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刻一刻と変わる、月を見ていた

刻一刻と変わる、月を見ていた。

両親に教えてもらうではなく、学校の先生に教えてもらうでもなく、ただ幼い頃から無条件に絶対的に「美しいもの」として存在している月のことを、うらやましいと思った。

無条件で絶対的なものほど怖いものはないとは思うけれど、それでもやっぱり無条件で絶対的なものとして存在する月のことを、うらやましいと思った。

誰かに愛しさを感じさせ、また誰かには切なさを感じさせる月のことを、うらやましいと思った。5分前には赤かったのに、今はもう白く光っていて、その気分屋なところさえも人々の心を惹きつける月のことを、うらやましいと思った。


ただその気分屋な一面が人々の心を惹きつけるのは、ふだん月が変わることなくずっと夜を照らしてくれているからで、ふだん月が変わらずに一定の周期を繰り返してくれているからで。

日々の安定があるからこそ、たまに起きる変化で人の心を惹きつけることができるというのは、月も人と似たようなものなんだな、と思った。

ある夕方 お月様がポケットの中へ自分を入れて歩いていた 坂道で靴のひもがとけた 結ぼうとしてうつ向くと ポケットからお月様がころがり出て 俄(にわか)雨にぬれたアスファルトの上をころころころころとどこまでもころがって行った

お月様は追っかけたが お月様は加速度でころんでゆくので お月様とお月様との感覚が次第に遠くなった こうしてお月様はズーと下方の青い靄(もや)の中へ自分を見失ってしまった

稲垣足穂『一千一秒物語』の中の「ポケットの中の月」より


誰かにとっての月のような人でありたい、と、なんとなく思う。誰かひとりでもいいから、私のことを月みたいな人だと言ってくれる人がいたら、それはそれは素敵な人生なんじゃないかな、と思う。

皆既月食の夜なので、マームとジプシーを見たあとなので、感傷的になるのは仕方ないよなあと思います。

ありがとうございます。ちょっと疲れた日にちょっといいビールを買おうと思います。