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【大人も楽しめる絵本】月夜のとびうお

明るい三日月の輝く夜でした。
とびうおのトビーが海の中から空を見上げると,
黄色い光が静かに揺れていました。
「ゆらゆらしていてきれいだな…。
そうだ,三日月をくわえてきて海に沈めちゃおう」
水の中からは月がとても近くに見えたので,
トビーは水面からジャンプすれば,
かんたんに届くだろうと思いました。
でもやってみると三日月はとても遠くて,
全然届きそうにありません。
それから毎晩,トビーは仲間の魚たちが寝ている間,
ひとりで高くジャンプする練習をしました。
トビーはだんだん高くジャンプできるようになりました。
「あれ,ボクのひれ,長くなってきた!」
驚いたことにひれもだんだん伸びてきて,
そのおかげでトビーは更に高くジャンプできるようになりました。
それでも月には届きません。
月は笑って,いつもトビーの練習を見ていました。
「そうだ,ひれを動かしてみよう。
前,鳥が羽をパタパタしてるのを見たことあるぞ!」
ある晩トビーは,ひれを羽ばたかせる技を思いつきました。
その晩からトビーのひれは羽の役目をするようになり,
ジャンプするだけでなく,
空を飛ぶことができるようになったのです。
「ボクは自由だ。どこにでも飛んで行けるぞ!」
満月の夜,トビーは海を出て空の冒険をしようと思いつきました。
トビーは急いで荷づくりをすると,
海の中を助走するように泳ぎ,勢いよく空に飛び立ちました。
月はそんなトビーをびっくりしながら見ています。
空を飛び続けていると,やがて朝になりました。
初めて飛ぶ明るい空。
そこには太陽や,海の中にはいなかったいろいろな生き物がいました。
みんな立派な羽を持っています。
トビーには新しい友達がたくさんできました。
「キミ,めずらしいかっこうをしているね。どこから来たの?」
みんなが聞きました。
「海の中からだよ」
トビーが答えると,みんなは驚いて次々と質問しました。
「海ってどんなところ?」
「どんな生き物がいるの?」
トビーはみんなに海の話をしてあげました。
なかには意地悪な者もいました。
「おまえ,魚だろう。魚のくせに空なんか飛びやがって! 
生意気なんだよ」
「さっさと海に帰れ!」
そんなひどいことを言われたり,
くちばしでつつかれて,いじめられたりもしました。
それでもトビーは,海に帰ろうとは思いませんでした。
太陽とお話をしたり,
入道雲の中でかくれんぼをしたり,
雲のベッドでお昼寝をしたり…,
虹のすべり台で遊んだり,
飛行機と競争をしたり,
また雨の日は,
雨雲の上からじょうろで雨を降らすのを手伝ったり…。
海の中にいた頃は知らなかったそんな新しい体験が,
楽しくてしょうがなかったのです。
次の三日月の晩,トビーは夢を見ました。
昔,海の中で暮らしていた頃の夢です。
トビーは夢の中で,懐かしい友達にたくさん会いました。
朝が来て,夢から覚めた時,トビーはふと考えました。
「どうしてボクは故郷の海を出て,空で暮らそうと決めたんだっけ?」
トビーは思い出しました。
三日月を取って海に戻るために,
高くジャンプする練習を始めたことを。
そして,やがて飛べるようになったこと。
それから三日月を取ることよりも,
空を飛んで旅をすることの方が
楽しそうだと思うようになったことを…。
今ではトビーは自由に空を飛べるようになって,
もう月にも届きそうです。
それでもトビーは,もう月をくわえて
海に帰ろうとは思いませんでした。
それより月と友達になった方が,
ずっと楽しいだろうと思いました。
「こんばんは。ボク,とびうおのトビーです」
トビーはある晩,月に話しかけてみました。
「知ってるわ」
月はほほえんで答えました。
「ボクを知ってるの?」
「ええ,あなたが海で飛ぶ練習をしていた時から,
ずっと見ていたもの」
トビーは,もしかして自分が月を沈めようとしていたことまで
知っているのではないかと思いました。
「あのね,ボク,あなたを海に…」
「沈めようとして,飛ぶ練習を始めたのよね」
月の言葉に驚いて,トビーはあわてました。
「何もかも知っていたの…?」
「ええ,そして飛べるようになってからは,
どんどん夢が変わっていったこともね」
月はすべてお見通しでした。
トビーは口ごもりました。
「最初はほんのいたずらのつもりだったんだよ。
まさか,こんな風に…」
「夢が変わっていくのは,悪いことではないわ」
月は黄色く輝きながら,やさしくほほえみました。
トビーは少し安心して,今度は月に質問してみました。
「じゃあ,お月さまの夢はなあに?」
「そうね,昔は太陽のように明るい空で輝くことが夢だった。
でも今は,真っ暗な世界に光を届けるこの仕事が好きよ。
それと,いつか海にもぐってみたいとも思っていたわ」
月はそう言うと笑いました。
「それじゃあ,ボクが最初にやろうとしたことじゃない!」
「そうね。実は楽しみにしていたの。
あなたが高く飛べるようになって,
私を海の中に連れて行ってくれることをね。
でもこうしてあなたとお友達になって,
空でおしゃべりできるのも楽しいわ。
私の夢も,その時その時,
出会う人によっても変わってきたってことね」
トビーはそれを聞いて,いつか月を海の中の旅行に
連れて行ってあげようと思いました。
でもその時はくわえて沈めるのではなく,
自分の背中に乗せて飛んで行こうと思いました。
おしまい

©2023 alice hanasaki

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