「美味しい物語を読む」 ベトナム・ダラット コーヒ農園
美味しさの読み方
「おばあちゃんの野菜が世界で一番美味しい」
── おばあちゃんでなくても、よく知る人が作ったものに感動するほど美味しさを感じたことはないだろうか。味として美味しいのはもちろんだが、そこには舌で感じる以上の何か隠し味があるはずだ。
食に携わる人たちにとって『美味しい』は永遠のテーマだ。美味しさを引き出すには様々な方法があり、それは必ずしも舌の味蕾で感じる味だけではない。生産者の試み、バイヤーの旅路、シェフの発想── 料理やその食材がもつ物語(ストーリー)も『美味しい』を感じさせる要素となる。
かつて第3の波として世界規模でコーヒーの在り方を変えたサードウェーブコーヒーは「From Seed to Cup」を生み、素材を起点に生産地から一杯のコーヒーまでのストーリーを透明化した。そこにはそれぞれのコーヒー豆が持つ様々な物語と、そこから生まれる個性豊かな風味がある。もし一杯のコーヒーに広がる物語を感じるように味わうことができれば、これまでにないほど美味しさを感じることができるはずだ。
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ランビアン山とコホ族とコーヒー
2019年12月、LIGHT UP COFFEEが企画する『ベトナムコーヒー農園ツアー』にガイドとして参加した。舞台はホーチミンから国内線に乗り換え北東方向に3時間程度の場所に位置するベトナム中部高原ダラットだ。ベトナム南部最高峰ランビアン山がそびえ立ち、火山灰からなる肥沃な土壌と豊富な水資源に恵まれ、地理・地勢・気候においてコーヒーの栽培── 特にアラビア種の栽培に適している。
そのランビアン山で100年以上前からコーヒーで生活するベトナム少数民族コホ族が運営するK'Ho Coffeeがある。参加者はそんな美しいダラットを舞台に3日間の日程でコホ族と共に収穫・精製・焙煎までの一杯のコーヒーになるまでの全ての工程を体験した。これほど一貫して体験できるのは珍しい。
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生産者が知るコーヒーの魅力
日頃コーヒーを気軽に飲むが、コーヒー農業は楽な仕事ではない。特に11月下旬から12月下旬頃までの1ヶ月間ほどある乾季の時期はダラット のコーヒー農園にとって1年で最も忙しい時期だ。K'Ho Coffeeではこの年は毎日2tほどのコーヒーチェリーを目標に収穫する。収穫されたコーヒーチェリーは傷みやすく、できるだけその日のうちに効率よく精製を行わなければならない。
熟したコーヒーチェリーだけを収穫し、選別を繰り返し、発酵や乾燥の状態を常に気を配らなければならないため、翌朝頃まで作業が続くことも珍しくない。それぞれの工程を1つでも間違えれば、収穫からの努力が水の泡になってしまうからだ。
そのため海外からのゲストであっても特別扱いはしない。参加者は3日間のツアーでは農園のスタッフと同様に働き、参加者はリアルな体験となった。参加者はこのツアーを強制労働と冗談交じりに言っていたが、参加者同士や農園のスタッフとも短い期間ではあったが仲間意識が芽生え、笑いが絶えなかった。
「コーヒーの仕事はとても大変です。でも凄く楽しい。最高のコーヒーを届けるためには私1人ではできません。コーヒーの楽しさや素晴らしさを他の仲間にも伝えることを大切にしています。」手際良くコーヒー豆の選別を行いながら4代目の女性農家ローランは語った。
10kgのコーヒー豆を焙煎するには少なくとも100kg以上のコーヒーチェリーを収穫しなければならない。特に品質のいいコーヒー豆を作るためには、永遠と続く選別、常に気を配らなければならない発酵や乾燥、各工程が気の遠くなるような作業だ。それでもこの仕事を続けていけるのは、それほどコーヒーには魅力があるからだろう。参加者は生産者がみるコーヒーの魅力を感じただろう。
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それぞれが思い描く美味しさ
意外にも参加者のほとんどがコーヒー関係者ではなく、様々なバックグラウンドをもった人たちが集まった。そのため今回のツアーに求めるものも人それぞれだった。参加者はツアーの体験を通して何を感じ、何を持って帰ったのか。少なくともコーヒー関係者以外の参加者はこのツアーで得た経験や知識は生活する上で必要ない。しかし帰国した後、コーヒーを飲む時に感じる美味しさは確実に変わるはずだ。
人が食べる行為をやめない限り「美味しい」の感覚を高めることは人生を豊かにする最も有効な手段の1つだ。そして必ずしも美味しいは第三者が定める品質基準でもなければ、それぞれ生まれ持った味蕾の数でもない。
おばあちゃんの料理が何よりも美味しく感じるのは、料理から感じる味と一緒におばあちゃんの想いを物語を読むことができるからだろう。
「帰国後、コーヒーを飲む時にここでの体験を思い出してください。きっとコーヒーがもっと楽しく、そして美味しく感じるはずです。そしてまたダラットに来たくなるはずです。」今回のツアーのパートナーであり、現地のコーディネートを担当したシーはツアー最終日に参加者に語った。
僕がコーヒーを飲む時に真っ先に思い浮かべるのはベトナムの景色やおばあちゃんでもなく、まずはツアーで最も長く一緒に過ごした愉快なシーの笑顔かもしれない。それはそれで僕なりの楽しい思い出で、美味しさだ。