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週刊ALL REVIEWS 巻頭言総集編(2019/12-2020/6)

週刊ALL REVIEWS配信開始から、丸一年経過しました。ここまで続いたのは、このメールマガジンを毎週読んでいただいている皆様のおかげです。この場を借りてお礼を申し上げます。

昨年末に続き、巻頭言総集編をお届けします。巻頭言は古いものから新しいものの順序でならべてあります。執筆担当者のプロフィールは前回の総集編中の「担当委員より自己紹介」を御覧ください。

では、お楽しみください。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.27 (2019/12/09-2019/12/15)

なにかと気ぜわしい年末、読書の時間は取れなくても、正月に読む本だけでも選びたい。そんなときに頼りになるのがALL REVIEWSです。最近うれしかったのは、都甲幸治さんのスバラシイ書評がALL REVIEWSに続々と掲載され始めたことです。一番最近のものは12月14日掲載の『マリアさま』(リトル・モア)の書評。(下にリンクが掲載されてます。)
これに限らず、都甲さんの書評はいくつもあるので、要チェックです。
ところで、『サリンジャー ――生涯91年の真実』(晶文社)の書評もスバラシイ切れ味です。
「サリンジャーは、たった数冊で現代のアメリカ文化そのものを作りあげたのである。本書を読むとそのことがよくわかる。何より、また彼の本を読みたくなるところが素晴らしい。」と都甲さんが書いておられることには完全同意です。
私も、『ライ麦畑でつかまえて』や『フラニーとズーイ』や『ナイン・ストーリーズ』などかなり昔に購入した本を引っ張り出して読みはじめてしまいました。そして、『サリンジャー ――生涯91年の真実』を読んだあとだと、知っていたはずのストーリーの奥のまた奥が覗けるような気がしました。これも、「ただの素晴らしい青春小説にも思える彼の作品が、どれほどの闇を抱えているかがよくわかる。」という都甲さんの書評のとおりです。
おかげさまで、年末年始に読みたい本がたくさん発見できました。(hiro)

週刊ALL REVIEWS Vol.28 (2019/12/16-2019/12/22)

村上春樹の朗読会に行ってきた。ツイッターで「なまハルキに会いたいー」と言っていたら、手持ちのチケットを分けてくれる方がいらしたのだ。ツイッター万歳。会場では、まさに飛ぶようにサイン本が売れていた。一人一冊の制限付きじゃなかったら、みんな、抱えるほど買い込んだのではないかという、ものすごい勢い。
朗読会が始まったとたん、客席から「待ってましたー!」という掛け声。マジか。私も「ハルキーー!!」って叫べばよかった。後悔。
ハルキは動く。ハルキははにかむ。ハルキは足を組む。ハルキは水を飲む。ハルキはコップを席に忘れてきちゃう。どの動作も脳裏に刻み込むべく、じっと見つめる。ハルキがほんとに動いてる……! 3Dじゃない……!! ハルキってほんとに生きてるんだあ、と当然のことをまざまざとと感じる。
赤ちゃん連れの方も何人かいた(とても素晴らしいことだと思う)。そのうちの一人の赤ちゃんが、ハルキが朗読し始めたとたん、高い声で泣いてしまう一幕があった。ひやりとしたのだけど、その瞬間、ハルキはパッと顔をあげて、にこっ、とした(ように見えた)。「やれやれ、赤ちゃんだものな、しょうがないな」とでもいうように。観客も、そのハルキの動作を見てくすくすと笑った。私はしみじみと、「ああ、ハルキはやっぱり素敵だあ」と思った。実は朗読会に行く前、少し怖かったのだ。実物を見て、もしかするとハルキのことを好きじゃなくなって
しまうかもしれないと、不安だったのだ。
でも、今回の朗読会が終わって、あの「やれやれ」を見て、「ファンを続けざるを得ないじゃないか、やれやれ」というあたたかい気持ちでいっぱいだ。
ああ、ハルキ、これからもたくさん走って、翻訳して、いい小説をいっぱい書いてください。来年も、ファンでいつづけます、やれやれ。(敬称略)(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.29 (2019/12/23-2019/12/29)

大晦日ですね。皆さんにとって今年はどのような一年だったでしょうか。
いよいよ今年の週刊ALL REVIEWS 配信も今回が最後です。

この時期、一年を振り返ったり、来年からの目標を考えたりする方も多いかと思います。
とても参考になりそうな今週の一冊がこちらです。
『奴隷の哲学者エピクテトス 人生の授業 ――この生きづらい世の中で「よく生きる」ために』
本村先生の解説もとても分かりやすくこのレビューを読むだけでも得るところ大です。

エピクテトスについては「奴隷としての出自、慢性的な肢体不自由、国外追放の辛酸、塾講師としての不安定な収入」といった多くの困難を抱えながらも、哲学者として歴史に名を遺した人物ということで個人的に以前からとても興味を持っていました。

その教えも現代のビジネスや日常生活にも応用できることが多く、どうしてこうも実践的なのかと考えていましたが、当時も今も世の中はグローバリズムの只中で、人々はその荒波に流されず生きるにはどうすればいいのかという心構えを模索していたとわかり、なるほどと納得した次第です。この年末年始にエピクテトスの言葉に触れ、人生を少しだけ深く見つめなおすことをしたいと思います。

最後に私が好きな一節を紹介します。

「何であれ素晴らしいものは突如として生じるものではない。ブドウの一房、イチジクの実一つとて同じである。君がイチジクの実が欲しいというなら、私は時間が必要だと答えよう。花が咲き、実がつき、それが熟すのを待たねばならない。」

幾多の困難を抱えながらもよく生きようとした彼らしい教えです。(Fabio


週刊ALL REVIEWS Vol.30 (2019/12/30-2020/01/05)

新年最初の配信を、悲しい話題で始めることをお許しください。
昨年末、また一人の名優がこの世を去ってしまった。「辰兄(にい)」の愛称で親しまれた梅宮辰夫さん。銀座でスカウトされ、東映ニューフェースとして華々しくデビュー。子ども向け番組のヒーローから、気っぷの良さを買われて任侠映画の世界へと転身を遂げた。『仁義なき戦い』シリーズはじめ、1960年代からのヤクザ映画全盛期を支えた一人であった。あまりの当たり役にすっかり羽振りのよくなった辰兄、暮らしぶりがみるみる派手になり、女遊びも後を絶たなかったという。「夜の帝王」というあだ名がつくに至って、見かねた社長が、それならばと私生活そのままに「プレイボーイ」を演じさせたのが『ひも』や『悪女』などの「夜の青春シリーズ」だった。
そんな辰兄の盟友かつ釣り仲間として忘れることができないのが、3年前にこの世を去った俳優の松方弘樹さんだ。面白いことに、松方さんも東映ヤクザ映画の一時代を築いた一人であり、辰兄をはるかにしのぐ女遊びで名を馳せた人だった。だからこそ辰兄と馬が合ったのだろう。「松方弘樹東映脱獄シリーズ」は、こわもてながらどこかひょうひょうと憎めない松方さんの魅力がぎっしり詰まった連作だ。
今週のALL REVIEWS新着書評にある『無冠の男 松方弘樹伝』は、松方さんが亡くなってすぐに刊行された本とあって記憶に残っている方もおられるだろう。良きにつけ悪しきにつけ、「これぞ昭和のスター!」を体現する仰天エピソードがずらり並ぶ。いわゆる“反社”との付き合いも隠すことなく披露する松方さんの態度は、非常識に映るかもしれない。しかし、その奥に流れる「役者としての熱い魂」にふれると、言葉が過ぎるが、そんなことどうでもよくなってしまうのだ。
辰兄と同様、ある意味で社会のルールにとらわれず、破滅型と呼ばれようとも、我が道を大手を振って歩いた最後の昭和スター。今のややきゅうくつな世の中に照らせばあり得ないほどの無軌道さにあきれるか、感銘を受けるかはあなた次第。大丈夫、やけどしません、呪われません。いずれ辰兄の破天荒ぶりも書となって世に現れるに違いない。その日に思いを馳せて、心の中でそっと手を合わせた。(朋)

※梅宮辰夫さんの追悼上映<さらば銀幕の番長 追悼・梅宮辰夫>が、来月、都内池袋の新文芸坐で始まります。2/20~29まで、各回2本立てのプログラムには、おそらく今回を逃すと次はいつになるかという作品が並びます。スクリーンで辰兄を偲びたい方、初辰兄をキメたい方、新文芸坐のTwitter/Webサイトをのぞいてみてください。
Twitter:https://twitter.com/shin_bungeiza
Webサイト:http://www.shin-bungeiza.com/


週刊ALL REVIEWS Vol.31 (2020/01/06-2020/01/12)

昨日、令和初めての成人式を迎えられ、大人の仲間入りを果たした皆さん、おめでとうございます。とはいえ、十八になれば車の免許を取得でき、男女いずれもが結婚でき、2022年からはそもそも成人年齢自体が十八歳に引き下げられることが決まっている今、二十歳という年齢はもはや特別な意味を持たないかもしれない…と書きながら思い出した。民法が改正されたあとも、酒とギャンブルとタバコだけは、二十歳まで待たなければ楽しむことができない。いずれも決して積極的に薦められるものではないし、一生、縁を持つことなく生きたところで何の差し障りもない。それでも、私は酒が飲める年齢になったらどうしても試してみたいことがあり、五月のその日の夕方、少し遠方のスーパーに足を伸ばしてビールとホットドッグを買った。買ったものの、どこで飲もう。場所に困った挙げ句、スーパー裏の従業員出入り口近くの木箱に腰を下ろしてプルタブを開けた。

アメリカンニューシネマの名作『さらば冬のかもめ』。募金箱から40ドルを盗んだ若い水兵が8年の禁固刑に処せられることになる。ジャック・ニコルソン演じるベテラン水兵が、同僚と共にその若い水兵を刑務所に送り届けるほろ苦いロードムービーだ。道中、若い水兵に同情したニコルソンは彼に人生のなんたるかを教えようとする。酒、女、タバコ。そうしてニコルソンは劇中ひたすらにビールを飲む。中でも、白い息を吐きながらホットドッグを流し込むビールがとりわけ美味そうに見えたのだ。大人になったら、あれをやろう――待ち焦がれていたビールは、しかし二十歳になったばかりの私にはただの苦水で、結局、半分も飲まずに捨ててしまった。映画は若い水兵だけでなく、ベテラン二人にも厳しい現実を見せつける。ニコルソンの顔に刻まれたしわがさらに深く見えるラストがいつまでも忘れられない。

一方で、幾つになってもバイタリティ溢れる御仁が世の中にはいる。アレハンドロ・ホドロフスキー、90歳、チリ出身、カルト映画の巨匠だ。ライフワークだった『DUNE砂の惑星』の映像化をデヴィッド・リンチ監督に先を越されて意気消沈かと思いきや、自分の構想が如何に素晴らしいかをドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』で気炎万丈、朗らかに語り尽くしてみせた。実はホドロフスキー、タロット研究家としての顔も持つ。映画界にもファンは多く、『ドライヴ』で一躍有名になったことで重圧を感じていたニコラス・ウィンディング・レフン監督の背中を押し、彼が賛否両論の大傑作『オンリー・ゴッド』を生む一つのきっかけになったのもホドロフスキーである。そのホドロフスキーのタロット解説書『タロットの宇宙』を今週のALL REVIEWS新着書評に見つけた。タロットは視覚的言語という彼の手が繋ぎ合わせて生まれた「宇宙」に何を読み取るか。占いの範疇を超えて語りかけてくるようなホドロフスキーのタロット論は、占いなど信じない私の心にも染み入った。人生は偶然と必然が繋がって描かれる一枚の絵。いつか振り返ったときに見えるそれが満足のいくものであるようにと身を引き締め、今では馴染みの味となったプルタブを開けた祝日の夜だった。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.32 (2020/01/13-2020/01/19)

1月18日に月刊ALL REVIEWSのノンフィクション部門の対談ビデオ収録があり、観覧した。課題本は『NETFLIX コンテンツ帝国の野望 :GAFAを超える最強IT企業』(新潮社)。既存の大手ビデオレンタル会社との血みどろの戦いを制したあとビデオ・ストリーミングの世界でなお成長を続けるNETFLIXの足跡を具体的かつスリリングに描いた、著者のジーナ・キーティングさんの力量はすごい。それが十分に伝わる鹿島茂さんと楠木建さんの対談だった。
ゲストの楠木建さんの言葉通り、この本にはNETFLIXの興味深い成功談と共に、経営に役立つヒントが満載なのだ。
費用対効果を最大にすべく、多額の資本をその時々の売れ筋商品に投入するだけの既存他社の経営に対し、NETFLIXの狙ったのは、ロングテール商品を必要とする顧客にダイレクトに届けることだった。(高価な新作ビデオを仕入れる資金がなく、旧作ビデオの在庫を有効活用して苦境を凌ぐ工夫をしたというのが真実に近い。)ともかく、ビデオをこよなく愛するオタクの知識と顧客やビデオのデータとその解析アルゴリズムを統合した独自のシステムできめ細かいサービスをした。
出版の世界でも、単にベストセラーを狙うだけでなく、読者との関係を深め、真に必要とされる少量多品種の出版物をピンポイントで届けるシステムが必要だと思う。私のような一読者でも、未知の「愛読書」と出会う機会が多いことを常に切望しているからだ。
最近やっと図書館で現物を見ることができ、即購入を決めた『古本屋散策』(論創社)にも、上記のようなシステム作りへの別のヒントが隠されていそうだ。
そしてALL REVIEWSはこのような観点で、大きな役割を果たせそうだ。(hiro)


週刊ALL REVIEWS Vol.33 (2020/01/20-2020/01/26)

先日、ヤギの農場に行ってきた。奄美ではヤギは身近な家畜である。肉をスープにして食べる。夏にヤギを食べると病気をしない、とされている。その農場では、ヤギの乳でソフトクリームやチーズをつくり販売していた。これは、ちょっと珍しい。ヤギには独特の臭みがあるので、肉でさえ好き嫌いが別れるところだからだ。

ヤギのソフトクリームは、濃厚で、臭みもなく、とても美味しかった。そこでは、ヤギに餌をやることもでき、干し草を買い求めてヤギにやったのだったが、握りこぶし大の餌は、10秒かからずヤギに食べ尽くされてしまった。

ヤギはもっと野蛮な生き物、というか、知性がない生き物だと思っていたのだったが、てのひらを舐めてくれ、頭をしきりに手にこすりつけてきて、とてもかわいかった。今まで、肉を供してくれる家畜、というイメージしかなかったわけで、自分の中の思考の偏りに気づいたのだった。

思い出しだのが濱野ちひろ『聖なるズー』(集英社)だった。文章は読みやすいのに、性的なことやいわゆる「獣姦」(文中ではズーフィリアという)の描写があるせいで、読むのにひどく苦労した。途中何度ももう読みたくないと思ったほどで、でも、どうして放り出さなかったかといえば、理解したい、知りたいと思ったからだ。読み通した結論を言えば、やっぱり心理はわからなかったし、もっと正直に言えば、吐き気を催したしズーフィリアという概念と性的指向を組み合わせて、屁理屈を言っているようにさえ見えた。

これはちょっと自分の中でショックだった。自分は、他者の多様性に寛容な方だとうぬぼれていたからだ。まさに、「価値観を揺さぶられた」。陳腐な言い方だが、これが一番しっくりくる。

濱野ちひろ。追いかけたい作家がひとり増えた。(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.34 (2020/01/27-2020/02/02)

ミステリ好きなら、人生で一度くらいは不可解な出来事に胸躍らせてみたいと思うのではないか。

昨年の春先、私にもそんなチャンスが訪れた。日曜の夕方に鳴った玄関のチャイム。ドアフォン越しにこざっぱりとした身なりの男女と小5ぐらいの男の子が見える。「すみません、来月隣に引っ越してくる者です。ご挨拶に…」。ドアを開けるなり「これ、つまらないものですが」と差し出されたのは高級店の紅茶だった。共働き夫婦で昼間は留守がち、知り合いもいないので…と暗に「息子をよろしくお願いします」とほのめかし爽やかに帰っていった。
ところが。翌月、半ばを過ぎても越してこない。親子にしては変だったね、もしかして何かの勧誘?いやいや、どんな人が住んでいるかを調査しにきたんだよ。そもそも親子じゃないとか?連れとあれこれ当て推量を繰り返すうち夏になり、秋になってもまだ来ない。

そんなある日、めったに会わないその隣室の住人とエレベーター前で鉢合わせし、思い切って聞いてみた。「あっ、あれね。ここ引き払うつもりで売りに出してたんですよ。決まったなーって思ってたら、ドタキャン。奥さんがね、息子連れて蒸発したらしくて。謝りに来た旦那さんが言ってました」。私たちの説はもろくもしぼみ、ヒトサマのことながら苦い現実とご対面。いっそ答えなんか知らずにあれこれ想像を巡らせていたほうがよかったのかもしれない。

その点、謎が解けても深い余韻の残るのがミステリ小説の良いところ。AR事務局のお薦め書評の中にうってつけの一冊がある。遅れて伝えられた作家、ドナ・タートのデビュー作『黙約』。個性豊かな学友たちと大学生活を謳歌する主人公。やがてその濃密な関係にひび割れが生じ、違和が起き、嫉妬や屈折が渦巻く悲劇へと突き進んでいく。陽からの陰転、待ち受けるクライマックスのたたみかけに上巻へ立ち戻りたくなる。なぜなら、この小説は冒頭で犯人が明かされているから。謎が謎でなくなってもなお知りたい好奇心を刺激する。日常では出会えない極上の謎がここにある。(朋)


週刊ALL REVIEWS Vol.35 (2020/02/03-2020/02/09)

2月5日に、ALL REVIEWSに掲載された野谷先生の「作家論/作家紹介」の記事。

冒頭で村上春樹の『カンガルー日和』が紹介されている。野谷先生いわく「彼(村上春樹)の作品世界を考えるための手掛かり」を与えてくれる。収められたいくつかの話のうちで最後の、「図書館奇譚」は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に通じるものがあるという。

以下は村上ファンの私のたわごと。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、主人公が図書館で奇想天外なモノを「読む」ことになるのだが、「図書館奇譚」では、図書館の存在そのものが不思議な異空間となっている。この不思議空間には『羊をめぐる冒険』と同様に変な登場人物(羊男)が登場する。
私は図書館という場所は、通常空間とは違うと思っている。どんな本でもそのなかには異なる時間と空間が詰まっている。図書館に通う人の頭の中にも特異な時間と意識の流れがあり、それらが入り混じって個別で独特な時空を創り出す。

多数の文学作品が図書館を舞台にしているのは、このせいだろう。図書室まで考慮の範囲を広げると、もっと面白い。そして最近の月刊ALL REVIEWSの課題図書だった、マコーマックの『雲』(柴田元幸訳)も、図書館と図書室をキーワードにして読むと、面白く読める。

ブローティガンの『愛のゆくえ』(新潮文庫)の中の、みんながそれぞれ書いたかけがえのない一冊を置いてくれる図書館も忘れがたい。この架空の図書館の司書になりたくなったことを覚えている。(hiro)


週刊ALL REVIEWS Vol.36 (2020/02/10-2020/02/16)

新型ウイルスの影響がまだ広がっています。
みなさん、どうぞお体ご自愛下さい。

今冬こういった状況だと週末の過ごし方も、外出よりもご自宅でという方も多いようです。
かくいう私も空いた時間ができるとついついNetflixやAmazon Primeを見てだらだらしてしまいます。
先日もマーベル映画作品シリーズを観直しました。お気に入りは「マイティ・ソー」シリーズ。北欧神話に基づいたヒーローもの、と一言でいえばそれまでなのですが、神々の壮大な世界観や斬新な映像に惹かれます。
この北欧神話、調べてみると実は我々の生活の身近なところにも入り込んでいます。
たとえば、曜日。木曜日 Thursday の語源はソー(まさにマイティ・ソーの主人公)、Wednesday の語源はオーディン(主神にして戦争と死の神)、Tuesday はテュール(軍神)、Friday はフレイヤ(愛や美を象徴する女神)が語源とされます(まさに花の金曜日!)。

今回のレビューでは『図説 北欧神話大全』が取り上げられていました。
著者の前書きによると、北欧神話は中世アイスランドでいち早く文筆の文化が花開き、数多くの資料が残されたため、現代まで多くの作品に影響を与えることになったとのこと。たしかに『ゲーム・オブ・スローンズ』や『指輪物語』はいうに及ばず、バイキングものなどインスパイアされている作品は数多くありますね。

また著者は「神話とは語り直されるもの」と述べています。
つまり、過去より語り継がれ、語り直されて、を繰り返すものだと。
今なおハリウッドで新たなイメージ(割れた腹筋!斬新な映像技術!)が生み出されていることを考えると、北欧神話は今も我々の中に生きているといえるのかもしれません。
寒い冬こそ北欧神話の世界に浸るのもおススメです。(Fabio)

週刊ALL REVIEWS Vol.37 (2020/02/17-2020/02/23)

夏目漱石、『草枕』の主人公が追求する非人情の世界について、「仙人的境地への憧れは高校時代のほうが強かった」と中野翠さんはALL REVIEWSの『草枕』の書評で述べておられる。高校生とは随分早い気もする。

夏目漱石が『草枕』を書いたのは、30歳過ぎの画家(『草枕』の主人公)より少し上の年頃だっただろう。「俗」な大学教授の世界を離れ、新聞小説を中心とした、自由で「非人情」な文筆生活に入ろうと考えた頃だと思う。

年度替わりが近く、自分たちの生活も変わろうとするこの時期に、『草枕』を読みたくなる人がいるのではないか。学生となる、学窓を離れて就職する、部署が変わる、仕事をやめて隠遁生活に入る。いずれにせよ、自分の生き方を考え直す時に読むのに適した作品だし、そのような作品は他にも色々ありそうだ。

私の場合、『草枕』を読んだのと同時期にトーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』も読んだ。就職活動時だ。これも、この時期定番の読み物たりうると思っている。青春期だけでなく作家として名を成してからもなお、非凡な芸術家でありたいという欲望と安らかな一般人の生活へのあこがれに、心を引き裂かれる主人公トニオの姿は、作者トーマス・マンの私生活を映す鏡像だ。

漱石もトーマス・マンも『草枕』や『トニオ・クレーゲル』を書いた後に、病気や戦争などと戦いつつ苦しい作家活動を続ける。そこには生活の苦悩があり、芸術への献身から来る救いもある。心を引き裂かれた状態は単純に解消されるわけでなく、その状態のままで日々の平安と苦悩と諦念とをもたらし続ける。これは作家の宿命と思える。

引退生活のなかで、自由に読書ができる幸せを噛みしめると同時に、やはり今なお迫ってくる生活上の「俗」な悩みを抱える私の毎日。年を重ねてもなお、『草枕』や『トニオ・クレーゲル』は読み続けたいし、漱石やトーマス・マンのその後の著作もまた読み直したくなる。数日前に早い春一番が吹き過ぎて、うららかな早春の陽光の中で部屋にこもりながら、そう思っている。(hiro)


週刊ALL REVIEWS Vol.38 (2020/02/24-2020/02/23)

鼻炎持ちだ。奄美にはスギがないので、花粉症ではないのだが、それでも季節の変わり目はむずむずする。必需品だから、早くマスク不足が解消されるといいなあと思う。
ところで、話は変わるが、奄美にはユタというシャーマンがいる。ユタ神さまと呼ばれ、日常の困りごとの相談に乗ってくれる、わりあい身近な存在である。「医者半分、ユタ半分」という言葉もあるくらいだ。先日、ユタ神さまにかかってきた。結論から言うと、何一つ当たらなかった。やれやれ。ユタ神さまとの相性がよくなかったのかも知れない。「子どもがいるでしょ」と言われ(年齢的にそう見えたらしい)、結婚してないとわかるや「婚期が知りたい?」と言われた。「文才があるかどうかを知りたい」と伝えると、「子どもも産まなくて本が書けるか」と言われてしまい(OMG!)、以後の会話は、ほぼ親戚のおばちゃまと話すのと何ら変わらなくなってしまったのだった。
まあ、70歳ちかいユタ神さまから見れば、女性の最大の幸福は結婚と出産なのだろうが、ちょっと時代遅れなのではないかと思えた。
文学で成功するかどうかよりも、「今は結婚するのが先」とのことで、私は頭の中で「ジェンダー!」と叫んだのだった。ユタ神さまにも新型が出たら、ぜひ率先してかかってみたいものである。やれやれ。(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.39 (2020/03/02-2020/03/08)

新型コロナウイルスの影響が広範囲に及んでいます。
被害は海外でも広がっておりこの状態はまだ続きそうです。
大変な時期ですが、みなさま、どうぞお体に気を付けてお過ごしください。

そしてこういうときだからこそ本を読むことで、世界を知る時間を作るのはいかがでしょうか。
今週取り上げられている書評選からは2冊ヨーロッパを題材にしたものがありました。

まずは『イタリア・トスカーナに暮らして』(書評は堀江 敏幸さん)。
自らイギリスから移住してしまうほどイタリア・トスカーナ地方の人々と食材に惚れ込んだエリザベス・ローマーさん。
彼女が現地で体験した日々の経験を綴った作品です。
トスカーナにおける季節の美しい移り変わりや、地元農家の仕事ぶりが丁寧に書かれており、日々都会に暮らす人こそこういった生活に魅力を感じるのではないでしょうか。
私たちが普段何気なく口にするイタリア料理の魅力の再発見にもつながりそうです。
ちなみに堀江さんはこの本に掲載されているレシピを実際に試されたそうです。
その感想も書評に書いておられますのでぜひ見てみてください。

イタリアからイギリスへ戻ります。
二冊目は『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(書評は永江 朗さん)。
この本は多くのメディアで取り上げられたのでお読みになった方も多いかもしれません。
私もよく利用する八重洲ブックセンターが主催する「第2回 八重洲本大賞」でも大賞を受賞しています。
イギリスに暮らすブレイディ みかこさんによるエッセイで、親と子、両方の成長の物語。
当たり前ですが社会の多様性を構成するものは文字通り実に多様です。
そして永江さんも書評に書かれている通り、「社会が多様化すると、問題はどんどん複雑になっていく」。
過去に長く私もイギリスに暮らしましたので、どれも他人事ではありませんでした。

以上、今週も傑作ぞろいです。
読書を通して国境を自由に越えていきましょう。(Fabio)

週刊ALL REVIEWS Vol.40 (2020/03/09-2020/03/15)

たまに、すごくヤな感じの人がいませんか?
「なんでそんな人になったんだろう? どんな生活をしているんだろう?」
想像してみても、生まれたときから「ヤな感じ」だったとしか思えない人が。
私にとってオリーヴ・キタリッジがそんな感じ。
訳者の小川高義氏が読むための「使用上の注意」に、「第一篇だけで判断せず、せめて二篇か三篇は服用して、しばらく様子を見てください」と挙げているのに納得だ。
それなのに、読み進めるにつれ、嘘がつけなくて、人付き合いに不器用な人なんだな、とオリーヴに寄り添いたくなってきてしまう。まさに物語のちから。ピューリッツァー賞は伊達ではない。
私は初め映像から入った。オリーヴはフランシス・マクドーマンドが演じているのだが、口角が下がって、不満がありそうな感じが、まさにオリーヴ!
映像は今、Amazonプライムでも観ることが出来る。本を読み、ドラマを観て、オリーヴを身近に感じてみてください。
誰にでも、物語はある、ということが実感として感じられる、そんな経験になるはずです。(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.41 (2020/03/16-2020/03/22)

Stay home, Social distancing, Curfew, Quarantine――ふだんあまり使わない言葉が日常になりつつある世界の様相を、ぼう然と見るしかない日々が続いています。読者の皆様、そのご家族、ご友人、仕事のお仲間がご無事であることを願っております。
今週のメールレター発行にあたって、何を書こうか、たいへんに悩みました。この状況を重ねるならば、映画化もされたガルシア=マルケスの『コレラの時代の愛』を紹介するのもいいかもしれない。いろいろと考えあぐねた結果、『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』からの一節をお届けすることにしました。

「東の風になるね、ワトスン君」
「そんなことはなかろう、ひどく暖かいもの」
「相変わらずだねえ、ワトスン君は!時代は移ってゆくけれど、君はいつまでも同じだ。とはいうものの、東の風はくるのだ。いままでイギリスに吹いたことのない風がね。冷たく厳しい風だと思うから、そのために生命をおとす人も多いことだろう。だがそれは神のおぼしめしで吹くのだ。あらしが治まったあとは、輝かしい太陽のもと、より清く、よりよく、より強い国ができることだろう」(『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』新潮文庫/コナン・ドイル著、延原謙訳より引用)

説明を加えますと、時は第一次大戦前夜(そのため少々きなくさい描写となっています)。一度は引退し、養蜂を営んでいたホームズは、政府の依頼によってスパイ逮捕に乗り出します。ホームズと久しぶりの再会を果たしたワトスンも加わって事件は見事解決。二人の旧友は、昔を懐かしみながら会話を交わします。ホームズの「相変わらずだねえ、ワトスン君は…(Good old Watson! You are the one fixed point in a changing age)」という台詞には、緊迫する状況に気がついていないかのようなワトスンへの皮肉が込められているのですが、この「いつまでも変わらない」ワトスンの存在があったからこそ、ホームズは数々の難事件に挑むことができたのだと思うのです。どんなに過酷な時代や状況にさらされても、変わらずに支えて続けてくれるもの。一冊の本が心を強くしてくれることもあるでしょう。家で過ごすことが推奨される今、あなただけのThe one fixed pointを本の中に見つけてみませんか。ALL REVIESサイトでは、最新の本から古典まで幅広く取りそろえています。どうぞお立ち寄りを。(朋)


週刊ALL REVIEWS Vol.42 (2020/03/23-2020/03/29)

沼野充義先生の最終講義「チェーホフとサハリンの美しいニヴフ人――村上春樹、大江健三郎からサンギまで」をリアルタイムで視聴した。
質疑応答を含め、2時間があっという間に過ぎた。内容の濃い、楽しく切ない2時間だった。

講義の最後に、沼野充義先生が静かにおっしゃられた言葉が忘れられない。

「どんなに恐ろしい同調圧力のもとにあっても、心のなかではそっと不同意の姿勢をつらぬくこと。そして、大声を張り上げなくても良い、小さな大事なものをそっと守り続けること。それはおそらく文学に携わるわれわれ全員の仕事ではないかと思います。……これを教え子のみなさんに伝えられたら、それだけで充分です」

COVID-19との戦いに疲れ、神経がささくれているひとびとにとって、これは励ましの言葉となるだろう。直接「文学に携わ」っていなくてもよい。「小さな大事なもの」は誰でも持っている。それを守るために皆が助け合いながら「仕事」をしなければならない。いますぐに。

講義のビデオ・アーカイブは、まだ公開されている。まだの方にはぜひ観ていただきたい。オススメだ。
この「最終講義」ビデオ中継を実現した多くの関係者に、深い感謝を伝えたい。

講義の中で沼野先生が触れられた本をまとめたブログ記事はこれだ。恥ずかしながら私が書いたものである。(hiro)


週刊ALL REVIEWS Vol.43 (2020/03/30-2020/04/05)

「あれは偽物のパンだから食べられないよ」
と、うちの母親は私に言った。子どもの私がパン屋でフランスパンを指したときのことだ。この小咄は、私のテッパンのネタになってくれている。
それぐらい田舎で育った私に、都会の雰囲気を教えてくれた本がある。吉本ばなな『キッチン』だ。
わさび漬、うなぎパイ、カツ丼、グラタン、きしめん、グレープフルーツ、おでん、ファミリーマート、そしてキオスク!
読んだのが小学校のときだった、というせいもあるのだが、その後体験するたびにいちいち『キッチン』に出ていたアレだ! と思ったものだった。島には電車が走っていないので、キオスクは辞書で引いた覚えがある。それなのに長らく、キオスクは特定の場所にしかないと思っていた。なんて田舎者……!
今読み返すと、そんなドキドキはもうない。フランスパンも食べたし、車も運転できるようになったし、大学にも行ったし、新幹線にも乗れるようにもなった。だけれども、今でもみかげも雄一もいいな、がんばってる、と思う。
名作にはいつ出会ってもいいけれど、若いうちに出会うと一緒に成長できる、というのは本当なのだ。(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.44 (2020/04/06-2020/04/12)

コロナウイルスの感染拡大が収まりません。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
外出を控え、健康を第一にこの時期をお過ごしください。

しかしこうも室内で過ごす時間が長期化してくると、動画配信サービスで見たかった作品はあらかた観てしまい、過去の名作をもう一度観直したりしています。
ということで今回は前回に引き続きイギリスを旅したいと思います。

今週の書評群の中でまず目に留まったのが、『ステッキと山高帽―ジェントルマン崇拝のイギリス』(書評は竹内洋さん)です。というのも偶然にもつい最近、カズオ・イシグロ原作の映画『日の名残り』を観直していたからです。
この映画は英国貴族に仕える執事が、激変する時代の中、時に犠牲を伴いながらも尊厳を持って日々の職務にいかに誇り高く向き合って生きるかを描いた名作です。
書評の中でジェントルマンとは「礼儀正しさ、自己抑制、道徳堅固、寛容、教養をそなえた品格ある人物」とあり、「…貴族でなくとも人格がりっぱであれば、ジェントルマンでありうることにもなる」とあります。
そうしますと、映画の中で貴族に仕えた執事自身もまた、ジェントルマンだったのだと思います。

背景にある社会情勢や文化を読み解くことで、すでに観たことのある映画でもまた新鮮な思いで楽しむことができそうです。
本来ならさっそくこの本を借りに行きたいところでしたが、図書館は来月までお休みでした。
コロナウイルスとの戦いは長期戦になりそうです。
ここはひとつ礼儀正しさ、自己抑制、道徳堅固、寛容な心をもって耐え忍ぶことで、ジェントルマンに近づきたいと思います。
今週もお楽しみください。(Fabio


週刊ALL REVIEWS Vol.45 (2020/04/13-2020/04/19)

首都圏から始まった外出自粛要請が全国におよぶなか、最前線に立って働き、私たちの命と生活を支えてくださる方々がいます。医療関係者の皆さんはもちろん、私たちが極力外出をせずに済むよう生活必需品の配送に関わる方々、ほかにもたくさんの働きがあって今の生活があります。私たちにできることは、不要不急の外出はしないこと。それだけですが、これが案外難しい。じっとりと不快な夏の前に訪れる爽やかな季節。青空に誘われてちょっとだけ遠出をしたくもなるでしょう。でも今は、そんな気持ちと闘って、闘って勝ち続けなければなりません。“B級映画の巨匠”と呼ばれるアメリカの映画監督、サミュエル・フラーの人生も闘いの連続でした。年齢を偽って13歳で社会に飛び込み、戦争に身を投じる。映画監督として名をなしたあとも、ゴダールの『気狂いピエロ』に役者として出演したときのセリフ「映画とは、戦場のようなものだ。愛、憎しみ、アクション、暴力、そして死。要するに、エモーションだ」があらわすとおり、社会の矛盾や不正をえぐり出す娯楽作品を世に送り続けました。柳下毅一郎さんがご紹介くださった『サミュエル・フラー自伝 わたしはいかに書き、闘い、映画をつくってきたか』は、その熱い生涯をジャーナリストに端を発するフラー自身の巧みな文章で一気に読ませる一冊。やるせない状況と不安とストレスにわき起こる内なる怒りで爆発しそうな心のガス抜きに。そして真っさらな心機で、またそれぞれの闘いを続けましょう。(朋)

週刊ALL REVIEWS Vol.46 (2020/04/20-2020/04/26)

『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店)は、示唆に満ちた本であると思う。当時の資料をひろく調べて忘れられた災厄を明るみに出した著者、速水融の慧眼に驚かざるを得ない。各地に蔓延が続き、医師も病に倒れ、軍艦のなかでも死者が増えていく、大相撲の力士も感染の例外ではないという状況を活写している。今とそっくりだ。
2006年2月に出版された本であるが、現在のコロナ禍の状況を予測して警告として書いたのではないかとも思う。この本から得られる教訓をもっと活用して、対策を練っておけば、現在の被害はもっと抑えられたのではないか。
そして、この本によると第2波、第3波とスペイン・インフルエンザの流行は世界的に続いたとある。この記述だけでも今後の参考になる。まだまだ戦いは続くのだ。気を緩めてはいけない。冷静に科学的に対処策をより一層考えていかねばならない。
ところで、次回5月2日の月刊ALL REVIEWSの課題本は、この『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』であり、ゲストは磯田道史さん。この本の著者速水融のお弟子さんである。面白いお話が伺えそうだ。YouTube上で特別無料生放送、詳しくは以下のリンク先で。(hiro)
(注: 現在はアーカイブ化されています。友の会会員限定公開です。)
https://allreviews.jp/news/4396

週刊ALL REVIEWS Vol.47 (2020/04/27-2020/05/03)

薪棚のない男は、夫になる資格がないらしい。それなら今の日本であれば99%が夫になれないよなと思う。これは、一八〇〇年代には広く知られた、結婚適齢期の人に役立つまとめらしい。
巨大な木の薪棚は、生きることに貪欲だが、過剰に焚く無謀なタイプ。
華麗で目立つ薪棚は、外交的だが、おそらく気取り屋、だという。
私は薪を集めたことも、積んでいるのを実際に見たこともないのだが、なんだか納得できるのが不思議だ。
ラーシュ・ミッティング『薪を焚く』(晶文社)。
初めから終わりまで、木を「薪」にすることについて、薪を燃やすことについての本。木を切るチェーンソーについて、乾燥方法について、薪の積み上げ方について。いかに人々の生活の一部になっているかの歴史。300ページがすべて、薪について、薪について、薪について。
まさかのニッチ本だが、この本は十五カ国で翻訳され、イギリスではベスト・ノンフィクション大賞を受賞している。
 火が暖かく燃えている様子、パチパチと燃える様子。この本を読みながら、YouTubeで動画を検索したが、観ているだけで不思議と落ち着く。
 騒動が落ち着くまで、この本をすみずみまで堪能することにしよう。(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.48 (2020/05/04-2020/05/10)

緊急事態宣言が延長されました。
今しばらく自粛が求められますが、引き続き読書を通じた旅を楽しむことにしましょう。

さて、今週の新着書評も、古代スラヴ語から読み解く東ヨーロッパの歴史やドラえもんによる世界の国旗全百科まで、幅広くかつ楽しく、読書を通じて世界を旅するのに十分なラインナップです。
さらには『人類進化700万年の物語 私たちだけがなぜ生き残れたのか』(書評は島田雅彦さん)や『畜生・餓鬼・地獄の中世仏教史: 因果応報と悪道』(書評は本郷恵子さん)といった本まで取り上げられており、我々はどこから来てどこに行こうとしているのかを考えるのも、不要不急かもしれませんが、ある種、壮大な旅といえます。
今日まで生き延びて来たホモサピエンスとして、危機に瀕したときこそ「互助の知恵」を発揮していきましょう!
(Fabio)


週刊ALL REVIEWS Vol.49 (2020/05/11-2020/05/17)

世界が、ゆっくりと動き始めました。COVID-19クライシス。年が明けてひと春の出来事ですが、感覚としては、その数カ月のあいだに四季をひととおりやり過ごしてしまったような気がしています。長くて、あっという間の短い春でした。この“悪夢”が始まった当初、人は未知の相手(ウイルス)に対する恐怖を膨らませて怯えました。私自身「自分も死ぬのではないか」という思いが何度も頭をよぎりました。次に、人は知識を武器に闘い始めました。この闘いはトライアル・アンド・エラーを繰り返しながら、今も継続中。ハリウッド映画なら、きっと人類が打ち勝ち世界中が喜びに沸くエンディングが待っていることでしょう。ハッピーすぎる結末には食傷気味のひねくれた私でも、本シナリオ(と言っては語弊がありますが)の最後はとびきりベタな大団円を望みます。この騒動のなか、ネットやメディアを通じてさまざまな流言飛語がみだれ飛びました。「○○が免疫力を上げる!」と情報番組が伝えた翌日、スーパーからそのものが消え去る。伝えられる過程で尾がつきひれがつき、しまいには鋭い牙まで備えて、人々のあいだに争いを巻き起こすモンスターと化したものまでありました。いつか世のなかが落ち着きを取り戻したら、こうした現象はきっと物語になることでしょう。書、映像、音楽、絵画、さまざまなかたちで。そうして蓄えられた知見がいつかの人類の役に立つことを願って、主人公である私たちはしっかりと生きていこうではありませんか。今週、紹介したい本は星野智幸さん書評による『ふたくちおとこ』(多和田葉子著)。軽快な言葉あそびで語られる三篇の物語。ドイツの有名な民話の登場人物と現代が交錯する寓話のなかに込められた風刺に、にやりとするか、ひやりとするか。笑いのあとに残る余韻を楽しみたい一冊です。(朋)


週刊ALL REVIEWS Vol.50 (2020/05/18-2020/05/24)

5月23日夜、ALL REVIEWS 友の会の定例会に参加しました。通常の定例会と違い、Zoomを使ったオンライン定例会です。20時開始、22時終了。ただし2次会(オンラインでもこう言うのでしょうか)終了は23時30分。参加21名。参加者は、鹿島茂さん、柳瀬博一さん、ひらりささん。そして友の会の方々。オンラインではあるがいつも通りに、いやオンライン効果でいつも以上に和気あいあいとして、読書とその周りのことを思う存分話し合える良い会合でした。

この定例会で仕入れた書籍情報は以下のとおりです。冒頭、会員からの質問「パンデミックのなかでオススメの本は?」、に答えて、鹿島さんから『疫病と世界史 上下』(中公文庫)を紹介いただきました。これは読まねば……
鹿島さんの近刊(再刊)の『職業別パリ風俗』(白水Uブックス)の紹介ももちろんありました。当時のパリでのいろいろな職業の内情を知ることが出来る珍しい本だそうです。この本の「前書き」が今週のALL REVIEWS新着記事になっています。
『ゴリオ爺さん』を読むと、ゴリオはしがない年金生活者なのだが、自分の虎の子の年金証書を抵当にいれて金を借りて娘を援助したりする、そんなことが出来る事自体が私には理解不能だったのです。『職業別パリ風俗』を読むとこんな疑問がたちどころに氷解しそうです。これも読みたい。

これらの本を知ったので、e-honの「My書店」機能を使って本を購入するつもりです。およばずながら読むことで書店を支援するチャンス到来です。(hiro)


週刊ALL REVIEWS Vol.51 (2020/05/25-2020/05/31)

次の「新潮」7月号には、小山田浩子の新作が載るらしい。いえい。
それで棚から本を引っ張り出してみた。小山田浩子『庭』(新潮社)。どうでもいい話だが、私は島尾敏雄が好きだ。十年来、新潮の単行本のフォントを見ると、『死の棘』を思い出す、というタチの悪い病気にかかっている。
その病気持ちの私にとって、小山田浩子の文体は染みる。どこまでが自分かどこからが他者なのか入り組んでいるところがいい。ぱっとページを開いた時に、改行がほどんどないのも紙面がみっちりと読者に向かって立ち上がって来るようでいい。
この短編集の中で、特にお気に入りは「動物園の迷子」だ。読点のない切れ目のない文章の中で、私たちは心地いい迷子になる。
『庭』の評者は鴻巣友季子。蛇足だが、新潮新人賞の選考委員に鴻巣と小山田は名を連ねている。選評もまたひとつの作品のようなのだろう。楽しみだ。(雪田倫代)


週刊ALL REVIEWS Vol.52 (2020/06/01-2020/06/07)

少しずつ日常を取り戻しつつあります。
仕事面でも生活面でも、アフターコロナとなる前に、ウィズコロナを考える必要がありそうです。
完全な状態に戻るにはさらに時間がかかりそうですね。やはりまずは読書を通じて旅を楽しむことにしましょう。

さて、今週の新着書評も、池波正太郎が愛した神田界隈やロンドンと地主の関係などバラエティに富んだ作品がたくさん並んでいます。
中でも『忘れられない日本人移民 ブラジルへ渡った記録映像作家の旅』(港の人)』(書評は小野 正嗣さん)に特に心惹かれました。
日本からブラジルに渡った移民の方々が、かの地の過酷な環境の中でいかにたくましく生き抜いてきたかの記録とあります。
かくいう私もブラジル生まれでして、この「二つの国の言語・文化の〈あいだ〉を生きざるをえない」という感覚は常に自分の中にもあります。
自宅に閉じこもっている今こそ、海外でとてつもない苦労をされた諸先輩方に思いをはせたいと思います。
それでは今週もお楽しみください。
(Fabio)

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いかがでしたか。お楽しみいただけたと思います。もっと読みたい方へ、これ以前の巻頭言は、ここにあります。執筆者のプロフィール付きです。
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