人は簡単に消えるけど、それを責めることはできない

人は、何の前触れもなく突如として簡単に姿を消す。

職場で仲良くなった女の子がいた。初めて会話したときから彼女とは気が合うと思ったし、絶対仲良くなれると思った。こういうのはめったに無い。彼女は福島から東京に来たばかりだった。友達もおらず寂しいと言っていたので、じゃあ一緒に遊びに行こうよ、と言ったことがきっかけでちょくちょく遊ぶようになった。私も久しぶりに気軽に誘える友達が出来たと思ってうれしかった。

今年の春、私が仕事現場を異動することになり、職場で飲み会が開かれた。夜遅くまで飲んで終電がなくなったので同僚数人とカラオケへ行った。彼女は酔っぱらって、普段は静かな彼女も、髪を振り乱しながら椎名林檎を熱唱していた。

私も酔っ払い、ゲラゲラ笑いながら熱唱した。


私は現場を去り、彼女と毎日顔を合わせることはなくなった。

数週間後、また遊びたいなぁと思って彼女のLINEを探した。

が、見つからない。

よくよく見てみると、”メンバーがいません”と書かれたチャットがありそれが彼女のものだった。メッセージすら送れなくなっていた。

以前の現場の同僚に聞いてみると、彼女は会社を辞め、地元に戻ったと言う。

悲しかった。仲良くなれたと思っていたから、せめて一言何か言ってくれると思っていた。

彼女が地元に帰った理由は、東京に出てきて孤独だったからだと思う。ずっと寂しいと言っていたから。それにしてもLINEのアカウントまで消すって、なにかあったのだろうか。

そこまで悩んでいたなら、相談とかしてくれるんじゃないかと思った。それはうぬぼれだったのだろうか。仲良くなったと思っていたのは私だけだったのか。

こういう場合、「なにも言わずに居なくなるなんてひどいじゃん!」と彼女を責めれば良いのだろうか。

でも、私にはそれが出来ない。

なぜなら、彼女の、そういう人間関係に淡白な部分に私は惹かれたのだから。彼女らしいと思った。皮肉だけれど。

私が彼女と仲良くなれそうだと感じたのも、自分と近い雰囲気を感じたからだと思う。他人に心を開けず、ある程度の距離感を保った人間関係を気付いていく。彼女はあまり人と目を合わさなかった。いつもうつ向いている感じで会話をしていた。そういった部分から、他人との関わりが苦手なのかもしれない、と薄々思っていた。そしてそれはまるで、自分自身を見ているかのようだった。

自分に必要ないと思ったら連絡をたつ。既読無視する。簡単にブロックする。簡単に築けたつながりなんて、簡単に壊せる。つながっているのは本当に心から信頼できる人だけで良い。そういう人とは、日本のどこにいても世界のどこにいても、たとえこれから先一生会うことが無くても、つながっていたいと思う。でも、それ以外は要らない。

もう少し時間があれば、私も彼女の「心から信頼できる人」になれていたかもしれない。いや、それは時間の問題なんかではなく直感的なものかもしれない。私はその直感的なものを彼女に感じて、友達になれる!と思ったけれど、彼女にはそうではなかったようだ。

彼女には彼女なりに思うところがあって、人間関係を一掃したくてLINEのアカウントを消したのだろう。

そういえば、私もかつて「Facebookの繋がりなんて虚像だ!!!」と思って衝動的にFacebookのアカウントを消したのだった。Facebookの連絡先の中には好きだった友人も含まれていたけれど、全て消した。彼らのことを嫌いになったわけではなく、彼らとSNS上でつながっている意味を見い出せなかった。意味のない関係を心に支えに生きるのは惨めだと思った。(そもそも人間関係に意味を見出そうとすることからして間違っているかもしれないけれど。)正直、今でも、あの消えた友達リストの中にはもう一度会いたいと思う人もいるけれど、お互いに必要で会いたいと思ったらいつか絶対に会えると思っている。そんなことが実際に起きたら奇跡だし、奇跡が起きると信じる自分もロマンチスト過ぎだと思う。でも、他人と他人とが真の繋がりを築くということは、奇跡的なことなんだと思う。



あの泥酔した夜のことをあまり覚えていない。

夜が明けて、カラオケ店を出て、明るみ始めた新宿の街をとぼとぼと駅に向かって一緒に歩いた。そこで私たちは「おつかれさま。またね。」とおざなりな挨拶をして別れたのだった。でも、その「また」はもう一生来ない。

ひとりになって私は、早く帰って寝たい、とぼんやりと駅のホームを眺めていた。そのとき彼女はもしかしたら、地元に帰ろう、と決意を固めていたのかもしれない。そんなことは、その時の私には考えも及ばなかった。


人は姿を消す。何の前触れもなく突如として。

でもそれは誰にも責めることはできない。

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