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初めて裁判を傍聴した話

ちょっと前だが、8月某日の話。

猛暑のこの日、私は額から吹き出す汗をふきつつ東京高等裁判所へ向かった。

日本の司法が正常に機能しているかを偵察するという極秘個人プロジェクトのためである。

ただの野次馬根性だという声がどこからか聞こえてきそうだが、あえて否定はしないでおこう。

これが記念すべき、初めての裁判傍聴だ。

霞が関駅の出口からすぐの場所に東京高等裁判所はある。数々の極悪犯罪者たちを裁き、死刑判決を言い渡してきた場所、、、。

・・・にしては、入り口の金属探知機のゲートをくぐるだけという拍子抜けなセキュリティで、ここが人の一生を決める場所なのか?と半信半疑になってしまった。

さて、ここから何をどうすれば裁判がみられるのか皆目見当がつかない。

が、そんな裁判傍聴初心者の人もご安心を。ロビーには何台かのタブレット端末が設置されており、本日行われる裁判が検索できるようになっているのだ。

さっそくタブレットをのぞき込む。麻薬、わいせつ、傷害、殺人未遂、強姦といった文字が目に飛び込む。・・・周囲の人は熱心そうにメモを取ったり、必死で検索していたりして、「あれ?場違いかな?」と気まずさを感じた私は、ひとまず裁判が行われているフロアの情報だけを入手し、そそくさと立ち去った。

4階にたどり着いたものの人影はほとんどなく、本当にこんなところで裁判が行われているのだろうかと疑わしくなってきた。

両側に部屋が多くあり、それぞれの部屋の外の壁に本日の裁判予定を書いた紙が貼ってあった。

それによるとあと30分くらいで裁判が始まる予定であったが、なにしろ人影がないので部屋に勝手に入っていいんだか、外にいたほうがいいんだか全くわからず右往左往した。

近くに駅の休憩所みたいな感じの待機所らしき部屋があったのでそこに座り様子を見ることにした。

しばらくすると、大学生くらいの若い男性が入ってきて私の向かい側に座った。リラックスした様子でスマホゲームを始めたので、相当の裁判傍聴経験者であることが伺えた。

裁判開始予定時刻の10分前になったころ、すこし廊下が騒がしくなったと思ったら、ぞろぞろと人が歩いてくるのが見え、先頭を歩く男が裁判部屋の扉を開いた。私の前の若い男もすっと立ち、部屋に向かった。よし、私も行こう。

部屋に入ると、そこにはテレビのニュースで見慣れた裁判所の光景があった。両脇に弁護団、検察の席が向かい合うようにして並べられ、真ん中には被告人の証言台、そして正面の数段高い場所に裁判官の席が設置されていた。でも、キムタクの「HERO」で見ていたような、木造で伝統を感じさせるような重厚な感じはなく、割とビジネスライクな雰囲気というか、ただの会議室に、裁判所風に机を置きました、みたいな印象を受けて、こんなさっぱりとした場所で人が裁かれるのかなと肩すかしを食らった気分だ。

傍聴席は2列、それぞれ10席程度と非常に狭かった。私は前列の真ん中の席に陣取った。

ふと、傍聴席の端のほうに陣取る車いすにのった男性が目に留まった。付き添いの男性とこそこそと会話を交わしている。もしやこの男性は、被害者...?そう思い始めると、野次馬根性でここに来てしまったことに急に罪悪感を感じ始めた。私は加害者の顔が見たくて、それだけの興味できてしまったが、被害者が必ず存在している、そのことを忘れてはならなかった。

しばらく静かにまっていると、法廷の奥の扉が開き、屈強な警察官2人と、彼らにつれられた若い男が入ってきた。男は若く、やつれていたものの20代前半に見えた。肩くらいまでのロン毛で、「DETH NOTE」のLみたいな猫背。いかにも、である。手錠をされ、腰に綱をまかれ警官に引っ張られて入廷した姿は、そのような姿の人間をみるのは人生で初めてであったこともあり、衝撃的で唾を飲み込んだ。

男は警官に引っ張られるがまま、被告人席へ静かに腰を下ろした。男はうつむき疲れた表情で床を見つめるも、両手は固く握りしめられていた。指の爪は異様に長く伸びていて、不気味さを漂わせた。

私は、車いすの男に目をやった。真剣なまなざしで法廷を見つめている。彼はどんな思いでこの裁判を見守るのだろうか。

考えあぐねていると、裁判官席の手前に座っていた男性が「ご起立ください」と呼びかけたので、私は訳も分からず立ち上がった。いよいよかと緊張感が増す。カタッ、と法廷正面の扉が開き、裁判官が入廷してきた。

出てきたのは、黒いガウンで身を包んだ小柄な女性裁判長だった。

裁判長は席に座り、ドサッと手に持ったファイルを置いた。そして被告人を裁判官の正面の証言台へ立つように指示した。いきなり始まった!

男は俯いたままのっそりと立ち上がると、指示された通り証言台に立った。

「判決を言い渡します」

裁判長の声は、見た目に反して低かった。

「主文...」

ピン、と張り詰める法廷....

「被告人を懲役2年に処する」

判決が言い渡された後も、被告人は微動だにしなかった。

そして事件の詳細が詳しく語られた.....。

「被告人は〇月〇日の〇〇〇(某牛丼チェーン店)であたかも支払えるようなそぶりを見せつつ牛丼定食を注文し、食した。店員が支払いを求めると財布の中身をみせ、「これしかないんだよ」と支払い能力がないということを示した。店員が咎めるも、被告人は店を出て逃げ出したため、店員は警察に通報した。」

ほう、、、無銭飲食、、、

っっっって・・・・無銭飲食!?

えええ!この風貌で!?

見た目と罪の高低差ありすぎて耳キーンなるわっ!
フット後藤風に突っ込みたくなるほどの予想外の判決だ。

え、じゃあ傍聴席に座っているあの車いすの男性は何者なのだ?!

そんで、無銭飲食で懲役2年って正気か日本の司法!

私の混乱を知る由もなく、被告人は相変わらずの猫背であった。

その後もいくつか裁判を傍聴した。
そのうちのいくつかで、あの車椅子男と鉢合わせをした。どうやら彼も私と同類であったようだ。

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