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【海外大学院留学】周りに日本人がいても堂々と英語を話せますか?

こんにちはアメリカの大学院でコンピュータサイエンスを専攻しているようすけです。

現在は1セミスター休学し、マルタにてブロックチェーンPJに従事しております。

今回は留学中に感じたことから、こんな方向けに記事を書きます。

・英語力を生かして仕事に結びつけたい方

・英語学習に伸び悩みを感じていたり、日常会話レベルに飽きてしまった方

休憩中にも読めるように、具体的な場面や例を交えつつ、端的にまとめましたので是非最後まで読んでいただけると!

周りに日本人がいても堂々と英語を話せますか?

筆者が言いたいことは「完璧な英語を話せるか」を問いているのではなく、周りの同じ日本人が自分の英語を聞いている際に、つまずいたり、流暢に言葉が出てこない場面でも「毅然とした態度で英語を話せているか」です。

大抵の方は何かしら恥ずかしさ、恐怖心を抱えるのではないかと思います。

筆者のクラスメイトである中国人留学生たちを例にあげます。

彼らは筆者がいる場面での会話、教授がいる場面での日常会話は、周りに何人同じ中国人がいようと、自分の英語がうまかろうが下手だろうが必ず英語で堂々と話します

仲のいいクラスメイトに中国人の英語のことを色々聞いてみたのですが、「中国の英語教育の過程では中学時代から、世界にはいろんなアクセントがあって『発音や流暢さよりも何を伝えるか、コミュニケーションの手段として考えるほうが大事だ』ということを教わる。」と言っていました。

このようにして英語というものを捉えているので、日常会話で一人でも僕みたいに中国語がわからない人が集団にいると彼らは一切中国語を話しません。

日本社会で英語を使って仕事をするということ

ホリエモンとカルロス・ゴーンとの対談にて、堀江さんはものすごく堂々とした態度で英語を話していました。わからない英語を日本人スタッフに聞くなんて場面もありましたね。

あの対談に対して、有識者の方々や日本人留学生が「あんなの英語ではない」などとコメントしていましたが、こういった風潮が日本人の英語力を妨げていると思います。

つまりきれいな英語以外は英語ではないという主張でしょう。もちろん英語を流暢に話せるようになるまで、並大抵の努力では到達しないのは筆者も身にしみて共感できます。

ただ他人の英語力に対して求められていない意見をどうこう言う時点で、マウントをとって優越感に浸りたい残念な方です。自分の人生に集中できていないか満足できていないんでしょうね。

ですがこれから日本社会で英語を使って仕事をしていくということは、こういった圧力が少なからず存在する中で英語を話さなければならないということです。

同時にこれは日本教育の弊害であると捉えていて、残念ながら日本の教育課程で、世界のさまざまなアクセントや訛り、独特な表現を通して英語を手段という視点から捉えるような場面はほぼありません。

きれいなアメリカ英語を文法通り当てはめて、暗記した前置詞を日付と時刻の前につければ「あなたは英語ができる」。そんな教育です。

ここまでグローバル化した世界で、そんなに高度な英語必要ありますかね?

それよりもこういった日本人の独特な圧力や空気がある中でも、堂々と英語を話し、相手に伝えるマインドのほうが、外資系などの仕事で求められる英語力なのではないでしょうか。

2チャンネルを創設されたひろゆきさんが「英語を話すときの恐怖心の壁」と例える感覚に近いかもしれませんが、間違いなくクラスメイトの中国人はこういった壁は中学時代に乗り越えて「英語を手段」として使ってきた経緯があります。なので僕が出会った中国人はみんな英語がものすごくうまいです。

せっかく英語を勉強しているのであれば、具体的に自分が英語を使っている場面を考えてみると、改めて必要な能力が見えてくるのではないでしょうか?

ではまた!

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アメリカ大学院留学生。CS専攻。SDGs目標達成へブロックチェーンを活用した21世紀型教育プラットフォーム「C-Lab」の学生研究員。2020年学内TEDtalker。留学生活、英語、留学、CS、ブロックチェーンの学びについて発信。TOEIC990、TOEFL102、GPA4.0
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