はぐれミーシャ純情派 第六話 それは鎌倉の空から始まった

あの手を握ってしまった日から数日後、グーリャに電話をしてみる。
グーリャ「元気~? この前のコート、クリーニングしてから返すね」
別にそんなことしなくてもいいのに。
僕「最近さあ、翻訳ばっかりでおもしろくないでしょ?」
グーリャ「そんなことないよ。おもしろいよ」
僕「だから、明日どこか遊びに行かない?」
グーリャ「うん、行く!」

どこに行こうか迷った挙句、僕たちは鎌倉に行くことにした。
鎌倉。
中学の修学旅行で行ったことがあるなあ。
あとは母親とも行ったかも。

その日も目黒駅の改札口で待ち合わせ。
頭にバンダナなんか巻いちゃっておしゃれだなあ。
グーリャ「こんにちは~。げんき~?」と相変わらず緊張感のかけらもない挨拶。
でも、すごくうれしそう。
子供のようにニコニコ。
天気もニコニコ。
澄み切った青空の中、出発。

JRに乗って、鎌倉へ。
電車の中ではロシア語で会話。
他の人に聞かれても、内容がわからないから便利。
グーリャ「あの前に座っている人、髪型が変だよね」
僕「あの人の髪型は確かに変だけど、髪形だけじゃないかも」
こんな感じで失礼な発言を連発。
二人で笑っているのを周りの人たちはいぶかしげに見ている。

鎌倉に到着。
さて、どこに行こうか。
とりあえず歩き出す。
結局、二人だったら、どこでもいいのだ。
鶴岡八幡宮は最後に行くことにして、とりあえず海の方へ歩き出す。

由比ガ浜のほうへ近づいていくと、だんだん潮の香りが。
砂浜には冬だというのに、結構な人が。
僕が「加山雄三って知ってる?」と聞いて、「幸せだなあ」とものまねをしたら、グーリャはなぜか大爆笑。
その言い方がかなりおかしかったらしい。
「若大将」ってロシア語で何ていうんだろう・・・

そこから徒歩で大仏のところへ。
途中、住宅街を通ったのだが、そこで二世帯住宅を発見。
グーリャに「日本には二世帯住宅っていうのがあるんだけど、どう思う?」と聞くと、「すごく変」。
僕は自分の両親や結婚相手の両親と住むのは当たり前だと思うんだけど、グーリャも同じ意見。
いい子だなあ。

程なくして、大仏のところに到着。
やっぱり大きいなあ。
観光客も多いよ。

せっかくだから写真を撮ろうということになる。
二人で大仏をバックに撮りたいわけで、他の人にお願いしないといけない。
僕は知らない人に声を掛けるのは躊躇しちゃうけど、グーリャはひょこひょこと知らない人のところへいって「写真、撮ってもらえますか?」。
慣れてるよね。
そのときの写真、今では数少ないグーリャとの写真。
青い空に青いバンダナ。
グーリャの笑顔は今も心の中に焼きついている。

そこからまたブラブラと鶴岡八幡宮の方面へ。
何を話したかはあまり覚えていない。
でも、僕の中で彼女に対する気持ちが少しずつ固まりつつあったのだけは覚えている。
これまではただの友達だと思っていたけど、彼女の手を握り締めたあの日から、僕の中で彼女への愛情が生まれていくのを感じていた。
最初は「もしかして・・・」というレベルだったのが、少しずつ確信に変わっていく。
気づいたときにはもう想いは止められず、このまま走るしかない。

でも、この今の関係を壊すのが怖い。
告白してダメだったらどうするんだろう。
今、一緒にいるだけで満足できるなら、それは愛情とは呼べず、一緒にいられないことが不満なら、それはエゴイズムと呼ぶしかなく。
一緒にいるだけでは満足できず、もっと深く彼女を知りたい。
もっと彼女に近くなりたい。
そんな気持ちが僕の背中を押す。

鶴岡八幡宮で二人でお参りをする。
二人でお賽銭をあげて、二人で手を合わせる。
彼女に「何お願いしたの?」と聞くと「秘密ね」。
「あなたは何をお願いしたの」
僕も「それは秘密だよ」
二人の秘密はおそらく一つの秘密で、その秘密は誰にとっての秘密だったのかはよくわからない。

もう夕方。
うちに帰らないと。
鎌倉駅に向かって歩く。

駅に着いた頃にはもう街は薄暗く、駅の灯りがぼんやりと明るく見えた。
二人で電車に乗る。

電車の中での会話はいつものようにロシア語と日本語のミックス。
ロシア語のほうが比率がちょっと高いかもしれない。
最初は「今日は楽しかったね」などと当たり障りのない会話。

そして、僕はちょっと恋愛めいたことを言ってみようと思う。
本当はストレートに告白するほうが好きなのだが、そのときは何故かそういう気分ではなく。

僕「周りから見るとさ、僕たちって恋人同士に見えるのかな?」
グーリャ「たぶんそうね」
僕「こんなにしょっちゅう会っているんだから、付き合っているみたいだよね」
グーリャ「それはいいアイデアね」
???
会話がかみ合っていない。
僕「『いいアイデア』ってどういう意味?」
グーリャ「その、あなたが言ったことね」
???
僕「僕が言ったことって、『付き合っているように見える』ってこと?」
グーリャ「そうね」
僕「じゃあ、付き合う?」
グーリャ「それはいいね」
僕「じゃあ、そうしよう」

電車の速度が僕たちの速度とかみ合わない。
言葉の軽さは想いの深さとは関係がない。

こうやって僕たちは始まったのだ。
鎌倉から東京へ向かう電車の中。
僕たちは加速していく。

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