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紹介の裏側に隠された危険性

紹介という言葉は非常に便利である。自分が努力しなくても周りの人が動いてくれて、自分の都合の良い人や物を運んでくれる。めちゃくちゃ楽じゃないかと。

便利なものである反面、危険性も伴う。


危険とは信頼を失うことである。

「良い人紹介してよ」「何か面白いこと紹介してくれない?」。紹介してくれ大魔神があなたの周りにいないだろうか。自分は何にもしないくせに、とにかく紹介だけしてもらおうとする人。

紹介してくれ大魔神は言うまでもなく、信頼を失う。たまに言うくらいなら問題はない。会うたびに言ってくる、相手を利用しようという魂胆が丸見えなのが問題なんだよな。


紹介は信頼がベースにあって成り立つもの。本来は「紹介してほしい」と言うよりも、「ぜひ紹介したい」と言われることを目指すべき。

素敵な人同士を繋ぎたい、自然と紹介してもらえるような人間にならないと。完全にgiveとtakeの話。もらおうとばかりする人には良い話がやってこない。逆に、周りに対してgiveできる人は自然と良い話がやってくる。


変な人(takeばかりの人)を周りに紹介できないのは、紹介した自分の信頼を損なう可能性があるから。そのため、うかつに紹介することは難しい。せっかく紹介するなら、自分が素敵だと思える人同士を繋ぐようにしたいのが普通の感覚なはず。



今でこそ、紹介してくれ大魔神はダメだと言っているが、過去の自分は紹介してくれ大魔神だった気がする。色んなイベントに行って知り合いをたくさん作るのが正義だと思っていた時代。確かに、「紹介してください」とよく言っていた。もちろん、紹介してくれるはずもない。

僕が変わったのは、尊敬する方から言われた一言がキッカケ。「紹介は信頼がベースにあって成り立つんだよ」。紹介してもらうためには信頼される人でないといけない。まずは信頼を獲得する行動から。少しずつではあるけれど、変わっていくことができた。



何の気なしに「紹介してよ」と言うのはやめようと思う。気持ちが乗っていないから薄っぺらい言葉でしかないし、相手にも失礼。

逆に、僕の周りにいる素敵な人同士は紹介し合おうと思う。僕にメリットがなくても良い。「この人とあの人は合いそうだな」と思ったら、僕が架け橋となって繋ぐ。まずはgiveの姿勢から。


新しい良い出会いが生まれる紹介。一方で、信頼を失う危険性が伴う。自分は紹介とどんな距離感を取るのか。生きる姿勢が見えるところ。定期的にアップデートするようにしたい。




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