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友の会会員が選ぶ「今年の3冊」DAY.5

くるくる 選:AR友の会会員に読んでほしい3冊

私の3冊はALL REVIEWS(以下AR)友の会の方に読んでいただきたい3冊。

①志儀保博 解説‐『蜜蜂と遠雷』の思い出(幻冬舎文庫『蜜蜂と遠雷』(下)、2019年4月)

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いきなり「文庫本の解説文」という変化球ですみません。

AR友の会ではよく「今後の出版界や書店はどうなるのだろう」という話題が出ます。本好きとしては出版業界が尻すぼみにならぬよう祈るばかり。そんなとき手にした『蜜蜂と遠雷』の文庫本の解説に衝撃の一文が。解説文を書いたのは幻冬舎の担当編集者です。
『蜜蜂と遠雷』は直木賞もとった大ベストセラーですが、幻冬舎無料PR誌の連載中はコンクールの取材費などが嵩み、大赤字だったそうです。

原価表の利益欄が初版1万5000部、定価1800円の計算でマイナス1057万円(!)になっていたのです。

恩田陸の大作でも初版は1万5000部、1800円をかけると総売上は2700万円。マイナス1057万円とは、あまりの赤字です。
そして、7年間の連載期間中、作品が注目されていなかったことも書かれています。

…長きにわたってこの作品の存在を知っていたのは、恩田さんとわたしと社内外の校正者だけだったのではなかろうか、…

いや、7年も連載しているのであれば、もう少し連載中に盛り上げよう。そしてもう少し、原価計算とかしましょう。っていうか、こんなにぶっちゃけていいのか?!
出版業界は不況なはず。人気作品は連載中に煽りまくる「少年ジャンプ」方式を少し学んだほうがいいのでは、と部外者としても言いたくなる。
出版業界の将来がさらに心配になる「解説」です。


②カトリーヌ・ムーリス著 大西愛子訳 『わたしが「軽さ」を取り戻すまで』(花伝社、2019年2月)

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AR友の会ではフランスの漫画、バンド・デシネに関する対談も行いました。

そこで今年出版されたバンド・デシネから一冊。シャルリ・エブド襲撃事件を生き延びた漫画家が、事件の傷から立ち直る過程を書いた『わたしが「軽さ」を取り戻すまで』。

不倫相手に捨てられた著者はショックのため、シャルリ・エブドの編集会議に遅れ、結果、難を逃れます。精神的にダメージ受けた著者は、プルーストゆかりの地カブールを旅しても心の傷は癒えず、フランス政府がローマに持つアーティスト・レジデンス「ヴィラ・メディチ」に滞在し、徐々に心の動きを取り戻していきます。

まず著者の知識の深さに感銘を受けます。著者は

(事件が起きた)1月7日以降、わたしにとっていちばん大事なのは「友情」と「教養」だと突然感じたの。

というだけあり、この本はハイ・クラスの教養に溢れています。プルースト、ボードレール、ドストエフスキーなどからの引用の数々。また、漫画の特性を最大限に活かしカラヴァッジョ、ジェリコーなどの名画の模写が挿入されます。著者が入れる引用や名画の作者探しをすると、楽しくなってきます。

一方、シャルリ・エブドのスローガン「自由、平等、ユーモア」を体現すべく、作品には随所に皮肉やユーモアがちりばめられているのですが、これは微妙です。例えば、少し元気になった著者が美術館の警備員に発する言葉が

コンドーム見に行きませんか

…。「厨二病」のような言説。このような下ネタが随所に出てきます。

この本は、著者の知識の深さと、著者のユーモアの浅薄さの両方を突き付けられ、困惑させられます。イスラム教徒ならずとも不愉快にすらなるもの。

思いがけず、現代フランスの抱える分断を考えることができる一冊。翻訳の大西愛子さんは、プルーストを高遠弘美訳、ボードレールを安藤元雄訳から引用してくるなど丁寧な仕事です。 


③ギヨーム・ド・ベルティエ・ド・ソヴィニ―著 鹿島茂監訳、楠瀬正浩訳 『フランス史』(講談社選書メチエ、2019年4月)

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フランス文学を読んでいて、フランス人なら当然知っている歴史的事実が何を示すのかわからないことはよくあります。そんなとき、この本は辞書的な役割を果たしてくれます。仏文ファンが多いAR友の会会員には必携です。

作者の執筆動機は以下のとおり。

本書の執筆を筆者が思い立ったのは、簡単な事実に気がついた結果である。すなわち、ある程度高度な水準において、ハイ・レベルな高名なアカデミー会員あるいは大学教授たちによって著され、しばしば豪華な図版に飾られているフランス史の本は、選択が困難なほど数多く出版されているのに反して、初めての入門書として若者たちが気軽に手にすることができるような、あるいはフランス文化に感心を抱いている外国人たちに気楽に薦めることができるような、簡単なフランス史の本は見当たらないという事実である。

作者の執筆動機はそのまま、監訳者の鹿島さんがこの本を日本に紹介したいという動機となります。

そう、まことにもって意外だが、一人の著者、それも真っ当な歴史家による一冊読み切りのフランス通史というのは。まだ日本では存在していないのである。

通史なので、フランス史の有名人は一通り出てきます。例えば、鹿島さんお気に入りのナポレオン三世についてはこう書かかれてます。

ナポレオン三世の最大の功績は、これまでフランス経済の近代化を妨げていた数々の障害を打破し、フランスに輝かしい反映をもたらしたということである。


【記事を書いた人】くるくる

【「ALL REVIEWS 友の会」とは】
書評アーカイブサイトALL REVIEWSのファンクラブ。「進みながら強くなる」を合言葉に、右肩下がりの出版業界を「書評を切り口にしてどう盛り上げていけるか」を考えて行動したり(しなかったり)する、ゆるい集まりです。
入会すると、日本を代表する書評家、鹿島茂さんと豊崎由美さんのお二人がパーソナリティーをつとめる、書評YouTube番組を視聴できます。
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