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【再掲連載小説】恋愛ファンタジー小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (28)再編集版

これまでのお話

前話

「あら。桃を食べる人数が増えたわね。エーヴィーとゼルマ。イーロからもらってきなさい」
「はぁい」
 気楽に返事をするとエーヴィーの腕に手をかける。
「行きましょ」
「でも・・・」
「兄上なら、俺が見ているよ。ついでに固形物が食べられるかも観察したいからね」
 すっかり医者になっているウルガーに笑顔で頷くと私達はイーロの元へ向かった。
「イーロ。桃をあと二つほどくれないかしら? マティアスお兄様とエーヴィーお姉様も一緒に食べるの。とびきり美味しい桃を頂戴」
 私が明るく言う間、エーヴィーはずっと微笑んでいた。今、エーヴィーの心は微笑むことしか出来ないのだろう。フローラお姉様の子供の事が戻ってきてるのだ。
「はい。エーヴィー。桃二つよ。私はブドウをもらうから」
「ゼルマ様?」
「これはあなたとマティアスお兄様の桃よ。外へ出てきてくれたお礼。私はウルガーに好物のブドウをもっていくわ。今頃マティアスお兄様はウルガーのお医者様ごっこに付き合わされているはずよ。それに様もなし。どうせ、お兄様のお嫁さんになるんでしょ? 姉として接して」
「ですが・・・」
 反論したかけたエーヴィーの唇にしーっ、と指をあてる。
「この宮の主の命令。ね?」
 もう、とエーヴィーが言う。
「ゼルマには負けましたわ。確かにマティアス様に恋をしていますが、マティアスの中には心の中に誰かがいるような気がします」
 宮に戻りながらエーヴィーは言う。
「その人事まるまる愛してあげればいい話よ」
「まるごと・・・。ゼルマも悲しい思いをしたのね」
「まぁね。初恋のお相手じゃなかったから。彼の闇の中に住んでいる姫ごとウルガーを愛しているわ。時折、また陰る光があるの。もしかして、あの地に行って・・・と。深い話になったわ。この話は内緒ね」
 そう言ってたどり着いたミムラサキの宮の扉へ盛大に頭をぶつけた。
「あ。ごめんなさい。考え事をして扉に激突しちゃったわ。エーヴィーがいるのも忘れていたの」
「そんなこと。頭の方は痛みませんか?」
「大丈夫。これぐらいで痛いと言っているとウルガーが調子のってお盆取り上げるから」
「俺がなに?」
 扉が開いてウルガーが立っていた。
「内緒。女の子同士の話」
 少し、不機嫌になったけれど、私の手にブドウがあるのを見て上機嫌になる。
「相変わらず、頭にお花が咲いているわね」
「だって。ゼルマが俺を忘れていない証拠だからね」
 またノロケを見せることとなりそうなとき、マティアスお兄様がウルガーの首根っこを捕まえた。
「母上がお待ちだ。桃が変色する。ノロケはタモの宮でしろ」
「マティアスお兄様。ありがとう!」
 抱きつきそうになって慌ててウルガーが腕の中に確保する。
「兄上はエーヴィーだろ?」
「そうね。嬉しかったの。話しかけられて」
「そっか。母上の元に行こう」
「ええ」
 私達はゆったりとした微笑みを浮かべているお母様の元へ向かったのだった。

お母様の元でフルーツを楽しむ。ウルガーは本を読みながらもらってきたブドウをちびりちびりと食べる。そんなウルガーを見ながら私達は桃を食べる。医師の顔をしているウルガーは好き。あのへたれ顔が真剣な眼差しになるその特別な瞬間が大好きだった。じっと見つめる。いつしか桃に手を伸ばすのも忘れていた。
「ゼルマ?」
 ウルガーがいつしか私を見ていた。
「桃の色が変るよ」
「そうね」
 そう言ってまた桃の一切れをとる。イーロが最高の桃をくれたから、今までより、一層美味しかった。
「ウルガーも桃を食べればいいのに」
「俺はゼルマが選んでくれたものでいい」
 本に目を落としつつ、ウルガーが言う。結婚すれば家庭はこんな感じかしら?
「ゼルマ、ほっぺたが落ちてますよ」
 お母様の声にはっと我に返って慌てて桃をかじる。そしてお約束通りに、むせる。その背中をお母様とウルガーが撫でたり叩いたりする。盛大な咳をしたあと。なんとかつっかえは降りた。
「あのストライキもしたゼルマがねぇ」
 ウルガーがぽろ、と言葉を落とす。
「その話しはなしでしょ!」
「別に口止めされた覚えはないけど?」
 お茶目な目をしてウルガーが言う。マティアスお兄様までが私を見ている。
「ストライキって・・・いつなの?」
 エーヴィーが聞き出し始める。私は頭を抱えたくなる。
「姫が二度目に父君の遺骨と戻ってきたときに、絶対婚礼なんてしないって。なーんにも食べなかったんだよね」
「ウルガー! 恥ずかしすぎるからやめて」
「ちょうどいい反撃だからやーめない」
 ウルガーはお茶目な目をして言う。
「それがあっても、今、こうなの?」
 エーヴィーが信じられない、と言った具合に言う。そりゃ、あれだけ痴話げんかやいちゃいちゃしてれば信じられないわよね。
「俺が、心の闇を告白してからゼルマはずっと支えてくれるようになったんだよ」
「心の闇・・・」
 マティアスお兄様もエーヴィーお姉様も考え込む。そして同時に腕をつかむ。
「ゼルマ! 解決して!」
「解決させてくれ!」
 二人同時に頼られても・・・。
「と、言われても、ただ、ウルガーの闇を払える人が来るまで側にいるって言っただけよ。その後はここを出て行かせて、と。そこらの農地で畑耕そうと思ってたから」
「つらいわね。好きな人にはもう好きな人が居着いていたのだから・・・」
 その声に顔を反射的にあげる。
「フローラお姉様」
 フローラお姉様が立っていた。
「だけど、ウルガーはあの時から私を選んでくれたの。レテ姫じゃなくて。レテ姫がいて今のウルガーがいるのだからそれごと好きになろうと思ったの。過去は変えられない。でも未来をよくするために今は変えられる。そう思ったの。だから私はウルガーの所にいるの。一度、元に戻っても」
「元に・・・?」
「もどっても・・・?」
 二人の兄カップルが聞き直す。それを遮るようにお母様がいう。
「最高の桃の味が変りますよ。ゼルマの事を聞きたければまず、自分達の闇を取り払いなさい。二人ならできるでしょう?」
「え」
「あ」
 マティアスお兄様とエーヴィーが真っ赤になっている。
「図星だー」
 私は兄恋人達を見てけらけら笑う。それを温かな目でウルガーとお母様とフローラお姉様が見ていた。
「ほら。ゼルマも食べる」
 ウルガーが桃を口に放り込む。幸せの味が口いっぱいに広がった。

 みんなで仲良くフルーツを食べて、そのまま夕餉に突入した。マティアスお兄様とエーヴィーもお母様の言葉巧みな誘導で巻きまれ、また一回り大きいテーブルが必要になる。ウルガーはアウグストお兄様達と文句を言いながら運んできた。
「大きすぎない?」
「これが最大のものだ。これなら、いくら増えても困らん」
 繊細な手術をする我が手に何かあったらどうするんだ、とでも言わんばかりのウルガー。
「お医者さんは大変ねー」
「冗談じゃないぞ。アイリとクラーラを取り上げたのは俺だ。あの時俺が医者でなかったら最大の危機だぞ」
「落ち着いてああしていい子でいてくれてるじゃないの」
「あの、地獄を見ても言えるか?」
「う」
 思わず、つまる。新生児の世話は本当に大変だった。未婚だとどうしてもその辺の心がわからない。
「なんだ。ゼルマ妃殿下にも苦手な物があったんだな」
「マティアスお兄様! 苦手だなんて・・・」
「ほーら。苦手だ。なのに国母だぞ。がんばれ~」
 ウルガーは調子のっているけれど、子育てを一人でする木は毛頭無い。
「あなたも父親よ。ほったらかしにはしないから。地獄を味わってもらうわ」
 ちろん、とウルガーを見る。
「痴話げんかは後になさい。夕餉が遅れますよ」
「あ。頂きます」
 やっぱり、私が言わないと誰も食べない。いや。例外があった。アイリとクラーラだ。もう離乳食が始まっている。双子のやりたい放題だ。それでもお姉様はにこやかにしている。イライラしないのかしら。
「しても、心にとどめているのですよ。フローラは。なんて素晴らしいんでしょう」
「ゼルマもウルガーもあの二人を見習いなさい。あんな理想的な親はどこを探してもいませんよ。私でもマティアスとウルガーを育てているときはがみがみ怒ってばかりでしたからね」
「お母様が? ガミガミ?」
 穴が開くほど見つめる。
「今でこそ、優雅に暮らしてるけど、俺たちの幼い頃はそりゃおっかない母上だったぞ。なぁ。兄上」
「ああ。怖い母上だった。ゼルマ妃殿下は運がいい。可愛がってもらえている方だからな」
 あの、と私はマティアスお兄様に言う。
「妹になるんですから、いちいち妃殿下などいわなくても・・・」
「ケジメ、だ」
 ケジメ、以外にも感じたことはあるけれど、これはお兄様が乗り越える闇。口出しすまいと、食事する。
「ゼルマは人の心を読むのが本当に上手ですね」
 お母様が言う。
「私ではないです。過去世の人格が読ませているんです。そう言う本を大量に読んでいたようなので」
「そう。でも。ゼルマはゼルマよ。しっかりなさい」
 瀬里を思い出しかけた私の心がとどまる。そう。私はゼルマ。ウルガーの奥さんになるためだけに戻ってきた。もう瀬里の事は忘れよう。次に生きるときは戻っているんだから。ゼルマの人生はゼルマが主人公。瀬里じゃないわ。そう考えていても思考は「主人公」とは・・・。なんて知識がわき上がる。
「お母様、ご馳走さまはお母様に任せます。すこし夜風に当たってきます」
 ろくに食べてもいないアーダの料理を置いて私はタモの宮へ向かった。私の心は二人の私の間で揺れ動いていた。

タモの宮のバルコニーで夜風に髪を遊ばせる。少し冷たい風が心地いい。もう、夏なのに、この当たりではまだ涼しい夜風が吹いていた。
「ゼルマ」
 声の主に驚いて振り向く。ウルガーが追いかけてきたのではなかった。マティアスお兄様が声をかけてきたのだった。
「ウルガーはあの場を納めてもらっている。ゼルマと少し話したいと言えば、簡単に許可がでたよ。不機嫌だったが」
 不機嫌、というところがウルガーらしくてふふ、と笑う。
「俺の闇が見えるのか?」
 単刀直入にマティアスお兄様が聞く。いいえ、と私は首を振る。
「闇の内容を言っていただけないとどんな闇かはわかりません。でも、私は長年、闇に苦しんできたウルガーをずっと見てきました。闇の色、というような気配がわかるだけです。何も出来ません。どんな闇を持っているか話してただけなければ、解決方法を一緒に考える亊も出来ません。私はウルガーに闇ごと好きになる、と言いました。レテ姫との思い出を持って今のウルガーがいます。そのウルガーの心を癒やせる人が来るまで側にいると言っただけです。ウルガーは、私でないとだめなんだ、と言いました。だから一緒にいられるんです。一緒に経験して、一緒に話して。多くのことを共有してきました。私はウルガーを愛しています。出会った頃なんて忘れるぐらい。だからフローラお姉様顔負けのいちゃいちゃができるのです。マティアスお兄様にはエーヴィーがいます。エーヴィーお姉様と闇を共有して下さい。エーヴィーお姉様がマティアスお兄様に癒やしをくれると思います。私には何も出来ません。ウルガーと一緒に共有することぐらいしか。話したければ話して下さい。でもきっと、マティアスお兄様の闇はエーヴィーお姉様が一番解ってくれると思います。一番大切な人を永遠に失った心の痛みはお互いにしかわからないはず。私に何か出来ることがあればします。でも、まずはエーヴィーお姉様とお話をたくさんして下さい。エーヴィーお姉様はマティアスお兄様の大ファンだったそうです。それでフローラお姉様に頼んで連れてきてもらったのです。真からマティアスお兄様を思える人ならお兄様の闇が光になると思って。私の光はウルガーそのもの。あの人がいなければだたの訳あり姫ですわ。お手つき騒動が持ち上がった借金のカタに嫁いできた姫としか」
 私が長い言葉を終えてお兄様を見ると、なんとも言えない笑みを浮かべていた。喜んでいるわけでもない。かといって自虐に陥ってるでもない。ただ、興味深い事を聞いたという感じの笑み。
「ゼルマはお手つき騒動が持ち上がったのか。しかも借金のカタとな。確かに我が宮廷にはぶっ飛んだ姫君だな。そんなぶっ飛んだ姫だからこそ一年もそなたを待てたのだろう。必死に探していたと聞く。その辺は母上が話したがらないのだ。ウルガーが常軌を逸したと誰もが思って廃嫡の危機だったらしいから」
「廃嫡!」
「これはウルガーには内緒だ。本人はそんな話を聞いてもらいたくないだろう」
 ウルガーのお茶目な顔を思い描く。そして医師としての真剣な眼差し。あの必死の目。思い出が飛び交う。あれからそんなに時間は経ってないのに、いろんな事がありすぎた。私は少し疲れているだけだと思ったけれども、予想外にいろいろありすぎて少し心に闇を持っているのを自覚した。これはウルガーでしか溶かせない氷。無性にウルガーに会いたくなった。
 そんな私をくすり、とマティアスお兄様は笑う。
「ウルガーはケヤキの宮に足止めしてある。俺の傷を見るということでな。一緒に戻ろう。本来ならウルガー本人が追いかけたかったのを無理矢理、とどめて俺が来た。戻ろう。家族の元へ」
 お兄様は私の揺れ動く感情を察していた。あえて家族、と言った。その気遣いで十分だった。はい、と頷く。
「支えなくて大丈夫ですか?」
「そんなことさせればウルガーが俺を本気で殺す」
「まさか」
「いや、絶対に一番苦しむ方法で殺しにかかる。そう言うヤツだアイツは」
「ウルガーらしいわ。お父様の毒を調べるときすら躊躇なかったもの」
「ああ。本当の父君は亡くなられたんだったな」
「ええ」
 私達は話しながらケヤキ宮にもどった。

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