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戯曲を読む楽しみ教えます!~【特別対談】徳永京子×豊崎由美 市原佐都子『バッコスの信女ーホルスタインの雌』を読む~

今年(2020年)の2月末、大規模イベントの自粛が呼びかけられてから演劇公演の自粛が続いています。いつか心置きなく舞台芸術が楽しめる日に備え、豊崎由美さんが演劇ジャーナリストの徳永京子さんをゲストに迎え、「戯曲を読む楽しさ」について語りました。課題本は市原佐都子『バッコスの信女ーホルスタインの雌』(第64回(2019年)岸田國士戯曲賞受賞作品)。何とギリシャ悲劇のコーラス、コロスまで出てくる戯曲。
同世代のお二人は、それぞれの観劇体験から、戯曲の読み方まで語りつくします。
お二人が伝えたい「戯曲を読む楽しみ」とは。
※対談は2020年6月26日(金)に行われました。

年間観劇数280本!徳永さんが語る最近の演劇事情

徳永京子さんは『演劇最強論』の著書もある演劇ジャーナリスト。徳永さんのキャリアや考えを知りたい方はこちらをお読みください。

徳永さんは2019年の年間観劇数が280本くらい。なぜこれだけの数の観劇がこなせるかというと、平日昼間の上演が常態化していることに加え、劇団によっては朝11:00~くらいからの上演をするところもあり、1日3本見ることが可能。夜の上演も18時開演から20時過ぎに開演するものまで多様化しています。2020年コロナ前の東京の演劇市場は体力とお金さえあれば、1日何本でも観劇できることができました。そういえば朝9時から始まる「朝劇」というのもありましたね。
自粛で多くの公演が中止となり、徳永さんがこれだけ演劇をみないのは40年ぶりくらいとのことです。おりしも対談が行われたのは2020年6月26日の金曜日の夜。金曜日の夜に徳永さんのお話がきけるのは、自粛期間でなかったらありえないことです。

朝日新聞の劇評を書かれている徳永さん。自粛期間中は劇団が行う配信事情などについて論評されていました。朝日新聞もいったん劇評のコーナーを閉じると次に再開することが難しいことから、徳永さんと二人三脚でこのコーナーを守ったそうです。

戯曲は脳内音読が楽しい

豊崎さんは自他ともに求める芝居好き。ALL REVIEWS友の会でも豊崎さんが好きな「読む戯曲」を紹介したことがあります。その時オススメいただいたのはケラリーノ・サンドロヴィッチ『祈りと怪物』チェーホフの戯曲

豊崎さんは小説が好きな人でも戯曲は読まない人が多い。徳永さんは芝居好きな人も戯曲を読まないのではないかと推測します。でもお二人によるとそれはあまりにもったいない。

徳永さんによると戯曲の最高賞である「岸田國士戯曲賞」もファンは上演された「芝居」の賞と勘違いしている人が多く、「戯曲」に与えられる賞とは思っていない。みんな戯曲は読まないんだなあと、徳永さんはちょっと拗ねています。

まずは、豊崎さんが戯曲を読む楽しさを力説します。豊崎さんは小説も声を出さないけど脳内で音読して読む人。戯曲を読むときは、さらに脳内音読がすすみ、まるで演者になったつもりで、想像上の舞台をあちこち動き回る。戯曲の楽しみとして、作品の楽しみに加え脳内で配役も考えられる。戯曲を読むのはとても楽しい、と豊崎さんはいいます。

徳永さんは芝居を見て把握しきれないことが戯曲を読み返すことでよくわかるといいます。芝居を見ていて、「この人は何で突然こんなことを言い出すの」と思うとき、戯曲で読み返すときちんと書かれていることがある。岩松了さんの作品には特にそのようなものが多いので、戯曲を読むのが楽しい。

お二人それぞれ、戯曲を読む楽しさを語られました。

戯曲を買うのは公演の場で、ぜひ電子書籍を!

豊崎さんは戯曲は部数も出ないし、購入するのは公演の場になりがち。よく公演中にホッチキス止めした戯曲を500円くらいで売っているので、買って帰りの電車で読むと良いといいます。そして、劇団に進めてほしいのが戯曲の電子書籍化。今は「白水社さんに出版をお願いする」時代ではないと豊崎さんは言います。劇団が自分で電子書籍化すれば、絶版になる心配もない

徳永さんは、最近はホームページで戯曲を無料公開したり、舞台の映像を配信する劇団もあることを紹介。三浦直之主催のロロは配信したり、『いつ高シリーズ』の脚本のダウンロードを無料にしたりする工夫をしています。「劇団が提供するサービスに電子書籍が加わればよい」と徳永さんもうなずきます。

実際、あひるなんちゃらのように脚本を電子書籍化しているところもあります。この動きが広がるといいですね。

キレッキレの戯曲、でも紹介が難しい!!

徳永さんが紹介した市原佐都子『バッコスの信女ーホルスタインの雌』。あいちトリエンナーレで上演されたこの劇、実は徳永さんはご覧になっていません。この戯曲を選んだ理由は、岸田賞受賞作品であり、何よりキレッキレであること。ギリシャ悲劇の構造をとり、コロスが登場し額田大志作曲の合唱まで付いている壮大な劇。

豊崎さんは市原佐都子の小説も読んでいます。豊崎さんによると、市原さんは表現は素晴らしい、でも構想に弱さがある。ところがこの戯曲は、ギリシャ悲劇の構想を謎っていることから、構想の弱さが目立たない作品となっています。あらすじは以下のとおり。

一見普通の主婦、そのペットの雄イヌ、人工授精で生まれたウシと人間のハーフ、12匹の雌のホルスタインの霊魂たちによる合唱隊(コロス)。彼らが奏でるドラマは、ヒトと動物の境を揺さぶり、私たちの秘めた欲望を 触覚的に刺激する。そこでは、男性/人間中心的な性や生殖行為、その価値観や道徳観念も大胆に脱臼されるはずだ。
出所:あいちトリエンナーレHPから

徳永さんと豊崎さんはかなり際どい表現が多い課題作を、下品にならずに紹介していきます。ただ、文章でこの作品を紹介するお二人のやりとりを紹介するのは、ちょっと難しい。お二人の、この作品についての掛け合いを楽しみたい方で、この対談が配信されるより前にALL REVIEWS友の会に入会している方は対談の動画を見ることができます。

日本の劇団はガラパゴス?

Q&Aでもお二人の話が盛り上がります。

お二人とも観劇をしていないこの劇、視聴者からの「この劇をみたいですか?」との質問に対し、豊崎さんは「コロスを観たい!」と興奮。配役については、唯一の男性である「イヌ」のキャストが重要ということで、豊崎さんと徳永さんの見解が一致。阿部サダヲさんくらいにやってほしい!と希望が広がります。

日本の劇団は座付きの脚本家が決まっていて、色々な劇団での上演ができないのではないかという質問を受けて、豊崎さんが徳永さんに、「劇団付きの作家でない戯曲家はいるのか」と質問します。これに対し、徳永さんは『山山』の松原俊太郎を例に挙げました。

しかし、特定の劇団の座付き作家であるケースの方が日本では多くなっています。これは世界でも珍しい状態です。もっと、脚本家と劇団の自由な組み合わせが見たいと豊崎さんもいいます。「なんでこんなにガラパゴスになったんでしょうね」と自問自答する豊崎さん。この理由として、例えば大人計画であれば、松尾スズキ作品の上演が決まっており、他の劇を上演する余裕がないこと、戯曲家に対し、劇団も脚本料を払う余裕がないことなどを挙げていきます。

ひと昔前は、別役実、清水邦夫など特定の劇団によらない作家もいました。小劇団の上演はかつてないほど盛んになっていますが、その一方で、多くの劇団が脚本料にまでお金をねん出できない状態。今は本当に演劇にとって良い時代なのか、色々考える材料になりそうです。

ともあれ、戯曲を読むのは楽しいというメッセージをお二人に伝えていただきました。新型コロナで演劇の上演がままならない今、いつか芝居をみる日に備えて、戯曲を読むのもいいかもしれません。徳永さんは戯曲を読みなれていない人は、図書館で、自分に合う戯曲を発見するまで、探したらどうかと提案されています。ネット上に提供されている無料の脚本もあるので、これを機会に、脚本を読むのはどうでしょうか。

【この記事をかいた人:くるくる】

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