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【子どものためのお話】 『くるみパン』

 はま野さんが学校を休んだ。

 ぼくのとなりのせきはしいんとしていた。でも、それはいつもといっしょだ。はま野さんは学校に来ても、しいんとしている。

 はま野さんが、じゅぎょう中や休み時間に、わらったり、おこったりしているのをぼくはほとんど見たことがない。はま野さんはふしぎな人だ。ぼくのクラスにはま野さんのことをきらいな人はいないけれど、なかよしな人もいない。ぼくも、みんなも、はま野さんのことをよく知らない。

 はま野さんが学校を休んだことも、みんな気にしていないふうだ。

「木村くん、はま野さんのうちに、お手紙、とどけてくれないかな。」

 はま野さんとせきがとなりのぼくは、先生にそうたのまれた。

 ぼくは、はま野さんがどんなところにすんでいるのか、はま野さんのお母さんがどんな人なのか、見てみたいと思った。ぼくは先生のたのみを引きうけた。

「じゃあ、木村くん、よろしくね。」

 ぼくは先生からわたされたお手紙といっしょに、ビニールぶくろに入れたくるみパンを手さげかばんの中にしまった。

 ぼくははま野さんにあげるために、きゅう食のくるみパンをこっそり食べずにのこしていた。

 はま野さんはくるみパンがすきだ。

 前に一ど、ぼくははま野さんにおねがいされて、くるみパンをひときれ、あげたことがある。けしゴムくらいの大きさだったのに、はま野さんはそのとき、ぼくの前ではじめてうれしそうな顔をした。

 今日は、丸ごと一このくるみパンだから、はま野さんはきっとすごくよろこぶと思う。

 くるみパンをつぶしてしまわないように気をつけながら、ぼくはいそいで学校を出た。

 きゅう食のパンをもって帰るのは、本当はいけないことなんだ。先生にばれたら、おこられてしまう。

 かけ足で、先生にもらった地図のとおりに道をすすむと、「はま野」と書かれたひょうさつを見つけた。まどの少ない、二かいだての白い家だった。これが、あのふしぎな女の子の家か。

 ピンポーン。はま野さーん。はま野さんのお母さーん。ピンポーン。

 だれも出ない。ピンポーン。ピンポーン。

 やっぱりだれも出ない。

 ピー、ピー、ピー、ピンポーン。

 けっきょく、なんどやっても、だれも出て来なかった。三十分くらいしてもだめだったから、「はま野」のひょうさつの下のポストに、くるみパンと先生のお手紙を入れて、ぼくは帰った。

 帰り道は、来たときよりも遠かった。


 今にも雨のふりそうな、くもり空の月曜日。はま野さんは、またいつものように、学校のせきでしいんとしていた。

「はま野さん、おはよう。」

 はま野さんは、ぼくのほうをむいて「おはよう」と早口で言った。そして、すぐにせきを立ってどこかへ行ってしまった。

 金曜日にはま野さんが学校を休んだことは、クラスのみんなも、はま野さん自しんも、もうわすれているふうだった。学校にふっ活しても、はま野さんははま野さんのままだった。ぼくは、よかったなとも思ったし、少しさびしい気持ちもした。

「あ、あの、木村くん。」

 ぼくはいきなり後ろから声をかけられてびっくりした。「はま野さん。どうしたの。」

「あの、パン、ありがと……。」

「え?」

 はま野さんは小とりがなくような細い声でなにか言った。よく聞こえなかった。

「あの、あの、くるみ、パン。」

 やっぱりよく聞こえない。ぼくはなんだかおかしくなってきた。

「はま野さん、なに言ってるの。」

 ぼくはそう言いながら、ぷーって、ふいてしまった。

「はま野さん、へんなの!」

 すると、はま野さんも、ぷーってふきだした。

「木村くんのほうが、へんだよ。」

 ぷーっ。ぷーっ。はま野さん、もっと大きな声出してよ! ぷーっ。木村くんはいつも声が大きすぎるよ。 ぷーっ。ぷーっ。

 ぼくたちは、それから一日中、顔を合わせるたび、ふいてしまった。

 はま野さんは、学校にふっ活して、やっぱりちょっとかわったのかもしれない。

 でも、あんまり学校は休まないでね、ぼくの友だちのはま野さん。

〈おしまい〉

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