サンデーエッセイ Sunday Essay

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「初心者のための、リアリズム文学としての『源氏物語』」 【文学エッセイ】

 《英語で「ファンタジー」と「リアリティ」というふうにしていちおうみんなが区別していることが、いっしょになっている、重なってひとつの現実として語られているというのが、あのころの物語ではないかと私は思います。》

 上記は、1995年に行われた、絵本・児童文学研究センター企画のシンポジウムのなかで、臨床心理学者の河合隼雄さんが語った言葉である。

 「あのころ」とは平安時代を示している。平安時代の文

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「『コメダ珈琲』のシロノワールの激烈な甘さについて全力で書くことが、 こんな元気のない世の中で僕に与えられた使命なのだと、わけもなくひたすらに信じて。」

 この物語は、まるでシロノワールのように甘美な、フィクションである。

   *

 背が高くて、ショートヘアで、じつに化粧が上手な女の子と、去る夏の日、僕は『コメダ珈琲』に出かけた。

 ――と、言いたいところなのだが、男の子なのである。

 僕のその日の相方は、化粧のひとつも生まれてこのかたしたことがない、しかも激烈な筋トレが日課であるという男子であった。彼と僕は、ある蒸し暑い日の昼下がり、街

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【Essay】 『震災と原発の記憶 ~一人ひとりが問いつづけねばならない~』

 映画『Fukushima50』を観た。2011年3月11日、津波に襲われた福島第一原子力発電所の人びとの奮闘の記録。エンターテイメントの枠組みでこのテーマを扱ったことそのものに、私はこの映画の最大の意義を見出す。

 劇中、引っかかることは少なからずあった。この物語に映画としての脚色がどれくらい許されるのかということや、無能っぷりを次々と露呈する首相の過剰な演出が気になるという難点など。それでも

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【Essay】 『芸術とドラッグ』

 ロックンロールは悲しみを大声で叫んだ音楽だ、と云ったのはジョン・レノンだっただろうか。ロックンロールが誰にとっての、どういう音楽なのかはそれぞれの答えに委ねるとして、芸術作品の陰影に「悲しみ」という要素が大きな意味をもっているということには、深い共感をもって頷かざるを得ない。芸術家のバックグラウンドに不幸や悲しみの影が見えるだけ、その人が生み出す作品には「重み」、言い換えるならば「説得力」が備わ

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16

【Essay】 『感性豊かな日本人は「自然」を知らなかった』

 昨年の八月、noteにて『源さんと蛍』という掌編を発表した。蛍の光や田舎の夜の「闇」のもつ幻想性に私なりの想いを馳せた作品。私は香川県の東側——讃岐の東なので「東讃」とよばれています——の、田畑と緑が繁茂する風景のなかで育ったから、自然の営みに授かる感受は、自分の文学の根幹といってもいいくらい。

 まっくら闇のなかに漂う蛍の灯は、日本人の情緒そのもののように儚く、美しい。清少納言は《夏は夜……

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『すぐに役に立つ本は、すぐに役に立たなくなる』 【エッセイ】

 すぐに役に立つ本はすぐに役に立たなくなる。――

 この金言との出会いは、とある「すぐには役に立たない」性格の本、言い換えるならば、僕の書棚の〝本当の意味で価値のある本〟のなかでのことだ。

 先週月曜日は成人の日だった。およそ120万人いたとされる今年の新成人のうちどれだけの人が、その日授かった激励の言葉をおもおもしく胸に刻んだことだろう。大人になるという決意をあらたにして――。僕自身はといえ

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【Essay】 『こころにくい月』

 初詣は調布の深大寺へ参った。

 京王線つつじヶ丘駅からバスに揺られ、5分もすると正月らしい賑わいの人ごみ。参道の活気は、この時期ばかりは、豊かな木々の緑や湧き水の流れる繊細な音を惜しみなく遠くへ追いやっている。

 もうすでに暮れはじめた日のもと、立ちこめる寒気も忘れてしまうほどの人いきれの参道をひとりで歩いた。途中、人ごみの絶えたところに寒々しく放置された自動販売機で缶コーヒーを買った。両掌

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10

エッセイ 『旅と読書』

 近頃は車のハンドルを握ることがおおくなったせいか、旅の友に一冊の本を携えて気の向くままに、という旅への憧れが日に日に増している。

 運転席で意のままに車を走らせて自由な旅もいいが、見知らぬ駅名のインスピレーションにみちびかれるままに、列車に揺られてさまよう旅というのもなかなかのものだ。そぞろ歩きの休息に立ち寄るカフェで開く本があれば、なおよし。

 2年ほどまえ、旅先で夏目漱石の『草枕』を読ん

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【エッセイ】 『竹馬の友、レゴの友』

「〝竹馬の友〟って、いまどきは言わないの?」

 勤めているお店のママに不意打ちにそう訊かれた。

「どうなんでしょうねえ」……。僕は〈いまどき〉に疎い若者なのだ。

 竹馬の友、幼いころにできた友だちのこと。たんに親友という意味ではない。大人になってから出会った人とどれだけ仲よくなっても、お互いの竹馬の友にはなれない。いっしょに竹馬をして遊んだ友だちは、人が時間を遡れないかぎり人生に二度と現れる

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『日光東照宮へ行ってきました』 【エッセイ】

 朝方までつづいた時雨が去った。

 午前9時。温もりはじめた空気は澄んで、空は気持ちよく晴れていた。ドライブ日和だ。レンタカーで日光まで走った。

 東北自動車道を慣れない運転でとばす。栃木県の県境を通過して間もなく、山肌が淡い朱の色に色づきはじめる。多少盛りを過ぎたとはいえまだまだ美しい季節の色が手招きをするかのよう。追い越し車線に車線変更してハンドルをつよく握る。お腹もすいてきた。

 到着

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