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サバイバー・クリエイター

いきなりの宣告

彼女は突然僕の前に現れ、生い立ちを話しはじめた。

彼女は頸がんのサバイバー。今もなお、東京で治療を続けている。
罹患する前はデザイナーとして制作会社に勤め、バリバリと昼夜問わず働いていた。そんなある日、彼女に異変が起こる。不正出血…みるみる体調が悪化。検査の結果、子宮頸がんのステージ3bと宣告を受けた。

彼女は若く、進行が速いため全摘を進められるも、周囲の反対をよそに部分切除を選択する。しかしその5年後に再発し全摘。それ以来、入退院を繰り返し、様々な治療で癌を叩いているという。               

なぜ彼女は僕にいきなりこんな話をするのか。それは10年程前に遡る。
10年程前、僕はある医療系ITのベンチャー企業で、特定疾患(難病)やがん患者などの医療情報コミュニティサイトを立ち上げるべく奔走していた。
最近問題を起こした患者を冒涜する某サイトとは違い、しっかりと調査し、厚労省や医師会、薬剤師会、健保連、その他関連団体、監修として様々な分野のドクターやナース、薬剤師に言質を取りながら裏取りやヒアリングを進めていた。そんなさなか、当時大学生だった彼女と僕は出逢っていたらしい。

一昨年、東京で「医療情報と患者コミュニティ」をテーマにしたトークイベントに招かれ、彼女もそのイベントを聞きに来ていたらしく、当時の事を思い出したようだ。僕は予定があって懇親会には参加せず、登壇後、足早に会場を跡にした。

当時の事はおぼろげにしか覚えていない。そう聞かされて薄ら思い出すレベル。当時、彼女がサバイバーだったわけじゃなく彼女の母上がサバイバーで彼女とは直接話してはいないが、出逢ったときのヒアリングやイベントで登壇した時の内容を鮮明に覚えていて、彼女はなんとそれをキッカケにWEBの世界を目指したという。

それ以降、彼女はずっと僕のことを探してくれていたらしい。
彼女の話は続く。

今は癌による症状も落ち着き緩解に向かっているので、また大好きなデザインの仕事をしたいと思っていること、しかしながら全摘の後遺症なのかホルモン異常か、更年期の症状が出ていてフルタイムで働ける状態じゃないことを打ち明けられた。                         

どれも当時いろんな患者さんや医療関係者からヒアリングした内容と同じだったので別に驚きはしなかった。そしてこう続ける。

勝手なお願いだけど、調子が良い時だけ働かせてもらえないか?ギルドならそれが可能なのではないか?無理ならば、そういう仕組みや組織を創って欲しい…と切実な思いで訴えるのだ。

僕にとっていきなりの宣告だった...そして僕は即答できなかった。

精神的なハードル

そういう仕組みや体制はできる。ギルドに参加したも稼動してない奴は一定数居るので、厳しいようだが稼働しなければ報酬は受け取れないから、それでよければ現行の仕組みでも実現できる。

治療費や入院費は保険でカバーできる部分もあるけど、自由診療や先進医療を受けるには金もかかる。健康な時よりも何かと入用であることも理解している。そもそも生活費は保険ではカバーされない。           

だから働けるときに働ける環境を提供できれば有意義だと僕も思う。しかしそうは思うものの、現実的にはそう簡単にはいかない。

仕組みとして、体調が悪い時に別の者が変わってリカバーする体制が必要で、そういう状況を把握し、サバイバーに対して理解を示せる者を仲間に引き入れなければならない。
だけど実はそれは大した問題じゃない。もっともっと高いハードルがあるからだ。それは、理屈や思いなどを軽く飛び越える精神的なハードル

がんや難治性疾患が恐れられているのは、その先に【死】がチラつくからで、患者さん自身も身内や周りの人もリアルに死を意識させられるからだ。身近で人が亡くなる、この世から一人消えるという現実を共に働く仲間が受け止められるだろうか?

あるナースの憂鬱

とある、がん専門病院の病棟に勤務するナース。
担当する患者が治療も看護の甲斐なく亡くなる。するとすぐにベッドを片付け、気持ちの整理がつかぬまま、次の患者がその部屋に入れ替わりで入ってくる。そんな日々の繰り返し。
がん専門病院だから患者は告知され病状を知っている。死期が近付くと受け入れる人もあれば取り乱す人、当たり散らす人、様々だという。
そして時期が来ると息を引き取る。

ナースはみんな、がんを憎み、志も高く、良くなって退院してもらいたいと看護している。だけど努力しても努力しても報われない。自分の無力さを痛感し、愕然とする。そしてナース自身が無力感に苛まれて病んでいく…
みなさんは医療従事者がメンタルをやられて休職や退職に追い込まれる現状をご存知だろうか。死に直面している医療従事者ですら、いつまで経っても慣れないと言う。

僕も一緒に働いてるメンバーに、○○が亡くなったなんて訃報を伝えたくはない。

その時が来るまで…

だけど彼女をはじめ、病気を患い、長期の治療を余儀なくされたサバイバー・クリエイターに、手を差し延べたい気持ちは強く持ってるし、彼女の気持ちには応えたいとは思う。

彼女曰く、好きな仕事を続けられるならそれが生き甲斐になる、そう言って笑ったのがとても印象的でグッときた。切なくて、言葉に重みと深みを感じた。

今はまだ気持ちの中で葛藤しているが、僕の覚悟次第ということもわかっている。医療とWEB制作を結べる人材は意外と少ない。だから、これは僕にとってのライフワークで僕に課せられたミッションだとも思ってる。
何人かに相談したが「どうせやるんでしょ?」って言われるくらい周りは見えているようだ。

彼女は島に来たいとも言っている。確かに島の環境は東京に比べてゆったりと過ごしやすかろう。そういう意味では勧められるが、治療という意味で言えば東京の方が圧倒的に充実しているし選択肢もある。
島で急変しようものなら搬送までに時間が掛かるし、医療の水準で言えば心許ない。何の準備もなしに受け入れることなどできないので、彼女には準備が整うまでは治療に専念するように伝えた。そして準備が整うまでは死ぬなよと...

彼女はがんのサバイバーだが、がんだけに限らず特定疾患や難治性疾患、慢性的な疾患など、同じようにクリエイターとして続けることが生き甲斐になるサバイバーや支援したいという志があるクリエイターは、是非、連絡を待っている。

病気になったら、私が一番最初に気をつけることは何かというと、1日中、病気のことで頭をいっぱいにしないことである
宇野千代(日本の小説家)

『サバイバー・クリエイター』ってお話でした。

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