サンデーショートストーリー
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本
【短編小説】『大いなる一瞬のための70万時間』
「そこのお兄さん。お兄さん、きみだよ、きみきみ」
帰ろうとしたところを呼び止められた。しわがれてはいるが生き生きとしていてやけに明瞭な声が背後に響いた。僕はすこし迷ったが、仕方なく踵を返して、テーブル席に不安定に腰掛ける老人を振り返った。
「きみは、〝大いなる一瞬のための70万時間〟について、どう考える?」
――僕ははじめて見るその老人を、瞬時に「ソクラテス」と命名した。おそらくは哲学に
【小説】 『2020年の羅生門 〈逃亡、そして完結編〉』
「お爺さん、偽善者はあなただ」
「なんだと」
老人は錆びついた眼球がぼろぼろとこぼれ落ちそうなほどに痛々しく目を見開いた。その表情は怒っているというよりも唖然としていた。
「わたしの仲間には、いや、この工事の計画から実行までのあらゆる工程に関わる者のなかには、日本の未来を真剣に考えて、そのために必死になって仕事に取り組んでいる者が、何人もいます。このわたしだって、気持ちは同じです」
老
【短編小説】 『深秋』
はげしい時雨の音で目覚めた雪子は、灯りの点いたままになっていた頭の上の読書灯を消そうと右腕を伸ばすと、思いがけない冷気に触れて、冬の到来を感じた。
昨日の日中まで、半袖で過ごせるくらいのぽかぽかした陽気だっただけに、今朝の寒さが文字どおり身に染みて、雪子は、今年もつらい季節がやってきたんだと、眠気がまさっていた意識をにわかに確かにして心から嘆息した。
灯りの袂のスイッチを操作して、すば