。 ただ彼らはこの規則からあの規則を引用し、挿入し、そう、「横断」しているのであって、論理と論理の間で導き出された新しい解にただ感心して永遠に見守るだけかもしれない。私はまだ「Kumoyo Island」がどこにあるのかわからない。しかし、そこは幻想的だった。

#6 . 柴田聡子, 『ぼちぼち銀河』, IDEAL/AWDR/LR2, 2022.05.25

独創的で自由なシンガーソングライター、柴田聡子のデビュー10年目に発表したアルバムは、もともと得意とするインディー・フォーク/ロック風の基調から、とことんR&Bポップなサウンドを細工する方向に方向転換する。もちろん、独特のボヘミアンなメロディと繊細に自由さを演出するボーカルは紋章のように深く刻まれ、極めて聡子らしいポップに仕上がっている。代表的に「雑感」は簡潔な繰り返しメロディとブルージーな演奏と調和し、「旅行」ではラップっぽい低音とファンク・リフのようにブラックミュージックの要素を取り入れながらも、ナチュラルなアーティストの色を失わない。それだけではない。フォークポップ色が強い「サイレント・ホーリー・マッドネス・オールナイト」は、労働に疲れた孤独な現代人の姿を描きながら「銀河」への旅に出る理由を明らかにし、ポスト・パンク的な短調曲「ジャケット」は旅人の新しいタフな一面を描く。一方、「ようこそ」や「南国調絨毯」のようにエスニックな音楽もあり、サイケデリックな表題曲「ぼちぼち銀河」は非日常に旅する者の震えがパフォーマンスにも表れ、「24秒」のようにオールドポップの要素が加わった曲など、実に多彩でありながら、その音色と自由なエネルギーで逆に凝集させる力に感心せざるを得ない。私は本作を一言でまとめられない。ただ、無数の様々な要素で構成された星々が集まって一幅の美しい銀河を構成しているとしか言いようがない。 その銀河に旅立つ理由をアーティスト自身が明かしたことがあるが、おそらく、「行けるようになったところに来ただけです」(「雑感」)。

#5 . UTA/Ado, 『ウタの歌 ONE PIECE FILM RED』, Virgin/Universal, 2022.08.10

映画《ONE PIECE FILM:RED》(2022)の登場人物UTAの楽曲を集めたOST性格のアルバムである本作『ウタの歌』は、映画の人気とともに、2022年最高の商業的成果をあげた作品群に必ず入る作品でもある。アルバムチャートではAdo自身のアルバム『狂言』(2022)と頂点を争っており、シングルチャートでもほぼ全ての収録曲をオリコンおよびBillboard JAPANの週間チャート10位以内に入れるほど大きな反響を呼んだ。大衆音楽の双方向的な性質を考慮すると、このような点は2022年を記憶する上で、記録の価値を考えてみるべきポイントになるだろう。しかし、本作を喜んで記録する決定的な要素は、まさに作品の内部を構成する素晴らしい曲とパフォーマンス力だ。「新時代」でシンセウェーブトラックが自然に浸透してくるその瞬間は、私にとっては恍惚としたものだった。それに匹敵するヒット曲「私は最強」は少年漫画的な冒険心を刺激するナンバーで、ハードロックスターを演じる「逆光」はAdoに期待する激しいエネルギーを満たしている。「ウタカタラララバイ」の過剰なスイングの上を行ったり来たりするラップの歌唱は、やや無理がありながらもそれをこなすAdoの能力に改めて感心するばかりだ。それ以外の曲もきちんとしたレベルに引き上げているのは、やはりAdoの力量と言えるだろう。先ほど「新時代」をトラック単位で取り上げ、Adoに焦点を当てた進取的な姿勢の変化については触れたので、省く。本作は架空のポップ・スターを掲げた作品群の中でもかなりの密度を誇っており、それに取り上げるこの人物もまた、依然として大衆の前にペルソナを極端に分離している、現代だからこそ可能な特殊なポップ・スターであるという点で興味をそそられるばかりだ。

#4 . 優河, 『言葉のない夜に』, FRIENDSHIP., 2022.03.23

「言葉のない夜に』。 その夜は水の音を道しるべに、愛のささやきを聞きながら君を探しに行く。夜と朝の、夢と言語の境界を悠々と泳ぐ夜明けの時間は、時に甘く、恐ろしく、神秘的で、恍惚とするだろう。シンガーソングライター優河の3枚目のアルバムである本作は、その瞬間の感覚を捉えようとする。実際、本作は「言葉のない夜」という題材とは異なり、歌がぎっしり詰まっている。しかし、フロント・アーティストの優河、そして同じくサイケデリック・フォーク/ジャズ・アーティストとして活動する岡田拓郎らが所属する魔法バンドと組んだ幻想的な音は、きっと言語に由来する感動を上回るだろう。低音と高音を深い響きと繊細な震えで行き来する由佳の声は、直接的に神秘的な幻想を醸し出すが、例えば「WATER」、「ゆらぎ」、「sumire」でレガートを用いて流れる波、時空、風を表現するコーラスは、ムードを作る楽器演奏と同じ役割を果たしていると言えるだろう。さらに、オルタナティブロックに近いリズミカルな中盤の曲や、年初のシングルカットで人気を博したバラード「灯火」では、魅惑的なメロディと音色で優れたボーカリストとしての一面を見せるのも見逃せないポイントだ。優河の声が森に響くようなのはリバーブプラグインが作った結果だろうし、夢幻的なギターの音にはいったい何個のペダルが使われたのだろうか。 もはや「自然対技術」の図式が無意味なほど曖昧になった時代であっても、私たちが既存の文明を離れて回帰しようとするところがやはり人工的な文明であるという点は依然として皮肉を感じさせ、彼らはその矛盾をあえて隠すつもりはないようだ。どうせ私たちは現実から逃れることはできないし、言語のない夜は、私たちが直接言語で醸し出すことで初めて到達できる場所なのだから。

#3 . 宇多田ヒカル, 『BADモード』, SONY, 2022.01.19

昨年のインスタライブでアーティストがノンバイナリーであると自ら明かしたり、カバー写真に初めて他人—息子—が映るように、『BADモード』はヒカルのディスコグラフィーにおいて複数の転機を表す象徴となった。これまで楽曲を自己制作したことに対して本作では小袋成彬、A. G. Cook、Floating Points、SkrillexなどR&B/電子音楽家たちがクレジットに名を載せているのもある種の変化だろう。「BADモード」は暖かでかつセクシャルなディスコビートを演出し、「One Last Kiss」は澄んだシンセとグリッチの交わり方が印象深い。「Find Love」から10分以上の大曲「Somewhere Near Marseille」までの大尾はその著しい変化を現す。もちろん中盤ではR&B色でヒカルの既存の強みも大事に保つ。作品内で話者が招待する場所はプライベートで、露骨な、秘密の場所だ。家という場が普段社会的自我を脱ぎ捨てて自己本縁に戻る場所であるべきことを踏まえる際、招かれる場所は他者と分離されたところで、ひたすら聴者に向けて内緒話を分かち合う。このプライベートな関係は外部に閉ざされるものだろうか、それとも他者とコミュニケートを図るための一歩だろうか。この内密性をいちいちパンデミックと結びつけて称賛の材料にしたくはない。ただ20年以上も前に全列島を揺るがしたソウルフルでグルービーなパフォーマンスとプロデュース力には敬意までも示したいくらい一貫していて、ロンドンの後輩音楽家たちと共にした足跡は輝かしい。それだけでも記憶する価値は十分にある。

#2 . 中村佳穂, 『NIA』, SPACE SHOWER, 2022.03.23

『AINOU』(2018)と『NIA』の間には《竜とそばかすの姫》(2021)の主演経験がある。色々と変わった背景のもと、本作を開く「KAPO」の自信は興味深い。「ありおりはべりの五十音図で曲はできます(簡単!)」ミニマルなハープ系リーフにさまざまな変奏を加えて綺麗な言葉とキャッチーなアクセントでライミングする曲はハイテンションでポジティブなペルソナを久々に召喚する。かと思うと続いての「さよならクレール」はmillennium paradeのメンバーと突然緊迫な危機状況を演出する。その次の「アイミル」はまた軽いピアノジャズラップタッチのキャッチーなリズムとバックコーラスで自己愛の説破。このような変化に戸惑う暇はない。「Hey日」「Q日」のだるめのファンク連作に続いて「祝辞」のグリッチとディストーションは再度反転を繰り返し、アンビエントテクスチャーで不協する器楽が印象的な「MIU」、トップラインとファルセットが対比的な「NIA」などは出発点からずいぶん遠ざかった景色に孤独さを感じるのだ。アルバムの一貫性を壊すのも直すのも全部佳穂が作って実演する「ズレ」の感覚で、不協和音を恐れないファルセットとシンコペーションなど彼女の刻印が鮮明なパフォーマンスは、その危うさまでもポップに昇華する技芸と共に、今度も作品を特別さでまとめるところが素晴らしかった。

#1 . 羊文学, 『our hope』, F.C.L.S., 2022.04.20

前作『POWERS』(2020)は英米圏インディー・オルタナティブ・ロックの演奏を充実に再現する同時に優れたJ-Pop式メロディーを重ねて特別な風味でブレンドした力作だった。本作『our hope』もまたそれに準する価値を秘めたアルバムと紹介できるだろう。「電波の街」「金色」ではNirvanaの強烈なリーフが顕現するグランジロック風に、「キャロル」ではブリットポップ風に、「くだらない」では典型的な日本のポップロック風に仕上げるなど、あらゆるファン層を満足させられる高密度なロックナンバーが相次ぐ。ただ、前作と決定的に違いを見せるところがあるとすれば、それはシンセサイザーとコーラスを使ってもっと深い空間感覚を形成するところにある。その変化が一番著しい「OOPARTS」を聴くと、Alan Parsons、David Bowieのごとく宇宙空間を広げて、滅亡の近づいた地球を捨てて去る光景を通して、空間的・運命的拡張の特異点に至ることが確認できる。大スケールな変化は時間軸にも訪れる。アニメシリーズ《平家物語》(2022)のテーマとしてシングルカットされた「光るとき」で話者は未来・歴史・現実の境を超えて話しかける。「何回だって言うよ、世界は美しいよ。それは君が諦めないからだよ。」運命の定めを乗り越えて対話を試みるナラティブと、トレモロ演奏が入ってポストロック的に膨張するスケールが絡み合う瞬間は、まさに今年最も忘れ難い感動をもたらした。本作で論じる希望は逆説的で、膨張する音はむしろ逆らえない運命として役割をする。それでも話者が次世代に向けて「世界を愛してください」(「マヨイガ」)と言える理由は、我らが住む場所は「今・此処」であるからで、その世界を継がれる人々が存在するからであろう。希望を継ぐ責任の大きさを美しく奏で、歌ったアルバムだ。

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