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おじさん、気づく・・・。 3話目

妻が言った・・・

「へえ、あなたの知り合いの中に、
 そんなこと考えてる人がいるとは知らなかったわ。
 ある意味、その人、すごいわね。
 私の知ってる人?」

妻は、パソコンで何かを書きながら、そう言った。

「いや、知らないと思う。仕事先の人だから。」

本当は、名前を出せば、妻も彼のことは知ってるはずだけど、
話の内容が内容なので、仕事先の人だとしておいた。

「まさか、あなたも同じようなこと、考えたこと、あるの?」

一瞬だけ、ちらっとこっちを見て、妻はそう言った。

「いや、そういう発想自体が、僕にはなかったし、
 だいたい、君にバレたらどうなるか? 想像がつくから、
 僕には絶対無理だ!と思っている。」

本当は、彼の野望?欲望?など、早く忘れようとしていたが、
この話を、女性は、どのように受け止めるのかも知りたくなって

(彼が希望してた相手探しの入り口でもあるし・・・?)

つい、ウイスキーロック3杯目で、妻に口を滑らせてしまった。

「なんかさ、家庭内に、旦那や育児の問題があって、
 めちゃ疲れちゃって、誰かに優しく救われたい!と思うことは
 確かにあるにはあるけど、その相手は別に男でなくてもいい訳で、
 逆に、女性の方が同じ立場で理解してくれるから・・・
 ギブ&テイクで相談するにしても、相手はやはり女友達だわね。」

いや、それはそうだろうけど、今回の彼の望みは、
相手は異性で、膝枕で、暖かい体温を感じていたい!であって
育児相談とかではないのだが・・・と言いかけて
当然、それを言わずに、ウイスキーと一緒に飲み込んだ。

「いずれにしても、私は友達を紹介するつもりなど、全然ないわ。
 だって紹介する義理もメリットも何にもないし、
 だいたい、女として、その人の奥さんを不幸にしたくないし、
 はっきり言って、そんな身勝手な話は、不愉快で迷惑だわ。」

やっぱりなあ、女性は嫌うだろうとは思っていたけど・・・

でもさ、友達の友達の友達の友達くらいまでになれば、
もう君とは、すっかり他人で、無関係の人になるんじゃない?

「はぁ? あなたって、相変わらず危機感が足りないわよねぇ。
 もし何か事件が起きたら、誰もがこの話を持ってきた人を探し、
 で結局、芋づる式に一番最初にこの話を始めた私にたどり着き、
 最終的に私とあなたが責任取らされるのよ。責任だけが残って
 私には、何のメリットも、な・い・の・よ!」

確かに、本当に、妻の言う通りだ。
私は、少しうなづいてから、ウイスキーをなめ、沈黙した。

そして、しばらく時が経って・・・

妻が、パソコンを閉じながら、こう言った。

「でもね、
 その人の話の中で、共感するところが1つだけあったわ。」

え?

「握手の話よ。あの話は納得できたわ。
 確かに、私も子育て中いつしか、あなたと手をつながなくなった。
 それは、二人の間に、いつも子達の手があったからだけど・・・
 でも実は私、昔からあなたの、その華奢な手が大好きなのよ。」

ええ?

「結婚式の時、指輪をはめてくれるあなたの手をじーっと見てて、
 それがすごく印象に残ってて、今でも、あの時のあなたの顔より、
 あの時のあなたの手のほうが、すぐに思い出せるわ、ふふふッ。」

えええ?

「でも子供たちが大きくなって、
 子供たちと手をつながなくても大丈夫になった時がきても
 私は、あなたと手をつなぐことができなかった。
 だって今度は、いつもスーパーのレジ袋が両手にあったから。

あ!

「それに、もう私の手は、ガサガサに荒れてたし・・・。
 実際、ストッキングが伝線した時は、びっくりしたなぁ
 本当に手荒れくらいで伝線するんだってw。驚いたわw。」

あぁ、そんなことがあったんだ・・・。

妻は、マジマジと自分の手を見つめていた。
これまでの過ぎ去った時間を確かめるように。

だから僕は、グラスをテーブルにおいた。

そして、酔っている勢いもあったんだと思う。
自分の右手で妻の右手を取り、自分の左手の平にのせ、
次に妻の左手も引き寄せて、その手を妻の右手の上にのせて、
それから、自分の右手で、そっと覆い包んだ。

「え? どうしたの急に?

いや、別にどうしたのってことはなく、ただ・・・

「手荒れは、何とかなってきたんだけど、
 細くなっちゃってるというか、骨っぽいでしょう?」

いや、それでも暖かくて・・・え?あれ?

「そう、いつも冷えてるのよ。
 でも、この冷たさなら、中トロだって握れちゃうよw。」

いやいや、握り寿しはいいから・・・僕が温めるよ。

確かに、妻の両手は、細くなっていた。
結婚指輪は、薬指の周りをユルユルと踊り回れるのかもしれない。

結婚して、僕らは26年。
いつの間にか、そう、本当にいつの間にかなのだけど、
お互いの身体の変化を直に感じることがなくなってきていた。

見た目では、痩せたかな?くらいだったんだけど、
こうして直に、自分の両手で、妻の両手に触れていると、
確実に細っているのが感じて取れた。

何だか知らないけど、
いつの間にか鼻の頭がツーンとしてきた。

「じゃあ、ちょうどいい機会だから言ってみるけど・・・」

え? 何? 一体何?

「あなたもタバコをやめて、もうそろそろ10年だし、
 だから今夜は、私の隣に寝るのを許そうかなと・・・!」

え!?

「あ、でもちょっと待って待って。寝言を言うの、治った?」

いや、そんな、自分の寝言はわかんないよ。

「ま、いいか。10年ぶりの寝言だし・・・
 楽しそうな寝言だったら許してあげるわw

あ、ありがとう。
きっと今夜は、愛してるよ!って寝言になると思うよ。

「何、一人で酔っ払ってんのよ、もうw
 でも、そういう寝言なら、目覚めてからも言ってよ。」

そう言ながら、私の手の中から、するりと両手を抜き去って
妻は、バスルームの方に向かって行った。

テーブルの上には、
グラスの中に、溶けた氷とウイスキーが残っていたけど
僕は、それを飲み干すことをやめた。

そして、妻のパソコンを片付けてあげようと持ち上げたら、
メモの付箋がヒラリと落ちた。下の子からの伝言メモだった。

『今夜は、飲み会、友達のアパートに泊まる。』とあった。

メモをパソコンに貼り付け直して、
僕も、バスルームに向かった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追 記

バスルームには行ったけど、
そっと確かめたら、鍵がかかってて、一緒に入れなかった。

やせ細った身体は見られたくないというのがあるんだろうか。
まぁ、僕だって、この突き出たお腹を笑われるのはイヤだし。

それから、何年ぶりかで一緒のベッドに寝た。

でも、できなかった。
久々すぎたのと、僕の飲み過ぎが問題だったと思う。

妻は、何も言わなかった。
ただ、腕枕にしている方の僕の左手をずーっと握っていた。

妻のシャンプーの香りがした。
よく見ると、妻の髪に白いものが増えてきてるようだ。

まあ、自分だって、髪が薄くなってきているんだから。

お互い、年を重ねてきたんだなぁ・・・・・と

おじさん、気づいた。

そなふうに、いろいろと考えているうちに、
妻の方から、すうぅ、すうぅと寝息が聞こえてきた。

これも久々に聞くことができた。

でも僕は、頭が冴えてしまっていて眠れないので、
明日のことを考えた。

久々に妻とデートしようと、どこにいくかを考えた。
なんか、結婚前の学生時代のデート前夜を思い出して笑った。

いろいろとシミュレーションを重ねていたら
ますます、眠むれなくなってきた。

左腕は、ずーっとしびれっぱなしだけど我慢する。

久々に、妻の寝顔を見てて、照れた。

そして、寝言でもちゃんと言えるよう、

羊が一匹、愛してる・・・。
羊が二匹、愛してる・・・。
羊が三匹、愛してる・・・。
羊が四匹、愛してる・・・。
羊が五匹、愛してる・・・と

寝言の稽古のようにつぶやきながら眠りを待った。

それにしても僕は今夜、彼の話のおかげで、
失いかけてた妻の温もりと柔らかさを取り戻した。

だから、彼にも、
正直に奥さんに話してみることを勧めようと思った。

彼の奥さんも聡明な女性だから、すぐに理解してくれると思う。

いや、待て。今は、そんなことを考えてる場合じゃない。

羊が六匹、愛してる・・・。

羊が七匹、愛してる・・・。

羊がやっぱり、愛してる・・・。

羊が九匹、愛してる・・・。

やっぱり君を、愛してる・・・。

そういうことに・・・。

再び、気づいた。

でも、だめだ、全然、眠れそうにない!


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