花言葉は永遠の幸福

カーテンの隙間から溢れた強い日差しに起こされた火曜日の朝。

目が覚めてまず思ったのが「暑い、とにかく暑い…。」

久しぶりにまとまった休みが取れたから、たまには顔を見せようと、実家に帰ってきたはいいものの、クーラーの効きが自分の家よりはるかに悪くて汗だくで目覚めた。

まだ眠い目を擦りながらカーテンを開けると、窓ガラスに触れた指が熱を感じる。ここ最近は窓を開けなくても、夏の気配が室内を漂う。

「今日も暑そう…。」心でそう呟きながらも、空気の入れ替えで仕方なしに窓を開けた。強い日差しに、鼓膜に伝わる蝉時雨。濁流のようになだれ込んでくる夏の風物詩達に一時のお別れを告げて、身体を冷やす為にシャワーを浴びた。

頭から足先にかけて冷水が身体を伝う。その間ずっと目を閉じてた。ドアノブをひねる感触や部屋の香り、シャワーから流れる水の強ささえも、この家で育った私にとっては一つ一つが記憶の引き金になる。最初はお休みの間、実家に帰るかさえ迷っていたけど、身体も心もこの家は癒してくれる。帰ってきてほんとに良かったと心から思った。

母の用意してくれたご飯に舌鼓を打ちながら、たわいもない母との会話。あっという間に時は過ぎさっていく。まるで普段自分の住んでる世界とは、別の時間軸にいるみたいに静かに時は流れ気付けば日は沈み、１日は終わってた。

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目が覚めてまず思った。

「あと１日。今日という１日が終わればいつもの日常に帰らなければならない。あー嫌だー。」

普段は、お昼時なんかに特にこんな暑い季節は散歩をしたいと思わない私だけど、やはり実家にきて心が軽くなったのか家の周りを歩きたくなった。

しばらく歩いてる内に見つけた一軒の花屋。そこには定番のものから珍しいものまで色とりどりの数多くの花があった。他にどんな花があるんだろうと見渡していると、一瞬で目を惹かれたのが青いカーネーション。

深みのかかった青色の花びらを持ち、中心に沿ってより深く黒い色をしていて、「海の底に生えてるんです。」と言われても納得出来てしまうような出で立ちに、人によって感じるものは違うだろうけど、私にはどんな花よりも熱を感じ生命力を感じた。

その青のカーネーションを3本買い、母の喜ぶ顔を思い浮かべながら帰り道を歩いた。

花びらが崩れないようにと両手でそっと持ち、時々空を見上げては花の色と比べてみたりした。空の色よりもうんと深い青色をしているカーネーションを見つめてたあの瞬間、私の周りに温度はなかった気がする…。暑さは全く感じなかった。

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母にあのカーネーションを手渡すと、思ってた以上に喜んでくれた。「どこで買ったの？」「何ていうお花？」と銃弾のようにたくさんの言葉が飛んでくる。昔からそうだった、母は怒ったり興奮したりすると言葉数が多くなる。昔はそれが嫌で話したくたい時期もあったけど、今はもう違う。この家でこうして母と話す時間は自分にとってかけがえなないものだとある時に気付いた。ひたすら話続けながらも、大切に花瓶に移しかえてくれている後ろ姿をみていると、今日あの花を買ってきて良かったと心から思えた。

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次の日の朝、「また帰ってきなさいよ。」と言われて「すぐ帰るから。」とだけ告げて家を出た。

昔はその言葉を口から出す時、感情なんか入ってなかった。親子とはいえ、せめてもの社交辞令のような感じで「すぐ帰るから。」と言ってた。今は「帰ってきたい。」と思える。実家でしか味わえない安心感や安らぎが社会の波にのまれかけて出来た心のわだかまりを解きほぐしてくれる。ずっとその場所はあったはずなのに、見えなかったのか見ないようにしてたのか、どちらにせよ気付かなかった。今は「帰りたい。」とちゃんと思える。時間はかかったけど、それに気付けてほんとに良かった。

自宅への帰り際、新幹線での退屈な時間を持て余して仲のいい友人とLINEしていた。

その友人は花に詳しく、今回帰省した際にすごく綺麗な青のカーネーションを見付けてとても感動したことをLINEで送ると、「お母さんにあげたならびったりじゃん。」と返信がきたので「それなら良かった！」と返した。

そうすると「その花の花言葉は『永遠の幸福』だから！」と返事がきて少しの間、時が止まった。

自分が惹かれなんとなく選んだ花にそんな素晴らしい花言葉があったなんてと思い、驚いたと同時にすごく嬉しくなった。

その花にどんな効果があって、花言葉の真偽とかそんなことはどうでも良くて、ただ自分の選んだ花の持つ言葉が母への気持ちと重なったことが何よりも嬉しかった。

離れて暮らし、普段はLINEを通して会話することくらいしかない自分には、出来ることは少ないから、幸せを願うことくらいしか出来ないから、『永遠の幸福』という花言葉を持つあの花をまた買って帰ろうと思った。