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人間中心設計(Human Centered Design)について

この度、特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(以下「HCD-Net」)が提供する認定制度において「HCD-Net認定人間中心設計スペシャリスト」として無事に合格することができました。

こちらの記事では、今回の受験を通じて人間中心設計について考えたことや発見したことについて整理していきます。

人間中心設計(Human Centered Design)とは?

そもそも人間中心設計(Human Centered Design、以下「HCD」)とは何なのかというところから始めたいと思います。

今回私が認定をいただいたHCD-Netでは、総合パンフレットの中でHCDを以下のように定義しています。

HCD(Human Centered Design)とは、「苦い経験」を減らし、「うれしい経験」をもたらすための取り組みで、製品やシステム、サービスなど広い分野で活用されています。[1]

また、上記を実現するために、これまでの製品ありきの思考から人間ありきの思考へと転換することで、利用者の本質的な要求や欲求を積極的に満たし、より魅力的な体験の創造を目指す活動であると述べています。さらに、HCDのプロセスを導入することは、製品やサービスの企画・設計段階から実際の利用者・顧客(人間)を巻き込み、顧客満足度の向上とコスト削減なども同時に達成することができる取り組みであることを説明しています。

このHCDには、他にもいくつかの定義が存在します。そのうちの一つに、ISO9241-210:2010「人間工学—インタラクティブシステムの人間中心設計」があります。こちらでは、HCDを以下のように定義しています。

システムの使い方に焦点を当て、人間工学やユーザビリティの知識と技術を適用することにより、インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステムの設計と開発へのアプローチ [2]

ここではより具体的な内容が記載されています。この定義的に興味深いのが、「システムの設計と開発」という部分だと思います。これは、引用資料によれば「製品ライフサイクル(構想、分析、設計、実装、試験及び保守)全域にわたる適応範囲」を指しており、いわゆる「デザイン」と呼ばれる範囲にのみ留まらないということです。つまり、デザイナーであれ、PMであれ、営業であれ、データサイエンティストであれ、エンジニアであれ、アーキテクトであれ、プログラマーであれ、誰であれ、システム設計・開発に携わる人であればHCDを実践することで、より使いやすく、高いユーザー価値を提供することを可能にするアプローチだということです。このことは、HCD-Netの総合パンフレットでも触れられています。

もう一つだけ、別のHCDの定義について整理してみたいと思います。それは、「The Design of Everyday Things」の書籍で知られるアメリカの認知科学者・工学者のDonald NormanによるHCDの定義です。彼は、HCDを以下のように定義しています。

"The process that ensures the designs match the needs and capabilities of the people for whom they are intended. " [3]

対象とする人々のニーズと能力にデザインが合っていることを保証するプロセス [4]

また、NormanはHCDの原則を以下のように述べています。

"Getting the specification of the thing to be defined is the one of most difficult parts of the design, so much so that the HCD principle is to avoid specifying the problem as long as possible but instead to iterate upon repeated approximations. This is done through rapid tests of ideas, and after each test modifying the approach and the problem definition. The  results can be products that truly meet the needs of people." [3]

モノの仕様を決定するのはデザインの中でも最も難しい部分なので、HCDの原則は、できるだけ長い間、問題を特定することを避け、その代わりに暫定的なデザインを繰り返していくことにある。これは、アイデアを素早く試行し、一つひとつの試行の後に手段と問題提起を修正していくことで実現される。結果として、人々の真のニーズにきちんと合致する製品が得られる。[4]

モノの仕様を決定するのが難しいとは、とても正直な発言だと思います。実務でも本当にそうだと感じます。手戻りはできないと思い切って意思決定をしたつもりでも、3日後には、新鮮な情報を得てさらに賢くなった自分が、3日前の別人の自分が下した意思決定に対して難癖をつけるわけです。Product Owner(PO)が責任を持って意思決定を下せば大丈夫という訳でもないのです。それもシステム設計・開発のプロジェクトとなれば、数十〜百人単位でこの現象が発生します。このような何かを作る時に発生する不確定な状態を、ユーザーとの対話を通したアイデアの試作と評価を重ね、暫定的に進めるという姿勢を明らかにすることで、むしろ設計・開発プロセス全体の一環として取り込んでいることは、個人的にはNormanの定義から読み取れる興味深い発見でした。

HCDのサイクルとは?

HCD-Netは、HCDを実践する方法としてHCDサイクルを定義しています [1]。

0. 人間中心設計プロセスの計画
1. 利用状況の把握と明示
2. ユーザの要求事項の明確化
3. ユーザの要求事項を満足させる設計による解決策の作成
4. 要求事項に対する設計の評価

要求事項へ適合している(実装)or 適切な段階へ反復

このHCDサイクルという全体像の中に、ペルソナやカスタマジャーニーマップなどで代表されるツール群が存在しています。対象とする人々の利用文脈を理解して、彼らの要求事項を満たす解決策の提案をするためには、これらのツール群をHCDサイクルというより大きなプロセスの中で適切に活用することが求められます。

上記のHCDサイクルでも示されているように、プロジェクトでHCDを採用する場合、このサイクルを複数回反復的に実施することでより、ユーザーの本質的な要求・欲求を満たす製品やサービスを設計・開発することができるとされています。いわゆる「ウォーターフォール」的に1から順を追って、各フェーズないしはステップで期間を区切って中長期的にプロジェクトを設計し、プロセス全体を一巡させることも可能です。もしくは、より短いスパン、いわゆる「スプリント」という時間軸の中でこのサイクルを一巡させることもできます。この時、スプリントの目的やゴールに応じて、HCDサイクルの適切な地点(例えば、4. 要求事項に対する設計の評価:ユーザビリティテストなど)から開始することが可能です。いずれの方法を取ったとしても、一回のサイクルで「真に人々のニーズにマッチする」製品やサービスを設計・開発することは至難の技だと言えるでしょう。

個人的には、今回体系的に学習したHCDという設計・開発プロセスは、政治学者・認知心理学者・経営学者・情報科学者であるHerbert A. Simonが提唱する工学的なデザイン思考のアプローチ殆ど一致していると解釈しています。特に、HCDを導入することで、Simonのデザイン理論における「満足代替選択の発見」「発見的探索:要素分解と目的ー手段分析」「探索のための資源分配」[5]といった項目の実践に関して、具体的かつ体系的な方法論の恩恵を享受することができます。

HCDという国際規格にも記載されている体系化された標準を持ち出すことで、一般的に「掴み所のないもの」として理解されている「デザイン」や「UX」という概念に対して、一定の科学的性格、具体性、再現性を与えることができます。「人間中心設計」という言葉自体が耳慣れない日本語ではあるので、社会的な認知度という意味ではまだまだ課題はあります。しかし、これにより、普段「デザイン」以外の分野を専門にしている職種の人々に対してより安心感のある説明をすることが可能になると思います。

HCDを実践する上で気をつけるべきことは?

今回の認定試験に向けた学習を通してHCDにおける「システムが対象としている利用者(いわゆるユーザー)の要求事項を満たす」という概念に対する解釈について考察する機会がありました。個人的には、この概念に対する解釈は、HCDを実践する上での課題や気をつけるべきことだと考えています。

一般的に「ユーザーのニーズを満たす」ということは、「それらをそのままシステムの機能として設計・実装すること」だとしばしば解釈されることがあります。しかし、私はこのようにユーザーの要求事項を単純な「ある・なし」のバイナリーなチェックボックス的にシステムの設計・開発に活用するという解釈は間違っているように感じます。

ユーザーの要求事項とは、対象とするドメイン(ユーザーの活動領域や関心事)の「現在の状況」を調査した結果から抽出されるものだと言えます。つまり、調査した文脈における「ユーザーの現在の行動パターン」を示しています。これをそのままシステムとして設計・実装すれば、デザイナーはHCDに則ったプロセスを実践したことになると言えるかもしれません。しかし、これではデザイナーとして「よりよい在り方」を設計・開発したシステムをもって提案することができていません。

このような様子を端的な例で示すとすれば、介護の業務をシステム化しようとして、調査によって介護事業者・従事者の複雑な紙ベースの業務フローを洗い出し、それをそのまま漏れがないようにシステムとして設計・実装するようなシステム開発のプロジェクトを挙げることができます。その調査で明らかになった10ある業務のステップを、そのまま10のステップからなるシステムに仕立て上げてしまっては、ユーザーのニーズは満たせていますが、デザインはできていないと思います。

HCDにデザイン態度を追加する

様々な文献・書籍(例えば、「About Face3」「システムの科学」「メディア論」など)では、「人間と道具の相互作用的な進化と関係性」について語られています。このことを考えれば、「ユーザーの現在の行動パターン」とは、「人間と道具の現在の関係性」と置き換えて捉えることができます。そして、彼らの現在の行動パターンの複雑性は、人間と道具の現在のインタフェースの関係性が体現されたものにすぎないと解釈することもできます。だとすれば、HCDを基盤としつつ、単純に「ユーザーのニーズを満たす」ことをしないためには、人間(ユーザー)と道具(システム)のよりよいインターフェイスの在り方をデザインし、提案することが重要であると思います。

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参考・引用

[1]
HCD-Net. 
総合パンフレット. (2019)
https://www.hcdnet.org/archives/019/201907/hcd_catalog_%E7%B7%8F%E5%90%88%E7%89%88_%E6%94%B9%E5%AE%9A_190717_DL%E7%94%A8.pdf

[2]
安藤昌也. 
人間中心設計の国際規格ISO9241-210:2010のポイント. (2013)
https://www.slideshare.net/masaya0730/iso92412102010

[3]
Don Norman. 
The Design of Everyday Things. Revised and Expanded Edition. (2013)
https://www.amazon.co.jp/Design-Everyday-Things-Revised-Expanded/dp/0465050654

[4]
安藤昌也. 
UXデザインの教科書. (2016)
https://amzn.to/2V81bQB

[5]
ハーバード A. サイモン.
システムの科学. 第三版. (1999)

https://amzn.to/2XgPppz

基本的に今後も記事は無料で公開していきます。今後もデザインに関する様々な書籍やその他の参考文献を購入したいと考えておりますので、もしもご支援いただける方がいらっしゃいましたら有り難く思います🙋‍♂️