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'95 till Infinity 059

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【 第3章: Legend / Myth / Summer of Death 004 】


例えば、パース駅前の10段ステア。

一段一段が大ぶりで、同じ段数の階段の1.5倍近くの高さがある。下りきったところには中途半端な幅の歩道。歩道のすぐ前は駅前だけあって車だってバンバン走っている。街のど真ん中だから、何回もやってりゃ警察だって来る。

もちろん、こんな街中のデカい、どんな出不精な奴でも少なくとも月に一回は通るこの階段の話を誰もしてなかった訳じゃない。誰かの家のソファーで、どこかのパブでパイント片手に「誰が最初にこのステアをメイクするか」とか、「自分がやるとしたらどうアプローチするか」とかって話はしていた。

それでも実際のところ、それは現実的な話ではなく、俺たちが暇さえあればいつもしていた『もしも』の世界の与太話。「クロウディア・シファーとヤレるとしたら、どんな体位でヤルか?」というレベルの話だった。

その10段ステアをカイロはオーリーでかっ飛び、キックフリップと180°ヒールフリップとハードフリップで舞い降りた。

その2、3ヵ月後にとある地下のクラブで行われたビデオの試写会での反応を俺は今でもはっきりと覚えている。

まずはパース駅の外観、次に駅前を流れる車。

カメラは多少引き気味の位置から10段ステアを真っ直ぐに捉えている。ステア最上段に現れるカイロ、その瞬間カイロはオーリーでゆっくりと宙を舞い、歩道の端からさらに1mほど余裕を持ったところに着地する。

会場中のスケーターから上がる歓声と拍手。

その歓声が止みならぬうちに、それぞれが隣に座る奴と感想を言い合う時間さえ与えずに、画面はフォーレストチェイスを郵便局側からステアへとアプローチするカイロへと切り替わる。

鬼のようなプッシュの後、カイロはゆっくりと腰を沈める。このステアを乗り越えられるだけのタメを作る。後ろから見るカイロは落ち着き払っていて、さざ波だけが立つ夕暮れ時のスワンリバーのように穏やかだ。

カイロがテールを弾いた瞬間、今度は道路を挟んだ駅側からの別カメに切り替わる。弾き上がった板を蹴りぬいて飛び立つカイロ、その足元で板がゆっくりと背中側に横回転する。回り終わった板はカイロの足に吸い込まれる。
お手本のようなキックフリップ。

美しくて安定していて、少しの隙もない完璧なキックフリップ。
吸い込まれるように俺たちはスクリーンを見ていた。

カイロはそのままの体勢を保ち、ゆっくりと着地する。
それを見届け、会場から上がる感嘆の声。

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