最近の記事

スパイラルホール モチロンプロデュース『ボクの穴、彼の穴。W』

窪塚愛流、19歳。初舞台だ。上手からのライトを浴び、カーキ色のつなぎを着て、舞台奥から怖そうに、小さく一歩ずつ歩いてくる姿を見て、(おっ)と思う。場の空気が躰に通っている。最初からこんなことできる人珍しい。稀。「そこに居る」。これまでの映像での体験か、それとも初舞台がそれほど怖かったのか。いいよ。でも残念、台詞をしゃべりだすとしゃがれていて不明瞭だ。こんなことは後からいくらでも取り返しがつく。だが、チケット6500円のたった今、今日はだめだ。  痩せて胸の薄いこの兵隊は、たっ

    • 東京芸術劇場プレイハウス 東京芸術劇場Presents木ノ下歌舞伎 『三人吉三廓初買』

       武骨でシャープな黒い鉄骨造りの舞台の中央に、これもシャープな赤い鳥居が組まれている。舞台の前方中央に立札があり、「TOKYO」とかかれている。最初、なかなか始まらない。照明が落ちない。客席が照らされ、(ここ、TOKYOだよ)と観客に言うのだ。大事じゃないかここ?  5時間半の芝居のうち、半分以上を使って、「積もっていく因果」が語られる。お坊吉三(須賀健太)は、名刀庚申丸を紛失して家を潰された安森家の息子で、和尚吉三(田中俊介)は庚申丸を奪った伝吉(川平慈英)の息子だ。お嬢吉

      • 世田谷パブリックシアター 『What If If Only もしも もしせめて』『A Number 数』

        「とりかえしがつく」「とりかえしがつかない」。  どれだけ可能性があったとしても、起きたことは一つだけ、そして一回だけだ。『What If If Only』の某氏(大東駿介)は、大事な愛する人を亡くした。「とりかえしがつかない」。彼は喪った人を嘆き、悲しみのあまり、虚空に向かって話しかける。そこへ突然、「未来」(浅野和之)があらわれる。未来は無数の可変の可能性となって某氏を責め立て、次には現在(浅野和之二役)が「起きたこと」となって現れる。このさ、未来のほうの衣装が素晴らしい

        • 新宿シアタートップス 劇壇ガルバ第6回公演 『ミネムラさん』

          すやり霞。絵巻物とか黄表紙とか、和物の絵の中で、複数の場面を同じ画の中でかき分けるとき、このもくもくした霞の絵を使う。  この芝居、三人の共作だけど、もくもく、もやもやした霞でうまくつながっている。もくもくは「ねむり」かもしれず、かすかに「死」も匂う。世界はどちらとも言い難いもやもやの中で進行する。  幕が開くと刑事たちが一心不乱にオイシ(大石継太)の部屋を捜索している。物を探しているのではなく、人を探しているのだとオイシは力説するが、会話は不条理で、なかなか前に進まない。こ

        スパイラルホール モチロンプロデュース『ボクの穴、彼の穴。W』

        • 東京芸術劇場プレイハウス 東京芸術劇場Presents木ノ下歌舞伎 『三人吉三廓初買』

        • 世田谷パブリックシアター 『What If If Only もしも もしせめて』『A Number 数』

        • 新宿シアタートップス 劇壇ガルバ第6回公演 『ミネムラさん』

          出光美術館 『物、ものを呼ぶ ~伴大納言絵巻から若冲へ~』

          入り口を入って左手を何気なく見ると、そこには青い地から飛び出さんばかりの勢いで動物たちが描かれている。『鳥獣花木図屏風』、伊藤若冲。一辺が一センチほどの小さな升目に分かたれた画面は、ひと升ひと升細かく塗られている。升目は全部が均等で、等量だ。そして「分けられている」というそのこと自体でつながっている。分ける=全体という、とても織物などから発想したとは思えない、若冲の曼陀羅のような絵であると感じた。と同時に、小さく分けられたヒトマスに、世の中の格子に押し込められた若冲の魂と人生

          出光美術館 『物、ものを呼ぶ ~伴大納言絵巻から若冲へ~』

          Blue Note TOKYO キャンディ・ダルファー 『WE FUNK HARDER TOUR IN JAPAN 2024』

           オランダ、アムステルダム生まれ。サックス奏者。父のハンス・ダルファーも同じくサックス奏者である。14歳でバンド『Funky Stuff』を始めた。マドンナやプリンスのバックバンドで演奏した。89年に映画のサントラの曲、『Lily Was Here』が大ヒットし、翌年ファーストアルバムを出す。『サクシュアリティ』。2022年『We Never Stop』。 これ、全部全く知らないまま、ブルーノートでしゅわしゅわする水を飲んで開演を待っていた。家の居間で、彼女の曲をほんのちょ

          Blue Note TOKYO キャンディ・ダルファー 『WE FUNK HARDER TOUR IN JAPAN 2024』

          浅草公会堂 『神谷町小歌舞伎』(第一回)

          幕が上がると二双の金屏風の前に中村橋之助が平伏している。橋之助はきりっとした声でこの興行がかなったことのお礼を言い、3年前のコロナ下に、「神谷町小歌舞伎」の構想が立ち上がったことを述べる。一か所言いそこなったけど、左右をきっとみて、お辞儀をすると降るような拍手。拍手の音がきれい。3階席でも舞台が近い。いいね!浅草公会堂、好きになったよ。  中村芝歌蔵と中村橋三郎が、次の幕の拵えをしなければならない橋之助に代わって、ここにはイヤホンガイドもありませんからと、今日の演目を簡単に

          浅草公会堂 『神谷町小歌舞伎』(第一回)

          浅草公会堂 『第二回 神谷町小歌舞伎』

          『双蝶々曲輪日記』の角力場の冒頭、角力小屋へ木戸銭を払った人たちが、どんどん入っていくのが面白い。ほとんどシュール。あの小さい小屋へあんなに人が入る。板付きの人々もなんかスピーディだし、そして、なんといっても、相撲を取るところを、ちっとも見せないのがかっこいい。  最初の「ごあいさつ」をきりりと福之助がやり、突然マイクを持ち出してのあらすじの説明はつかえもせず流暢なのだが、ここで福之助の「現在地」がぽろっとこぼれる。ぜんぜんまちがえないし、台詞もちゃんとおなかに落ちているが、

          浅草公会堂 『第二回 神谷町小歌舞伎』

          国立文楽劇場(大阪) 尾上右近自主公演 『第八回 研の會』

          異色の自己犠牲(白水社カブキ・オン・ステージの裏表紙の惹句)。はじめもおわりもわからない、ほどけぬ糸玉のような『摂州合邦辻』に、ちょっとヒントだ。  玉手御前(尾上右近)は継子俊徳丸(中村橋之助)に恋を仕掛けるが、実はその邪恋は俊徳をたすける方便で、玉手の生き血を鮑の盃で飲んだ俊徳は、病が癒えるのだ。どんな女も継子が苦手なものだが、玉手はそこを超越している。よい意味で、「世の常識」「世の習い」に反する。  尾上右近の玉手御前は、二十歳になるやならずの若い娘だ。「母(かゝ)

          国立文楽劇場(大阪) 尾上右近自主公演 『第八回 研の會』

          浅草公会堂 尾上右近 自主公演 第七回 『研の會』

          「雷門の先、二つ目の通りを右折、」観光人力車のお兄さんに教えてもらって角を曲がる。ぎらりと白く道が光り、暑いぜあさくさ。浅草公会堂の今日は、尾上右近の自主公演第七回『研の會』だ。  演目は『夏祭浪花鑑』と『京鹿子娘道成寺』となっている。門外漢のわたしも、この二つがすんごい大きな作品で、どっちか一つでもとっても大変なんだと何となく知っている。アナウンスで右近が簡単に筋を説明し、ちゃりりと花道の開く音がして、釣船三婦(中村鴈治郎)と、団七九郎兵衛(尾上右近)の女房お梶(中村米吉

          浅草公会堂 尾上右近 自主公演 第七回 『研の會』

          新宿ピカデリー 『ポライト・ソサエティ』

          I am the Fury!(私は怒りの権化) と叫んでカンフーの練習をする高校生の少女リア(プリヤ・カンサラ)を見ていると、赤がFury、怒りの色であることにすぐ気づく。制服のシャツの赤(ポピーレッド)、リュックサックの赤。絵を描くことに挫折したリアの姉リーナ(リトゥ・アリヤ)は、鬱っぽく、自暴自棄で無気力で、なかなか起き上がれない。冒頭のリーナの黒い服に入るラインは水色で、姉妹二人合わせてこれが少女の両面であることがわかる。赤と水色、リアは世界への反発心でいっぱいだが、

          新宿ピカデリー 『ポライト・ソサエティ』

          PARCO PRODUCE 2024 『ワタシタチはモノガタリ』

           この企画、PARCOの人が立てたものでは?なんかちょっと、安易な感じがする。とくに粗筋。それに乗って横山拓也は「劇場に合わせた」作劇をするのだが、筆に戸惑いがある。 現実世界の幼馴染徳人(松尾諭)と富子(江口のり子)のやりとりは調子よく、たくさん笑いが起きていた。ただ、いかんせん富子の20万フォロワーを持つケータイ小説が、全く面白そうでない。小説の中のミコ(松岡茉優)とリヒト(千葉雄大)も、窮屈そうだ。そんな約束をした経験のある松岡には悪いが、「30歳になって、どちらも独身

          PARCO PRODUCE 2024 『ワタシタチはモノガタリ』

          東京芸術劇場プレイハウス NODA・MAP第27回公演『正三角関係』

          ロシアの物語を籍(か)り、アメリカが疑いなく信じている物語を、敗戦し占領された私たちが物語り返す。世界に流布している物語に冷水を浴びせる。父兵頭(竹中直人)、長男富太郎(松本潤)を翻弄するグルーシェニカ(長澤まさみ)が実在でないならば、その三角関係は、ある意味架空の尊くもある三角かもしれない。富太郎、威蕃(永山瑛太)、在良(長澤まさみ二役)の三兄弟と、父兵頭から成る小さな家庭で殺人が起こるほどの憎しみが生まれるならば、なぜ世界を破滅させられる戦争が起きるのだろうと問うことがむ

          東京芸術劇場プレイハウス NODA・MAP第27回公演『正三角関係』

          紀伊國屋ホール開場60周年記念公演KOKAMI@network vol.20『朝日のような夕日をつれて』

          思えば『ゴドーを待ちながら』とは、一種の座敷牢ではなかったか。待つことは人をある場所に留めつける。「じきにゴドーさんが来る。」その言葉を信じてウラジミールとエストラゴンはそこに居続ける。言葉を変えると、出られない。ただ待つ、待つことは無為であり、無為でない。家族によって、または政敵によって仕組まれる座敷牢だけど、ここでははるかに深い意味を持つ。果たして救済はあるのか。  80年代の鴻上は、停滞していてしかも明るいことがよしとされた時代に、同世代の私たちに向かって、とても大き

          紀伊國屋ホール開場60周年記念公演KOKAMI@network vol.20『朝日のような夕日をつれて』

          サントリーホール 大ホール 『The Reunion』

          ちょっとテンポが遅いなと思うオケのThe Reunion Overtureから、ラミン・カリムルーとブラドレー・ジェイデンのMan Of La Manchaへ。えー?声も演奏もぜんぜん絡んでないよと客席で手に汗握るのもつかの間、ゆっくり全体の調子は上向いてゆく。  日本のミュージカルと英米のミュージカルについて、とりわけ新妻聖子について考えながら、今日は客席に座っていた。新妻聖子。すばらしい。賢い。位置取りが自在だ。Love & Peaceという、城田優が東北の震災時に小さ

          サントリーホール 大ホール 『The Reunion』

          東京芸術劇場 シアターイースト イキウメ 『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』

          ひそひそと衣擦れの音がして、すり足の夢幻の人々が、まるで「橋がかり」を渡ってくるように、小さな白洲の周りの廊下を正しく回る。白洲には、上手に紅梅の小さな古木と、下手に三つ石を積んだ塚(左右に榊が供えてある)があり、紅梅よりも真ん中よりの、天からやっぱりひそひそと砂が一条こぼれる。  このセットがとてもなんか、小泉八雲風でいい。小泉八雲から見た日本が、凝縮されている。塚の無名性、そして、その名もない塚を守る名もない人々への愛かな。衣ずれの音がとてもいいのに、音楽でかき消され残

          東京芸術劇場 シアターイースト イキウメ 『奇ッ怪 小泉八雲から聞いた話』