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417.成長が人を苦しめる

成長という言葉が苦手な人がいる。

「成長したいんです」
「成長する環境を求めています」
「どんどん成長しないと」

成長ってなんだろう。スキルが身に付くこと?お金を稼ぐこと?人脈を広げること?人によって定義が様々で曖昧なものであるはず。だから、他人に成長を押し付けたり成長という言葉に囚われたりするのはどことなく違う気がする。


今までできなかったことができるようになること。

僕の成長の定義。誰かに押し付けるつもりは全くない。特定のスキルが身に付くというよりも、考え方の幅が広がったりできることが増えたりすることを成長だと捉えている。言うなれば自分との戦い。

だからSNSで「成長!成長!読書しないやつはダメだ!勉強をしないと!そんなもんでいいの?俺はやってるぜ(キラーン)」みたいに言われると、放っておいてくれと思う。こっちはこっちで勝手にやるから。そもそも押し付けるスタンスが微妙なんだよな。

このように僕自身が押し付けは違うと思っているから「〇〇していこう。〜しないと」と他の人に言うよりも「〇〇していきたい」というように自分に矢印を向けた発信の仕方をしている。完全にこれは個人の好みの問題だからどっちでもいいんだけれども。SNSを見ていてもやたらめったら成長に囚われている人がいるよね、って話。


そもそも成長って必要なのか?


成長しなくても生きていけるし人生を楽しめる。成長することがゴールというスタンスが危険。人生そのものを楽しむための手段として、成長する方が新たな自分と出会えて楽しいよね、という話だと思っている。

うまく付き合う第一歩として、「自分にとって成長ってなんだろう?成長するとどんな良いことがあるのだろう?」と考えることが大事。自分の中で今一度定義してみたい。


僕自身は「成長が大事!ガンガン行動していこうぜ!」みたいな体育会系のノリが合わない気がしている。ゴリゴリの体育会系出身なのに 笑。穏やかにそれぞれのペースで楽しむ方が良いよね、というスタンスの方が向いていると思う。この傾向が知れただけで僕としては成長かも知れない。

SNSで色んな人の意見を見て、自分はどう感じるのか立ち止まって考えることをオススメしたい。嫌ならなぜ嫌なのか、受け入れやすいのはなぜなのか。こうして1つずつ考えていくと自分のパターンが見えてくる。


成長を追い求めてもいいし、追い求めなくてもいい。それぞれが自分の楽なスタンスで過ごしていければ十分。僕は心地良い方を追い求めていきたい。


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