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危険で安全なラーメン食べたい

ラーメン一蘭という豚骨ラーメンのお店で女性をよく見かける。他のラーメン屋さんではあまり見かけないので、これは一蘭の「仕切り」が奏功なのだろう。ラーメン一蘭というお店では隣の椅子を仕切りで区切ることができ、仕切りを外せば友達とも食べられる。

とはいっても仕切りの有無は机の上だけなのだが、店曰く「集中」して食べられるという仕掛けは、むしろ「安心」とか「安全」に近い感覚を与えてくれる。店員も慇懃で大変好感が持てるし、ラーメンも別にまずくはない(が、値段のわりに少なくて微妙だとは思う)

一般的に女性はあまりラーメンを食べないものと思われている。たしかに油分が多く、高カロリーで胸焼けしそうなチャーシューがのり、栄養バランスなど一㍉も考えてなさそうな食品をガツガツと食べるのはどことなく「女性らしくない」ように見える(そういう通念があるということだ)。ファッション誌などでも稀にラーメン特集が組まれるが、その時の売り文句は「危険」な「誘惑」だったりする。ラーメン食べたいというユニバーサルであらがいがたい気持ちは、太って肌が荒れる危険と、また後述する比較競争関係に晒される危険の二種によって妨げられてしまうのだろう。

『ラーメン大好き小泉さん』というマンガがある。女性のラーメン野郎である小泉さんが友達と…………というか一人でひたすらあちこちのラーメンを食べるだけの話なのだが、その食べ方にはどこか違和感がある。ラーメンが好きで好きでたまらないからラーメンを食べている、というのはわかるが、ラーメンを食べるという感覚にはどこか比較競争関係が働くような気がしてならない。なお実写ドラマでは元モモクロの早見あかりが早口のラーメンおたくを演じていて大変愉快であった。

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これもまたアニメで申し訳ないが『かぐや様は告らせたい』に出てくる天然ぼけの美少女である藤原千花がラーメン四天王と遭遇する、『かぐや様』にしては珍しいモブ視点の回がある。ここでラーメン道を究めた四天王が「女性ならばこの食べ方に耐えれないはず」という独自の評価基準から千花の食べ方を評価し、その圧倒的なラーメン食技術に感動する下りがあるのだが、ここでの「ラーメンを食べる」という行為は食:対:人ではなく人:対:人の関係性における競争なのであった。

 この比較競争関係は別段ラーメンにかかわらず、曰く激辛(辛ければ辛いほどよく、その頂点は皮膚に触ると火傷するほどであるという)、あるいは大食い(大量に食べられれば食べられるほどよく、曰くその頂点は食事というよりも清掃であるという)、ほかには料理(曰く旨ければ旨いほどよい)に至るまで、食事のあらゆる側面に存在している。

そんな面倒くさいラーメン競争は店側にも心構えとして準備されている。たいそうなラーメン屋の〈掟〉の数々もそうなら、たとえばアレア立川のラーメンスクエア、あるいは新横浜のラーメン博物館では競争や大賞やグランプリが年中開かれ、しかし名物メニューは変わらないはずだし、それぞれのラーメンは質であるより配置関係なはずなので。順位など順不同でよいのではないかと思いつつも、グランプリの座を賭けて日々あつい戦いが繰り広げられ、グランプリの有無を廻ってラーメンを食べる人々もラーメン屋のクオリティに目を光らせるのだ

かたやラーメン評論も進化を続け、もう用例をだすのも面倒なのでやめておくけれども、ラーメンの描写におけるそれは分析というよりも、三躰詩、ソネットか、叙情詩か、ときにそれは長大な一大叙事詩となってラーメンの言語を哲学の領域にまで押し上げる。その努力を他にまわせば優に『文学界』のポストモダン小説ぐらい書けそうな気がするのだが、文学などよりラーメンのほうが文章としてよく読まれるに違いない。

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 といったまるで国立大生を目指す受験戦争のようなラーメンにおける象徴闘争(ラーメンを食べるのに固める覚悟とでもいうべきか)から降りる人がでてくる。私もその一人である。おいしいラーメンは食べたいがラーメンを食べてるときぐらい一人になりたい。

 いや、ただしくは一人で食べているのにラーメンを食べる時ぐらいは一人でいることを実感したい。隣の明らかにラーメン大ファンみたいなナイスミドルから〈値踏み〉されるのも、このあとニンニク食べたかどうかをチェックされるのも、あるいはトッピングの有無で人間性や仕事のできを評価されるのもまっぴらごめんの助なのだ

ラーメン一蘭の仕切りはこんな競争に疲れた人々が最後に立ち寄るアジールとなっている。オシャレすぎず、ラーメン屋としての体裁をたもち、誰も気にせず、ラーメンを「安全に」食べられる最後の楽園。それが一蘭だったのだ。

 ふと思い出せばかつてよく見ていた小劇場演劇やショートフィルムも、作品より客が気になるという点では似たようなものだったかもしれない。

 誰か知り合いが来てないかどうか、知り合いがどう評価するかどうかで気が気でなかった。だから作品のことなんてあまり覚えていなくて、覚えているのは猫魂という劇団で俳優が、坂本龍馬のコスプレしながら和服なのに超キレッキレのブレイクダンスを踊って息もきらさずに「日本を洗濯し候」と軽やかに言ったワンシーンぐらいで、その男優の、というか坂本龍馬コスプレがキレキレのブレイクダンスを踊る理由がまったくわからなくて衝撃をうけ、男優さんは名前が思い出せないけど元気でやっててほしいと思う。

 というわけで今日はラーメン一蘭にはいった。キクラゲをトッピングして食うのが好きだが、ラーメン一蘭では野生のままにズルズルとすするのが下品なようで、あまり本当は好きでは、ないのかもしれなかった。

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