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婦人科医のシズ先生

「ではプローブで見てみます。腹を出してください」

 診察台で横になっている茶髪少年は複雑な顔で患者服をたくし上げた。シズは腹筋の線が程良く浮かんでいる下腹部にゲルを塗りたくった。

「ッ……!」
「冷たいけど我慢してくださいね。これはただの治療行為よ、余計なこと考えず……」
「分かってますよッ!」

 荒っぽく言い返した少年。無理もない。こんな年齢、しかも男なのに婦人科に来ている、もしこのことがクラスメイトや友人に知られたら、どんな仕打ちが待っているか想像もつくだろう。

「では失礼しますね」

 プローブを少年の腹部に当てるとプローブと直結するモニターに超音波スキャン画像が映った。

「これ見てください」シズは画面にある百円玉ぐらいの物体を指した。「これが尻子玉です。懐妊してますね、河童の仔が」

 河童、古来より妖怪として恐れられた水辺に棲む甲羅を背負った亜人生物。20世紀の遺伝子研究によってその実体は進化した爬虫類だと判明した。絶滅しかけた河童は保護団体のロビー活動によってワシントン条約の保護対象に入り、人間と距離を保ちながら日本で生き続けている。しかしそれを快くないと思う人間もまた大勢いた。理由はその脅威的な生態にある。卵生である河童は自分で抱卵せず、受精卵を他の動物の体内に預けて托卵を行う。托卵の対象は雌雄問わず、河童が前肢で対象の体内に侵入し、卵を直腸や子宮に設置する。受精卵は宿主の体内で約六ヶ月かけて孵化し、宿主から離れて自力で生活する。

 まあ、簡単に言えば彼は河童にファックされたってことさ。

「ショックでしょうね。でも大丈夫、河童は人間ではないので法律と道徳上の責任もない。問題なく中絶を行えます。できれば早くした方がいいですね。ご両親にも連絡を」

「先生……俺はっ」少年は突然嗚咽しだした。「俺はこの子、産みたいっ!ナルミと約束したんです!」

 シズは眉根を寄せた。合意の上だと?

(つづく)

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