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【特別対談】山崎ナオコーラ『趣味で腹いっぱい』を語りつくす トミヤマユキコ×豊崎由美

毎月1回、書評家の豊崎由美さんが、ゲストの方とゲストが紹介する本について1時間語り倒す「月刊ALL REVIEWS フィクションの回」。今回のゲストは書評家でライター、かつ大学講師でもあるトミヤマユキコさん。近著に、リアルや二次元の、さまざまな夫婦模様を描いた『夫婦ってなんだ?』があります。そんなトミヤマさんが選んだのが、山崎ナオコーラさんの『趣味で腹いっぱい』。
趣味に生きる女、鞠子とそんな鞠子をすべて受け入れるドリームな夫(by豊崎由美)小太郎。お二人はこの話をどのようにとらえたのでしょうか。対談の要旨をご紹介いたします。


「ドリームな男」に惹かれる二人

山崎ナオコーラさんの『趣味で腹いっぱい』は多趣味の鞠子とそれを支える小太郎の30代夫婦の物語。「働かざるもの、食うべからず」という父親の教えを忠実に守り、両親に学費の負担をかけずに高卒で銀行員となった野原小太郎。大学院で『とりかえばや物語』を研究し、卒業後は大学で講師をしながら、書店でアルバイトをしている岩倉鞠子。お茶の先生の引き合わせで二人は結婚する。小太郎は鞠子が正社員となることを望んでいるが、鞠子は、楽しいからと書店のアルバイトは続け、小太郎からみると体裁の良い大学の講師はやめてしまう。やがて、銀行員の小太郎の転勤についていった鞠子は仕事をやめ、絵手紙、家庭菜園、俳句、小説、陶芸と趣味を増やし、ついには趣味に生きるため、佐賀県の嬉野で「単身赴趣味」(趣味のために夫と別れて生きること)生活をすることを小太郎に切り出す。銀行員で特段の趣味を持たずに生きていた小太郎は、鞠子の生き方に、戸惑いながらも、その意見を一つ一つ受け入れ、鞠子の影響で小説を書き、大きな賞の候補となり、銀行をやめ専業作家として独り立ちし、鞠子とともに嬉野に移住するという話です。


この本を推薦した『夫婦ってなんだ?』の著者のトミヤマさん。さまざまな夫婦の在り方を見てきたトミヤマさんでも、鞠子のわがままぶりには驚き、それを許す小太郎の寛大さに感動します。鞠子は趣味に生きており、その趣味はすべて小太郎の給料から出ています。鞠子のわがままを許す背景として、小太郎は高卒であること、自分の母親とよく話していたことではないかとトミヤマさんは推測します。小太郎の母親は、姑に気兼ねして、自分の親が具合悪いときでも十分に見舞えなかったことを後悔しています。母親は小太郎の嫁にそのような気苦労を味合わせたくないと思っています。小太郎は母親と話慣れていること、鞠子を本当に好きであることから、鞠子が新しい趣味を初めても、決して、頭ごなしに否定しません。鞠子が新しい趣味を始める時、必ず鞠子の話を聞き、そして許可します。
これだけ奥さんの話をよく聞く男は、豊崎さん曰く「ドリームな男」。これだけ、話を聞くことができたら小卒でもかまわないと豊崎さんは言います。

声に出したい名言がいっぱい

この小説は名言に満ちているというのがお二人の一致した意見です。付箋だらけの本からお二人が選んだ名言を紹介します。

 「自己満足は良い言葉だよ」
 「子どもを育てるのはえらいって言われるのに、自分を育てるのはえらいって言われないのは、なんだか変だなって常々思っているんですよ」
 「自分の書いたものがプロたちの仕事によって研ぎ澄まされていくのを見るのはとてつもなく面白い。校閲者がチェックし、デザイナーが装丁を作り、印刷会社が刷り、出版社によって商品になり、取次が流通させ、書店が読者へ届ける。たくさんの人が「これが自分の仕事だから」と頑張って、他の仕事人と手を繋ぐ。そして、手を繋ぐときには必ず、金が絡む。みんなプライドがあるので、ボランティアで手を繋ぐ人などいない。」
 「自立に美しい立ち方があるように、他立にも美しい立ち方があるのかも知れない」

鞠子は仕事するのが偉くて、趣味に生きるのが悪いという見方をしていません。その一方で、鞠子は小太郎が仕事を投げ出したくなったら、その時は小太郎を支えるために働くという決意もしている女性です。


小学生男子に読ませたい本 

この小説は小学生男子に読ませたい、とお二人は言います。小太郎の生きざまを学べばモテること間違いなし。
趣味を肯定的にとらえることが重要というのはトミヤマさん。トミヤマさんは、いとうせいこうとみうらじゅんの例を引き合いに出します。仕事人間だったいとうせいこう。みうらじゅんとの出会いで、仏像の趣味に目覚め、視野が広がっていきます。
さらに、豊崎さんは、女性が描く世界が変わってきたといいます。柴崎友香の最新作『待ち遠しい』は「恋愛をしなくても良いのではないか」ということを打ち出しています。最近の人気ドラマ「凪のお暇」もヒロインが男二人と別れる話でした。恋愛にこだわらない生き方を描く小説が増えていくかもしれません。

上記のお話はお二人の対談のごく一部に過ぎません。友の会会員になると、月刊ARの対談を動画で見ることができます。

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【この記事を書いた人】 くるくる

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