Überlieferung 伝承していく事と伝統を守り続けることの難しさ。
ファオヴェーブス(VW Bus)に乗り込み草原の中にポツンとある駅を出発。
ファオヴェーとはフォルクスワーゲンのアルファベットのドイツ語読み。このように略されることが多い。そしてブスとはバスのことだが自家用ワゴンタイプをそのように呼ぶことが多い。
この車は肉屋、パン屋のみならずペンキ屋、電気工などドイツの職人たちを支えている。日本でいうとトヨタハイエース、日産キャラバンとかそんなイメージだ。
私にとっても修行先の車はこの車種であり慣れ親しんだ車でもある。運転席との境がない助手席で揺られていると長く会っていなかったにも関わらず、まるでいつも会っているかのように自然と会話が始まった。
元気か?なんて形式的な挨拶はさて置き、職業柄。というよりもゴードンも仕事に熱が入るタイプだからか、どこで豚を仕入れているという話題になっていた。
『ベルリンのマーケットまで仕入れに行くんだ。』
聞くと少々時間がかかり面倒ではないのか。行って帰って一日仕事だ。
リンゴなどこだわりの餌で育てた豚のようだが、こだわりの強いゴードンだから?その肉がそこにしか無いから?だから、そこまで時間をかけて仕入れに行くのか?
というよりも個人店の数の多い少ない、がここでも顕著に出ている気がしてならなかった。なぜならバイエルンは個人店の数が減少したとはいえまだまだ生き残っている数が違う。そのためスパイスや肉の注文・配送とインフラが整っている。つまり肉屋に関わる仕事も成り立つ、ということ。
単純にそこが欠如しているような気がしてならなかったのだ。
ゴードンとは付き合いは長いが彼の家に行くのも初めてだし、代々肉屋を営んでいるということしか素性は知らない。実は細かなところは知らないのだ。
とても静かではあるがその町のHauptstrasse(ハウプトシュトラーセ:メインストリート)は住宅を含め建物が立ち並んでいる。その一角に肉屋が見えゲーブハルト(ゴードンの苗字)と書いてある。
到着した。
肉屋の脇にある歴史を感じさせる木造の大きな門を開け車は中に進む。肉屋は屋根裏部屋を含む大きな3階建ての一階にあった。
その建物、大きなガレージ、小さな小屋そして製造場所が囲むようにして中庭はある。どこか余裕を感じさせるゴードンだから何となくは感じていたのだが、所謂“坊ちゃん”である。
中庭に常時置いてあるであろう長椅子と長机に案内されると程なくしてゴードンの嫁カトリンが息子とともにやってきた。しっかりもので気さくな第一印象は最後まで続くことになる。とても明るく、気の利く嫁、と言った感じだ。
すると男の子が2人やってきた。ひとりは今どきの感じだがもう一人は少しボヤっとした感じの男の子でどちらもゴードンたちの子供らしい。子供が生まれたのは聞いていたがカトリンが連れてきた小さな男の子しか知らなかったため少し戸惑う。
カトリンはもともと地域の名産でもあるピクルス工場に勤めていたようだ。たまたまパーティーでゴードンと知り合いそれ以来、毎日のようにカトリン宅に押しかけていたらしい!カトリン曰く、『毎日私の家に帰ってきていた。』と。カトリンには子供がいて、ゴードンと再婚したという事だ。
子供の事を少しカトリンに聞くと、表現が正しくないかもしれないが、ボヤっとした方の子はもとのカトリンの家でお祖母ちゃんと一緒に暮らしている。そして今風の物静かな少年はゴードンたちと一緒に暮らしている。どこか寂しそうな雰囲気を醸し出している彼はプロサッカーチーム、エナジーコットブスの下部組織に所属していたという。エリート集団の中でも才能に溢れたプレイヤーだったらしい。一年近く練習には行っていないらしいが、その才能を見込まれて退団とはならず未だ所属となっている。
環境が変わり色々と考えてしまったのだろう。多感な時期にありがちな衝動かもしれない。
そしてそれに頭を悩ませるのは子供だけではない。
いつも笑顔のゴードンもまた考えることが多そうである。
大きな敷地に大きな建物を所有するゴードン家だが、ゴードンとカトリンたちは道を挟んだ目の前にあるアパートの部屋を借りている。
そんな話をしている間に一台車が入ってきた。ゴードンの両親だ。もちろん初対面である。
外見はあまりゴードンと似ていないな、と思ったがとても優しい、温厚な両親で古き良き道徳や伝統を重んじる人たちであると感じた。私がマイスターであるという事をゴードンから聞いていたからだろうか、ゴードン父とは当たり前のように肉屋の話になり気付けば私の横に座っていた。
しばし話しに夢中になっているとカトリンの姿が見えなくなっていた。
肉屋の大きな建物には部屋はたくさんある。それなのに向かいにある建物を借りて住んでいるという状況。
そして今カトリンがいなくなったこと。。。
ゴードン父との話は面白かったが、ふと余計なことまで考えてしまった自分がなんとなく下世話な男に思えた。
ゴードン父はゲーブハルト家の歴史を語り始めた。馬車で運送業やビール工場をご先祖様は経営していたということ。商売で成功した地元の名家である。今私たちが居る隣にビール工場があったのだよ、と教えてくれた。
町の一角はすべてゲーブハルト家のものであったのかもしれない。
ゴードン父は続ける。
『肉屋のある大きな建物だが、第2次大戦中は軍に無償で貸していた』と話す言葉は綺麗に聞こえたが、指示に従うしかなかったということだろう。彼の話す表情も、そんなうわべの綺麗ごとではなく、大変な状況であったことを物語っていた。
ゴードン父グスタフと話し込んでいるとカトリンが店の厨房から行ったり来たりテーブルをデコレーションし始め、私とゴードンの為に昼食を用意してくれた。
そんな様子を見てグスタフは静かに立ち上がり優しいまなざしで去っていく。
『Guten Appetit』(召し上がれ)
家族をすべて優しく包み込むような雰囲気があった。
例えば家族観で問題があった時に、こういう男がひとりいると随分気が楽になるものだ。
ゴードンのお手製のソーセージとバイエルン風ポテトサラダではないマヨネーズで和えられたポテトサラダにピクルスが並んだ。
ソーセージを味見して笑みがこぼれた。
『これが伝統的なチューリンガーだよ。レシピ知りたい?』
伝統を守るとは何か?
百聞は一見に如かず
百見は一験に如かず。
伝統と聞くと必ず頭を過る言葉なのだ。
Überlieferung :伝承 伝統
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?